狭間

□十三話
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車をそのまま仕事場まで回してもらい、オーナーに事情の説明に言った。
顔の痣を見ると、嫌そうに顔をしかめた。

「っち、使えねえな。ああ分かった。治ったら連絡しろ。」

「はい分かりました。」

オーナーはいつも通りできるだけ私と話したくないようで、早く帰れというように手を振った。
すぐに背を向けて扉に向かった。

「おい。」

一瞬自分に声がかけられたと気がつかなかった。

「なんですか?」

「お前は…、お前俺の名前言ってみろ。」

口を開いてから気がついた。私はオーナーの名前を知らなかった。
知る必要があるとも今まで気がつかなかった。

「知らないので教えてもらえますか?」

「…知らねえならなんでもねえ。早く出てけ。」

オーナーの顔がどうしてか痛みに耐えるような顔をしていてひどく心をざらつかせた。


「待っていてくれてありがとうございます。」

リヴァイさんにそう声をかけて車に乗り込んだ。
いつもの無表情で小さく肯いてくれた。

「ああ、早かったな。」

「連絡だけですから。」

「そうか。」

それだけ言って車を発進させた。
車の中はとても居心地が良かった。
心が緩んでいく。…自分がオーナーとの会話に気を張っていたことに気がついた。
私は自分の心をあまりにも理解できていない。
もしかしたらこのことが家族との関係を壊してしまった原因なのかもしれないし
リヴァイさんに悲しい顔をさせてしまった原因なのかもしれない。

「なぁ、お前の父親どこにいるか分かるか。」

「分かりますよ。」

「教えろ。」

きっと父を利用してオーナー達を殺すつもりだろうと分かった。
分かっていて私は…

「はい。」

そう答えた。

リヴァイさんは家にあった父に関する書類を受け取るとまたすぐに出て行った。
ドアが閉まる音を最後に家から音が消失した。
部屋を見渡す。…いつの間にか増えていた食器、カーテン、本棚、箪笥。
それでもまだこんなに殺風景なのか。
私は3年もずっと今よりも何も無い部屋で生活してきてなんとも思わなかった。
父に言われた通り、どこか父との生活をそのままにしておきたかったのだろう。
そんなことには私は気がつけなかった。
けれど根底にはしっかり家族への愛という普通の感情があった。
今私にあるのは、リヴァイさんへの執着だけだった。
なんて汚い…でもこれが無くなったら私に一体何が残るんだろう。
相変わらず部屋は何の音もしない。
なにもない。私にも何もない。
そのまま私はただ立ちつくした。


扉の開く音がした。帰ってきたみたいだった。

「あ、おかえりなさ…っへ?」

帰ってきたリヴァイさんは無言で私に近づき、わきの下に手を入れてそのまま持ちあげた。
目と目がばっちり合う。
い、一体何がしたいの?ていうかどうしたの?

「あの、リヴァイさん?」

見下ろすようにリヴァイさんを見つめた。
あ、なんか新鮮かも。

「たかいたかーい。」

悪魔に魂を売ったかのような目でそんなことを言った。一瞬何を言っているのか分からなかった。

「え?」

「…楽しいか。」

これがリヴァイさんなりに私を楽しませようとした結果なのだと察した。

「へ?た、楽しいですよ?」

「そうか。ほら、たかいたかーい。」

一体どこの誰がコレを教えたのか、とても聞き正したかった。
そんなことをしてしばらくしてストンと床に降ろされた。

「お前軽いな。もっと太れ。」

「思春期の女の子にいう言葉じゃないです。…ところで夕食どうします?」

「俺が作る。待ってろ。」

そういって台所に向かった。
そこで会話の選択を間違えたことに気がついた。
一体どうしてあんな奇行に走ったのか聞くべきだった。
それになんだか帰ってきてからリヴァイさんの様子がおかしい、気がする。

その日の夕食はてっきり高カロリーかと思いきやお腹に優しい料理だった。


次の日朝起きて鏡を覗く。
ばっちりと痣は残っている。そのことに少し安心した。
そして朝ごはんを作ろうと歩き出すと身体が重く呼吸がやけに切れることに気がついた。
立っていられなくなり、壁に背中をつけて床に座り込んだ。
頭が鈍く痛む。…熱が出ているようだ。
冷蔵庫にペットボトルの水があって風邪薬はどこにあったっけ。
そもそも、買ってないや。必要だと思わなかった。
水だけ飲もうとどうにか立ち上がる。頭がひどく重い。
なんだか面倒だ。このままここで寝てしまおう。起きてから飲めばそれでいいや。
そう少しだけだから。少しだけ…。

どれくらい経ったのだろう。誰かに触られた感覚がして気がついた。
視界がぼんやりとしている。息が辛い。頭が痛い。

「意識はあるな。」

「…リヴァイ、さん?」

「ああ。…動かすぞ。」

身体がふあっと浮く感覚がした。どうしてか泣きたくなった。

「降ろすぞ。」

ゆっくりと降ろされて背中にやわらかい感触がした。布団か。
布団をかけられたけれどまだ寒い。

「…寒いか。」

どうやら口に出ていたみたいで、リヴァイさんは立ち上がり布団になるものを探してくれているようだった。

「大丈夫、です、寒くないです。」

そういうだけで呼吸が辛い。呼吸が速くなる。
リヴァイさんは眉間のしわを深くしてそして近寄って来た。
・・・ていうか布団に入って来た。

「こうすりゃ少しはマシだろ。」

「でも、うつっちゃう」

「俺は頑丈だから大丈夫だ。」

真面目な顔でそういうリヴァイさんが面白くて笑いが抑えられなかった。

「お前も笑う元気がありゃ大丈夫だろ。安心して寝てろ。」

頭にそえられた手が暖かくてなんだか面白くて笑っていた。
気が付いたら眠っていた。


どうやって病院に行ったのか覚えていないけれど、いつのまにか薬をもらって飲んだ。
寝ては覚めてを繰り返していたけれど、目を覚ますといつもリヴァイさんが側に居た。
風邪をひいたのはいつ以来だろう。
すごく寒くて心細く寂しかった記憶がある。
きっと自分の感情を把握できていた頃だから相当昔のこと。
今はどうなんだろう。分からない。ただ暖かかった。
意識がはっきりした。目を覚ますと周りは薄暗かった。
そして身体は誰かに抱かれていた。だから暖かかったのかな。
仕事なら気をつけていないと身体を固くしてしまくけれど今は気をつけなくても固くならなかった。
慣れた気配だからリヴァイさんか。眠っているみたいだから起こすと悪いな。
細切れの記憶の中で熱を測ってもらったり、水をもらったりした記憶がある。

「起きたか。」

見上げると寝起きとは思えないはっきりとした表情をしていた。
声を出そうとするとのどが痛み声が出せなかったので、ただ肯いた。

「のど乾いてねぇか?」

また肯いた。

「じゃあまだ寝てろ。熱もまだ高い。」

肯き目を閉じた。
頭を軽く撫でられる。
時が止まってほしかった。

意識がしっかりとして、目を覚ましたの時外が明るかった。
身体をゆっくりと起こす。頭痛もない。少し身体の芯がだるいような気がするだけだった。
リヴァイさんは隣に居なかった。
そのことに気がついたらひどく動揺して慌てて立ち上がった。
寝室を出ていくとリビングにリヴァイさんは居た。

「どうした。起きれるようになったか。」

「はい…。あっ、そのたくさん迷惑かけてすいません。」

「俺はお前のヒモだから気にするな。」

「…私とリヴァイさんてそういう関係ですか?」

「冗談だ。」

「もっと冗談だって分かりやすく言ってくださいよ。」

「分からねえお前が悪い。…なんか作ってやる。座ってろ。」

「ありがとうございます。」

立ち上がったリヴァイさんにそう声をかけた。
リヴァイさんは軽く眉を上げて台所に向かった。
あらあらなんだか得意そう。
戻ってきたリヴァイさんの手には土鍋があった。

「雑炊うどんだ。」

「わぁ、おいしそう…。ごちそうさまです。
一体だれから習ったんですか?」

一瞬リヴァイさんが日本人じゃない、ましてや違う世界から来た人だと忘れかけた。

「同僚だ。…それにこの国独自のルールもしっかり聞いてきたから安心しろ。」

一体何のことだと思っているとリヴァイさんは悪魔に魂を売ったような顔をした。
あれデジャヴ。

「おいしくなーれ、リヴァイ特製らぶどっきゅん。」

手でハートを作ってそれを土鍋に向けた。

「…それは一体だれから?」

「同僚だ。病人の料理にはこのまじないをかけるんだろう。」

「私が風邪引いてから作ってくれた料理全てにそれを?」

「当然だ。」

私は想像してみた。台所で一人らぶどっきゅんしているリヴァイさんを。

「っぶ。あははは、いーっひっひっひっふふふっ!」

「おい何笑ってんだ。」

「痛いいはい。病人でふよ私は。」

ほっぺたを掴まれた。

「あん?もう熱ねえだろクソガキ、何笑ってんだ。」

「…可愛いなって。痛い痛い。もう、続きがあるんですってば。
ずっと側で看病してくれて、わがままも聞いてくれて嬉しくて、大好きだなって。」

リヴァイさんは私のほっぺたから手を離して驚いた顔を少し緩ませた。
でもその顔が少し苦しそうで私の想いはこの人を苦しめると知った。

「病人の世話ぐらい当たり前だ。…で、本当はなんで笑ってた?」

あ、ごまかしきれなかったか。

「同僚さんに騙されてるなぁって思って。」

「あ゛ん?」

リヴァイさんは最高にいい表情をした。

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