狭間

□十二話
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「なあ、お前の未来を邪魔する奴ら全員殺してやるよ。」


俺はこの言葉に悠が驚かないと分かっていた。これくらいのことでは驚かないと。
だが、驚いてほしいと思っていた。
悠は微笑みを消さずに近づきながら世間話を続けるように口を開いた。

「どうしたんです?急に。」

「お前を殺そうとする今の組織の奴ら全員殺してやる。
客の奴らもお前の父親の潜入捜査官使って消してやる。望むなら担任も殺してやる。」

顔が曇ったが俺が物騒なこと言ったからではないだろう。
おそらく物騒だとも思ってないだろう。

「…父は組織にばれてるんですか捜査官だって。」

やはりそうだった。
こいつの心配は家族に関することだけだった。

「いや。気づいてるのは俺だけだ。」

「そうですか。ならよかった。」

悠は俺の横を通り抜けまっすぐと階段の方へ戻っていく。
それを少し間隔を開けて追いかけるように悠の後ろを歩いた。
悠は何も言わない。殺せとも殺さないでくれとも。
俺も何も言わなかった。
悠が立ち止りゆっくりと振り向いた。
風が強く吹き、髪のせいで悠の顔が見えない。
風が止んだ時悠はきれいに笑っていた。

「…リヴァイさんは私に何を望んでいるんですか。」

「言わなくても分かってるだろ。」

「…どうしてですか。リヴァイさんにとって邪魔じゃないからですか?
でもそれはリヴァイさんがもうすぐ私と離れられるからじゃないですか?もう私と関わらなくて済むからですよね?」

俺はひどく残酷な答えを返した。

「そうだ。俺はだから無責任にお前に生きていってほしいと思っている。」

これが俺の限界だった。これ以上言えばこいつは一生幻のような奴が言った言葉に囚われる。
神木悠という奴は優しく自己犠牲をいとわない。
顔もいい。性格もいい。きっと生きていればこいつを愛する存在が現れる。
俺よりもずっと幸せにする奴が現れる。
悠が生きていればきっと。

「どうして関係の無くなる私に、そんなに構うんですか。別に元の世界に戻ってしまえば私のその先なんてどうでもいいじゃないですか。
どんな手を使っても私に思い出させて、さっさと戻ってしまえばいいじゃないですか。」

本当にどうして俺が生きてほしいと思っているのか分かっていないんだろう。
心の底から不思議そうな顔で、俺に言ってほしい言葉があるわけではない。
こいつを見てると辛くなる。
…この感情の処理の仕方が分からない。
つきはなすことしか俺にはできない。

「お前があまりにも可哀想で同情してんだよ。」

悠の笑顔は、きれいに澄み渡った。
泣きだしそうな顔だと俺は知っている。孤独に耐えている顔だと知っている。
だが俺は何もしない。これ以上こいつの特別にはならない。
なってはいけない。俺はそれに応えられない。

「優しいですね。ありがとうございます。」

俺は何も答えなかった。
悠はすぐにまた口を開いた。

「…あなたの言う通りにするのでこれからする質問に肯いてください。
正直じゃなくていいんです。」

どんな言葉を悠が欲しているか分かっていた。
分かっていて俺は肯いた。

「ああ。」

悠は安心したような顔をして、息を吸い込んだ。
悠の表情というものが全て消えた。

「私、神木悠のことが好きですか。」

「…ああ。」

悠はきれいに笑った。
それは俺の本心だった。
悠が好きだ。
この感情は女に向けるものなのか、子供に向けるものなのか些細な違いは分からない。

「えへへ満足しました。すいませんね、変なこと言わせちゃって。
じゃあリヴァイさんお願いします。全部殺して私の未来作ってください。」

「了解だ。だが今は俺もお前もあいつらの所に顔出してねぇから警戒されている。
お前の怪我が治って警戒が解けたら全部殺してやる。」

「…この痣が消えたら?」

「そうだ。」

「分かりました。
よろしくお願いしますね。」

にこにこと悠は笑った。まるで今夜の夕飯でも決めたように。
きっと躊躇がもうないのだろう。倫理観も感情もどこかへ行ってしまった。
こいつは壊れている。そして俺も壊れている。
この方法以外に悠を救う方法が浮かばないのだから。

「帰るぞ。」

「はい。」

俺は悠に並んだ。
横を歩く悠の頭は最初に会った頃と変わらず小さい。




同情というのは一体どんな心理から出てくるものなのだろう。
思いやりなのだろうか。
とにかく大切に思ってくれているんだろう。
それで十分のはずだ。十分欲しかったものは手に入ったはずだ。
なのにどうしてこんなに寂しい気分なのだろう。
私はずいぶんとわがままになってしまったみたいだ。
こんなに恵まれているのに、もっと欲しくなってしまう。

「…あなたの言う通りにするのでこれからする質問に肯いてください。
正直じゃなくていいんです。」

馬鹿なことを言ってると分かってる。でも止められない。
このままじゃ苦しくてどうにかなりそうだった。
肯いたリヴァイさんを見つめて私はさらに馬鹿なことを言う。

「私、神木悠のことが好きですか。」

「…ああ。」

言ってほしかった言葉をもらったのに、ただ虚しくなった。
もうどうなってもいい。もう苦しい。
リヴァイさんと会ってから、この人と離れると寂しくてどうしようもなくなる。
今までずっと人の温かさを知らなかったから寂しさも孤独も知らないでいられた。
でも、一度寂しさに気がついてしまったら辛くて耐えられない。
もう一人じゃ耐えられない。
…いっそのこと出会わなければ良かった。
そうすれば寂しさを知らないまま殺されてそれで私は終われたのに。
出会ってしまったから、気がついてしまった孤独に、ずっと辛くなった孤独につきまとわれる。
ずっと生きていかなければならなくなってしまった。

もうだめだ。私は。いつからこんなに弱くなってしまったんだろう。
これ以上リヴァイさんと一緒には居られない。
だからもうなんでもいいから、リヴァイさんを元の世界に戻そう。そして離れよう。
これ以上一緒に居たら耐えられない。

車に乗ると、外と違ってほんのりと暖かかった。
リヴァイさんは案外丁寧な運転で車を発車させた。
ただ外の景色をぼぅっと見た。
…そういえば、車から見える景色がいつもより広いな。
あ、そうか。助手席に座ったのは初めてだ。家族と車で出かけたことがないし、送迎は後部座席だ。
ちらっと横のリヴァイさんを見たら少しだけこっちを見て目を緩ませすぐ前を向いた。
呼吸がつまった。

私はこの人が好きだ。どうやっても自分を騙せないくらいリヴァイさんが好きだ。

痣がずっと消えなければいいのに。
このままずっと暮らせたらいいのに。
でも、もう耐えられない。
リヴァイさんを見ると幸せで、そして苦しい。

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