狭間

□十話
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何があっても朝は来るようで、昨日と言うか今日の夜中に色々あっても変わらず朝が来た。
私は義務教育中の中学生のためいつも通り制服に着替え、出かける準備を整えた。
これからどうすればいいのか考えなきゃいけないことはたくさんあるけれど睡眠不足のせいで頭が働かない。
今日ばかりはそのおかげでいつもより考えずに済んで良かったと思う。
そっと横を見ると、いつも通りリヴァイさんが布団にくるまって寝ている。
罪悪感がある。けれど、私はどうしようもない奴でそれ以上に横に居る安心感を抱いてしまった。
申し訳がない。けど、けど、もう離れたくない。
なんという自己中心的な奴なんだ。いつからこんなに私はエゴの塊になってしまったんだろう。
目を伏せて部屋を出た。

学校は相変わらず居場所がない。
運動会の後から嫌がらせを受けることは無くなったけれど異質な私はどうもここに馴染めない。
担任には他の子のように心を許す可愛げのない私は嫌われていて居心地も悪い。
心を許していないんじゃなくて打ち明けても空っぽなだけだけど。
居心地がいいのなんて…リヴァイさんの側くらいだけど。
でも、やはり学校は特に居心地が悪い。
教室に入るとひと際汚れた机が目につく。
そこに一人の女子生徒が下を見て座っていた。
私にはその子と他の子の区別がつかないけれど、他の子が言うには私をいじめていた子らしい。
どうにかして対象を私に向けたいがなかなか上手くいかない。
その子が相当に私を罵り物を破壊しすぎたことと
私にはどの子がいじめを受けているのかぱっと見で判断できないせいで対応できないのが原因だった。
朝のHRが始まる。担任が教室に入ってきた。
そして汚れた机を発見した。

「…これがどういう行為か分かってるのか、神木!!」

どうやら私のせいらしい。
教室がざわつく。

「せんせ〜、なんで神木さんがやったって決めつけてるんですか〜。」

「神木さんがやった証拠でもあるんですか〜?」

庇ってくる言葉。その中にはこの事態を楽しむ調子が混じっている。

「東山がそう言っているんだ!!被害者がそう言っているんだから間違いないだろう!!」

その言葉でさらに教室にはざわめきと笑い声が広がった。
汚れた机に座るその子の姿が消えてしまいたいというように縮んだ。

「やーい、嘘つき!東山!」

「いつも神木さんのありもしない噂ばっか言ってた嘘つきちゃん!また嘘つくの?」

「注目集めたいから自分で書いたくせにさぁ〜」

「サイテーじゃん。」

彼らはこれを正当な主張だと、正義だと信じて言い張っているんだろうな。
担任が私の机に近づき腕をつかみ教室から連れ出した。
教室を振り返ると憤った少年少女と…小さく消えてしまいそうな少女が見えた。
吐き気がした。耳鳴りがする。
教室の事はなんだかどうでもよくなってきた。
強く掴まれた腕がきしんでいるのを感じながら自分の能力に関する事を思い出せやしないかと試みていた。

ぼんやりとぼんやりと担任の言葉を聞き流す。
この感覚は慣れている。これが普通だったはずだ。
もう私は十分幸せだった。嬉しさも喜びも悲しさも自分のものに感じられた。
ほとんど好きだ、という告白にも笑って答えてくれた。
だからもうこれ以上は望まない。リヴァイさんを向こうの世界に…向こうへ。
不意に教室の生徒たちを思い出した。これ以上醜い自分にはなりたくなかった。
そんなことを決意しながら担任の言葉を聞き流した。

そんな担任の言葉が一つだけ引っかかった。

「俺は…本当に神木を心配して、救いたくて…!」

焦点が担任に合った。涙を流していた。
その顔をひどく傷付けてやりたくなった。

「どう私を救うんです、先生?」

私は自分が無表情な気もしたし笑っているような気もした。
とにかくその表情に担任は驚いたようだ。

「どう救うんですか?」

もう一度同じ言葉を繰り返した。

「え、いや…だからこうやって悩みを聞いたりとか」

「悩み?私の悩みってなんです?」

「いやそりゃ家庭事情、とか」

タブーに触れるように担任はそう言った。

「家庭事情、家庭事情ですか。そうですね三者面談の度に私の母親違いますもんねぇ。
あ、父親も違うか。ははは。戸籍とか私どうなってるんですかね。
まあでも、私がこの話をしたとしてどんなことが先生にできるっていうんですか?
児童相談所が動かないの知ってますよね?」

そう言うと担任は口をパクパクとした。顔が赤くなっていくのが面白かった。

「私より東山さんを救ってくださいよ。
あの子は注目されたくて構ってもらいたいんですよ。それはもう心が壊れそうなほど願っているでしょうね。
私を見て、私の心配をしてってね。今日の机の落書きも自分でやったんですよ。
今だって私じゃなくて彼女を連れ出したらきっと彼女は救われましたよ。」

言葉を切った。
まだ担任は爆発しない。

「自分の能力に見合った人を救ったらいいんですよ、あなたの能力じゃ私を救えないんだから。
ねえ先生?自分のこともっと知った方がいいですよ?」

担任は爆発した。
さすが体育会系。重い拳で思いっきり私を殴り飛ばした。
私に馬乗りで殴ってくる担任の顔はなにかにだぶってみえた。
ああ母だった人だ。とても似ている。
なにか思い出せるような気がして私はされるがままになっていた。

担任はしばらくした後自分のしたことに気がつき隠ぺいに動き出した。
私に誰にも言わないように言い、顔の怪我に気がつき私を早退させた。
その足で病院に向かい、家庭内暴力を疑われたが上手く切り抜けて手当てを受けた。
家に到着するとリヴァイさんは居なかった。今は2時過ぎ仕事に向かったのだろう。

だれも居ない。

だからなんなんだろう。

そう思っているはずなのにまた心と身体が上手く繋がっていないらしい。
急に鼓動が激しく息が切れてきた。血の気が引く感覚がする。
頭が痛い。…なにか思い出せそうだった。けれど思い出そうとする感覚以上に所在ない感じがしてふわふわする。
落ち着きがなくなったようで視界がふらふらする。その目が一枚の紙を見つけた。
9時には帰る、と書いてあった。
それを見たとたん呼吸が落ち着いた。
私はリヴァイさんがもう戻ってこないような気がして恐怖していたようだ。
私は一体どうしてしまったんだろう。自分の感情すら上手くつかめなくなってしまった。
自分が何を思っていたのか、何が偽りの嘘だったのか、何が本当なのか、自分はいったい何なのか
もうよく分からない。




本当にこんな所に人が暮らしているのか分からないが、そこの入り口を半ば壊すようにこじ開けた。
耳障りな金属音と共に扉は横に倒れた。

「邪魔するぞ。」

「やあ。相変わらず乱暴だね。」

へらへらとそいつは前に会った時と全く変わらない様子でそう答えた。

「一体どうやって僕の居場所を?」

「昨日悠と接触して、自分の痕跡を一つも残さずに消えられるとでも思ってんのか。」

「ああなるほど。」

「お前は一体昨日悠に何をした。」

「自分の能力を思い出させようとして途中でやめた。」

「止めただと。」

「うん。母親に関する記憶を思い出しそうになった瞬間あの子の心が壊れかけたんだよ。
それを知らないことで何とか生きてきたんだろうね。」

「それはなんだ。」

「…自分の母親は他に居て自分を愛してくれるっていう妄想。
本当の産んだ母は、弟を産んだ母と同一人物、つまり育ての親が産みの親だって事実のこと。」

「そうか。」

「うん。だから止めた。心が壊れたら世界が壊れる。
でもそのことを思い出さないと能力のことも思い出せない。境界は神木悠と一体化して不安定なまま。
もうどうしようもないね。好きにしなよ。」

「どういう意味だ。」

「ぼくはもう何もしない、ってこと。好きにしなよ。
だから教えておくよ。何もかも犠牲にして帰りたくなったら神木悠に呪印を解かせて記憶を取り戻させればいい。
神木悠には呪印を解くとリヴァイ兵士長が壊れるって言ってあるから自分では解かないはずだよ。」

「そうか。」

「…君は思い出させる気がないみたいだね。そんなに神木悠が大事?」

「ああ。」

「一つ聞かせてよ。…一体神木悠のどこがいいの?」

色々な悠の顔が浮かんだ。
一人で生きてきた冷えた顔、自分を心底嫌った顔、楽しそうに笑った顔、震えて青ざめた顔。
あいつはひどく傷付けられてきた。それでも心は折れずに誰かの為に常に行動する。
それによってどんなに傷付いても止めはしない。
何がいいと聞かれてもそんなことは分からない。

「放っておけねえから、救えるなら救うために動く。」

ただそれだけなんだろう。それが昨日出した結論だ。
昨日の悠の言葉が頭に浮かんだ。
その言葉はひどく暖かく同時に痛い。
だから打ち消す。
俺は何も思っていない。だからこの感情は同情以外の何物でもない。
そのはずだ。
そうでなければならない。

すべてを消し前を見た。
それを見たあいつは笑って口を開いた。
そして…

夕方頃。仕事の時間になり俺はそこを離れた。
たしか悠は今日は休みのはず。
そんなことを考えつつ業務をこなす。
 

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