狭間

□九話
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どこにも行かないで。
そう思いつつも心が少しずつ落ちついていく。
落ち着いているのかな?冷めていっているのかもしれない。
…あ、まだ心と体が繋がっていない。まだ震えが止まらない。
震えを無視して暖かい身体から自分の汚い体を引き剥がした。
息を大きく吸う。私は伝える義務がある。

「リヴァイさん。私は取り返しのつかないことをしました。
私が…私がリヴァイさんをここに連れてきてしまったんです。
私にはそういう力があることもそうした記憶も都合よく忘れて今まで、親切そうに接してリヴァイさんを騙していました。
私が全て悪くて責任は全て私にあります。
本当にすいませんでした。ごめんなさい。」

リヴァイさんを見つめながらそう言った。
表情の変化は分からなかった。何を思っているのか分からなかった。
けれど、どう思われても仕方がない。許してほしいなんて言えない。
ズキッと胸が痛み空気が上手く吸えなくなって、慣れ親しんだ寂しさが襲ってきた。
そういうことを感覚の奥に押しやり…とにかく誠意を込めて頭を下げた。

手が伸びてきて顎をつかまれ顔を正面に向けさせられた。
目の前にはリヴァイさん。
…殴られるだろうか、それも仕方がない。というより当然かな。
そんなことを考えつつも目の前にリヴァイさんが居ることにどうしようもなく安心してしまう。
私が無理やり連れてきて今まで騙してきた、リヴァイさんがどうしようもなく好きだった。
私は本当に…どうしようもない。

「お前はこんな時でもまっすぐ俺を見るんだな。言い訳一つせず。」

何と言っていいか分からずもう一度謝ろうと口を開くと遮るようにリヴァイさんも口を開いた。

「…俺を元の世界に戻す方法は思い出したのか。」

「いいえ。どうやって連れて来たのかも戻すのかも、自分の能力も思い出せません。
記憶の封印を解くと思い出せるそうですがそうするとリヴァイさんを壊してしまうそうです。」

ごめんなさい、と言おうとするとまたそれを遮ってリヴァイさんは口を開いた。

「知っていた。お前が俺をここに連れてきたことは知っていた。」

「…え?」

「そのことでお前を責めるつもりはない。謝るな。」

「…え、一体どういうことなんですか。でも、でも、私は、騙して」

混乱していた。全く何も変わらないリヴァイさんに逆に混乱した。

「騙したんじゃねえだろ。お前自身も忘れてただけだ。」

その言葉には一片も私を責める感情は入っていなかった。
どうして知っていたのか、いったいいつから知っていたのか聞きたいことはあったけれど
私は何も言えなかった。
無条件に許されたのは初めてだった。人に許されたこと自体が初めてだった。

「無理に思い出そうとする必要は無い。
どうせ異世界だ。時間の流れもバラバラだろう。急いで帰った所で同じ時間に帰れるとも限らねえ。
だから無理に思い出すな。思い出せないにはそれ相応の理由がある。」

体の震えが止まっていた。
本当に私が怖れていたのはリヴァイさんに嫌われることだったようだ。

「落ち着いたか。」

「…はい。」

「ならもう寝ろ。」

「あの、リヴァイさん。」

「なんだ。」

振り返ったその顔がたまらなくかっこよくて、ますます好きになる。
呼びとめる気はなかった。完全に無意識で呼んでしまった。
言いたいと思っていたけれどその内容はあまりにも無神経な一言だから言う気はなかった。
でももう声をかけてしまった。…覚悟を決めよう。

「リヴァイさんと会えて良かったです。」

「…そうか。」

それだけ言って寝室に入って行った。
それだけだったけれどリヴァイさんは重圧から解放されたような力が抜けたような表情で…
確かに笑った。
心臓がひどくうるさい。
嬉しくて嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
その場からしばらく動けなかった。
 

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