狭間

□八話
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どうすればいいのか分からなかった。
刺青のような呪印を解けばリヴァイさんを元の世界に戻せる。
けれどそれはリヴァイさんを壊してしまうかもしれない。らしい。
…本当に申し訳ないことをリヴァイさんに私はしている。
私は孤独から逃げたくて、リヴァイさんを呼んでしまった。
リヴァイさんの世界にはリヴァイさんを必要とする人がいてリヴァイさんの生活があったのに
私は奪ってしまった。
奪ってしまったのだ。リヴァイさんの何もかもを。
…自分勝手に私だけの為に。
呪印を今すぐに解いてリヴァイさんを元の世界に戻すべきだ。
スーツから兵士の隊服に代わり巨人に向かっていくリヴァイさんの姿が浮かんだ。

その時、体が震えだした。歯が鳴っている。

一体私はなにに怯えているんだろう。
分からない。心と体が上手く繋がっていない。
こんなに冷静でいるつもりなのに、どうして怯えているんだろう。
車の中で震えながら、早く家に着くように祈った。

家についた。
鍵を開けようとしたが手が震えてうまく開かない。
何度か鍵を落としてやっと扉を開けた。
ただいま、と言おうと口を開いた。
けれど言葉は出てこない。声の出し方を忘れたみたいだった。
どうしてだろう?なんでこんなに動揺しているんだろう。分からなかった。
とにかく靴を脱ごうと玄関に座った。すると部屋と玄関の境の扉が開いた。

「帰って来たなら一言言えと前も言っただろう。びっくりすんだろ。」

振り返ると相変わらず全然びっくりしてない顔のリヴァイさんがいた。
が、一瞬の後本当にびっくりした顔になった。

「悠何があった。何かされたか。おい、なんか言え。」

かがみこんで目線を合わせてそう言ってくれた。
でも言葉が出ない。
なんとか何か伝えようとリヴァイさんに差し出した手も情けなく震えている。
その震えた手をすぐに硬い手で握ってくれた。
そして強くひっぱられて抱き寄せられた。
目線にはリヴァイさんの肩。すぐ横から呼吸を感じる。
触れ合った身体が暖かく体温が戻ってくるみたいだった。
なぜだか懐かしいような匂いにつつまれた。
呼吸を深くする。そこで今まで過呼吸気味に呼吸をしていたことに気がついた。
リヴァイさんはずっと幼い子供をあやすように背中をとんとんしてくれる。

「ここには何の心配もない。落ち着け。」

「…っふ…!っぁ…っ!」

声が出ない。情けない。

「無理に話さなくていい。」

「…、…っな、さい…!」

「なんだ?」

「ご、…っ、めん…っん、な、さい…」

何に対する謝罪か分からない言葉が口から出てきた。
何度も繰り返すその言葉をリヴァイさんは黙って聞いていてくれた。

分かった。私はリヴァイさんがいなくなる事実に怯えたんだ。
この温度を声が居なくなることに怯えたんだ。
そして…この謝罪は私の願望のせいで迷惑をかけたことについてなんだと思う。
リヴァイさんが元の世界に戻る方法を知ったのにすぐに実行できなかったことについても少し入っている。

思考はしっかりしているのに相変わらず震えが止まらない。




ガチャンと扉が開く音がした。
だが「ただいま」の一言がない。
入ってきたのは悠じゃねえのか?
侵入者の可能性を考え気配を消して玄関に向かった。
だが玄関に居たのは悠だった。背を向けて靴を脱いでいる。
まったく心配させんじゃねえよこのガキと思いつつ声をかけた。

「帰って来たなら一言言えと前も言っただろう。びっくりすんだろ。」

振り向いた悠の顔は蒼白だった。
いつもの強さは消え怯えきった弱いあまりにも弱すぎる表情をしていた。
嫌な汗が出た。血の気が引いた。
仕事で…なんかやべえことでもあったのか。
最悪な想像が脳内に現れる。

「悠何があった。何かされたか。おい、なんか言え。」

そう言うと口を開いたが何も言わない。
代わりに手を差し出してきた。…震えていた。
救いを求めるようなその小さな手が、かつて部下だった一人の手と一瞬被った。
気が付いたら手を握り抱き寄せていた。
震えている。体も冷たい。呼吸が浅い。

「ここには何の心配もない。落ち着け。」

あやすように背中をたたく。それでも震えは収まらない。
一体何があった。こいつをこんなに怯えさせることが俺には想像ができなかった。
悠はなにか喋ろうとしているがハッキリとしない。
震えて喋れないようだ。

「無理に話さなくていい。」

そう言っても聞かず、なにかを必死に言っている。

「ご、…っ、めん…っん、な、さい…」

それは謝罪の言葉だった。
何度も何度も俺に謝ってくる。
一体なんなのは分からねえが、なんだかやりきれない。
怒りなのか悲しみなのか同情なのか分からない感情が渦巻いた。
だが震え続ける悠を撫でながら一つ確信したことがある。

俺はこいつを見捨てられない。

幼い震えるこの小さいガキ
…笑顔、境遇、そんな境遇でも自分を保つ強さから目が離せない。
消えてほしいと願われる悠に俺は生きてほしいと思う。
震えが収まるまで慣れない手つきで俺は悠を撫で続けた。

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