狭間

□六話
1ページ/2ページ


それから一週間とても忙しかった。
毎日夜に仕事があった。なんとなくだけれどオーナーはどこかの団体と結びつこうとしているらしい。
そのために私が使われてるようで、毎日接待しているんだろう。
…なにをアピールしているのか。私の安全性?利用頻度?従順さ?
ま、とにかく私がどれくらい金になるかということをアピールしてるのかな。
そういうわけで忙しくとてもじゃないけれど放課後に運動会の練習なんか参加できるわけもなかった。

忙しいのはリヴァイさんも同じなようで、この運動会の日曜日。リヴァイさんは2週間ぶりの休日のようだった。

「悠は休みじゃないのか、今日は日曜だぞ。そんなもの着てどこに行く。」

体操着を着た私を見ながらそう言った。

「運動会ですよ〜。なんか、クラス単位で競争する大会です。見に来ます?」

冗談でそんなことを言ってみた。

「…行く。」

そう言ったリヴァイさんの手にはカメラが握られていた。
いや、待って。待って。なんで、カメラ?どうして本気で運動会に行くお父さんの必須アイテムを持っているわけ?

「それ、どうしたんです。」

「職場の奴に『運動会?娘の晴れ舞台じゃねえか。写真で保存してやれ』って言われて渡された。」

「声真似のクオリティーの高さにはツッコミませんよ…なんて余計なことを言う人が居るんでしょう。」

「いや余計ではない…言われなければ撮り逃すところだった。」

「撮り逃していいんですよ!…と、と、とにかくこれプログラムで出るのはコレですから!」

「お前もノリノリじゃねえか。」

つっこまれた。



そんなこんなで運動会。私の出場種目リレーになった。
リヴァイさんは完璧に前列に陣取りカメラを構えている。
…親が来て恥ずかしがってた子の気持ちが分かった気がする。
でもこの恥ずかしさは、なんだか楽しい。

「あ、あれ神木ちゃんのお父さんでしょ。相変わらずかっこいいね。」

隣にいる女の子がそう笑う。いつの間にかリヴァイさんは私のお父さんになっている。

「うん。かっこいいでしょ。」

「え、あのかっこいい人お父さんなの?いいなあ!」

クラスの女の子がそういう。この子の名前は…なんだっけ。

「やっぱり可愛い子のお父さんはかっこいいんだな〜羨ましいよ神木ちゃん!」

この子も…なんだっけ。

「いやいや可愛くなんてないよ…自分の方がよっぽど可愛いのになに言ってるの」

「神木ちゃんたらお世辞が上手いんだからもう。」

急に声の質が違う声が聞こえた。

「あーあ、今まで散々練習サボってくれたアンカーさんは大丈夫かなあ。アンカーのせいでビリとかあり得ないからさあ

。」

「ほんと、よく笑う余裕あるよねえ。信じられない。」

思いっきり舌打ちして去っていった。私はただ笑って配置についた。

「…がんばれ。」

「応援してるよ!」

優しい声二つが通り抜けた。
…あのクラスメイトの子の名前が浮かばない。

「よーい、スタート!!」

リレーが始まった。あんなこと言うだけあってなかなかクラスメイトは速かった。
二番、三番、また二番になった。あ、抜かれた四番だ。
あと二人で私の番になる…アンカーは他の人の二倍の長さを走る。
コースに入る。トップとの差は運動場4分の1程度…あと一人…もう、バトンが回ってくる。
振り返るとリヴァイさんと、差し出されたバトンが視界に見えた。
今四番。絶対に一番になってリヴァイさんに良いところをみせてやる。
私はバトンを受け取り走り出した。

結果は一位だった。
3人抜かせた。
散々嫌がらせしてきた子達から超ほめられた。本当に人は信用できない。
勝てば官軍とはよく言ったものだ。
…クラスメイトなんかより、リヴァイさんに褒められたかった。
だから水を飲むふりをして応援席に向かった。

「リヴァイさん、見てました?」

「勿論だ。…速かったな。」

「えへへ、まあこんなもんです。」

「よくやった。」

そう言って、頭をなでてくれた。
嬉しかった。なによりも。




「…最近やけに忙しいな。」

「そうだな。」

「なんだか慣れない護衛の仕事とかも回ってくるしよぅ、物騒で困るわ。」

そうポツリと同僚の男は言った。
俺の仕事は基本は嬢の送迎、迷惑な客にヤキ入れるそれだけのはずだった。
だが最近はやけに目つきの悪いオヤジの送迎やオーナーの会議に連れ出され相手方に力で脅すことも増えている。
それに仕事の頻度が多すぎる。クソめんどくせえ。
今は車の中で待機中だ。

「そういやリヴァイ、お前神木悠のヒモなんだっけ?」

「なんだ急に…まあそんなもんだ。最近はあいつの父親だと学校に思われてるがな。」

「父親ぁ?何歳の時の子供だよ。…神木悠の本当の父親はなあ、神木悠さえ絡まなければただ

のよくいる優男なんだがな。」

「知ってんのか、あいつの父親。」

「まあな。こっち側の仕事してるし、なんせあの神木悠の父親だ。嫌でも有名だよ。」

「そうか。」

この仕事をすればする程悠が俺の思う以上に有名であることが分かる。
家ではただ少し寂しそうな子供の悠が、まるで得体の知れない不気味な子供だと噂されている。

「噂で神木悠が父親探してるって聞いたな。なんか聞いてるか?」

「なんも聞いてねえ。」

「そうか。父親から逃げ回られて可哀想と思えばいいのか、神木悠に探されるあいつが可哀想なのか分かん

ねえわ。
…まあでも、神木悠は可哀想な子だよな。継母の借金のためにこんな仕事してるらしいし。
そんな境遇とあの顔じゃあ同年代の中じゃ浮いちまって居場所もねえらしいし。
リヴァイみたいな同居人ができてちょっとは救われてるだろ。」

「どうだかな…。」

寝顔と笑顔と…俺のことを好きだと勘違いして赤くなった顔が浮かんでは消えていった。

「リヴァイどういう経緯で神木悠に接触したんだ?お前こんなに強いのに今まで噂にも聞いたことねえし
神木悠には厳重にプロテクトかかってるのにそれ破って接触なんて信じられねえよ。」

「秘密だ。」

「そうかい。…お、来週は娘の運動会だ。お前も神木悠の応援に行けばいいじゃねえか。
神木悠は今まで親がそういう行事に来たことねえからきっと喜ぶぞ。」

「なんだ、運動会って。」

「そっかお前は外国人だったな。日本語達者すぎて時々忘れちまうわ。
うーん、とにかく娘の晴れ舞台だ。カメラもって思い出をぱしぱし撮ってやるのが父親の役目さ。」

「そういうものか。」

「そういうものだ。」

「…お前の娘、悠と同じ学校なんだな。」

「ああ。一個上だ。…一個上にも神木悠の噂は聞こえてくるらしいぜ。
とんでもなく美しくて儚げな雰囲気の幼い女の子。完璧超人。ってな。」

「さすが噂。おたまじゃくしがくじらになってやがる。」

「そーか。神木悠は家だとどんな奴なんだ?」

「料理ががさつで、よくくっついてきて、俺にふざけた着ぐるみ着せようとしたり、ツッコミ入れると嬉しそうな顔する

ただのガキだ。」

「…想像つかねえわ。」

それからはそいつの娘の反抗期の話を聞いていた。
しばらくすると迎えに行く時間になり、車を出した。
時刻は深夜…悠はまだ働いているだろう。

それから一週間は休みがなかった。それは悠も一緒らしい。
お互いにひどい顔をした寝起きの顔を見たこともあった。
そして日曜日。すっかり珍妙な格好をした悠を見るまで運動会のことなんか忘れていた。
カメラを持って行くと言うと、来なくていいと照れていたがきっちりと俺に自分が何に出場するかアピールして出て行っ

た。
…悪くない気分だ。

悠の通う学校に到着した。
浮かれ切った音楽が流れ、様々な色の旗が風に揺れている。他の親もたくさん来ているようでにぎわっている。
ずいぶんと楽しそうなイベントだ。
正直こんな楽しそうなイベントの中、一人ぽつんと寂しそうに悠がいる光景を想像していたが
他の女子と話していて安心した。
カメラを構えてみるとこっちに気がついたようで照れたように顔をそむけた。
と思ったが手を振ってきた。
なんだあいつ。相変わらず幼いな。
…そろそろ出場するようだ。位置についた。
悠と競う相手は下手すると俺よりでかい男子のようでその横に並んでいる。
余計に悠が小さく見える。…いや、あれに勝つのはムリだろ。
一番がもう運動場を4分の1くらい走っていった所でやっと悠の班のバトンが回ってきた。
いやもう無理だろ。…そう思っていたが悠は想像を超えるほど速かった。
受け取ったかと思うと風のように走っていく。確実に他の奴らと走り方が違う。
一人抜いた…またもう一人に追いつき、抜いた。そしてまたもう一人を抜き去ってゴールした。
どうやら一番らしい。
同じクラスの奴らの中でもみくちゃにされる勢いで祝われている。
…安心した。あいつはこの中でやっていける。
その光景をぼーっと見ていたら悠がその輪から抜けて俺の所にやってくるのが見えた。

「リヴァイさん、見てました?」

わくわくといった感じで見上げてくる。

「勿論だ。…速かったな。」

「えへへ、まあこんなもんです。」

「よくやった。」

頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。

「リヴァイさんカメラ貸してください。」

そのにやけ面のままそう言った。
俺は無言で差し出した。

「えへへ…ぱしゃり、と。」

「俺なんか撮ってどうする。」

「お守りにします。ちゃんとこれも現像してくださいね!それじゃあまた後で!」

「おい、転ぶなよ。」

「はーい!」

浮かれたまま走って行った。
そして俺はそのまま家に帰った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ