狭間

□五話
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あの顔が消えない。
…悠の、何も見えていない空洞のようなあの顔が。
あいつは何を考えている。あいつは何か辛いことがあったとしても決して口にはしない。
その出来事に対して一人で考え決断し行動する。
そしてただ何も言わず時々体を預けてくっついてくる、それだけだ。
何をどう思って生きてきたのか、どんな過去を背負っているのか俺は知らない。
あのアロハ服の男の言っていた悠の過去が正しいものなのか分からない。
言いたくないこともあるだろう。…特に過去なんてものは。
だが、あの壊れかけた笑顔や抜け落ちてしまった顔を見るとどうしても…
助けを求めている気がする。過去を話し全てを受け止めてほしがっているように見える。
俺は…耐えきれないほどの孤独を背負った12才のガキを助けたかった。
がらじゃねえな、全く。


じゃれ合っている時の悠はただの子供に見えた。
幼く無垢で無抵抗な子供。
悪意と憎悪に晒され続けなければならない子供には見えやしねえ。

「今日なにがあった。」

そのふざけた後の表情から何も変わらずに、口を開こうとして悠は止まった。
変わった表情は暗いが前を見つめた目だった。

「…朝悪口を言われていた時に庇ってくれた女の子が居て、私を庇ったことが気に食わなかった人が女の子に水をかけようとしたんです。
その水を私が被って女の子が濡れないようにし、もう二度とこんなことがないようにクラスの人を蹴り飛ばして脅しました。」

「そうか。…なぜお前は悪口を言われているんだ、なにかしたのか。」

「…前に標的が違う子だった時にその子を庇いました。そうすると自動的に標的が邪魔者の私になりました。」

自ら他人の悪意を受け入れたのか、なぜそんなことができる。
俺には理解ができない。
がアロハ服を着た男の言う通りなら悠は…この世界で生きていると認識できていない。
そうだとするなら…なんとも感じで、いないのか。

「なんとも思わないのか。」

祈りを込めたような言葉を吐きだした。
そんなことを思って生きてきたとは思いたくない。


「しょうがないです、私は邪魔ですから。
…生まれたことが間違いなんです」

だが返ってきた言葉は余計に救いをなくす言葉だった。

「本気で言っているのか、悠。」

「ええ。私は生みの親にも父親にも、継母にも弟にも憎まれ嫌われ、同じ年の子供たちにも嫌われる女です。
誰からも必要とされず居なければよかった、消えればいいと言われる私は生れなければよかったんです。
起こる出来事全て現実感がなくガラス越しの出来事のようで何が起きても私の心は動かなくて、なんとも思えなくて生きているのかどうかも疑わしい。
生まれなければよかったんです。」

堰を切ったように悠は話した。
お前はそんなことを思って今まで生きてきたのか、こんな幼いガキにこんな思いを抱かせて悠の周りの奴らは生きてきたのか。
悠の言葉はアロハ野郎から聞いたものと一致していた。あの過去は間違いなく悠の過去だった。
怒りがまた頭を渦巻いた。
見下ろした悠は目を閉じて手で顔を覆っていた。

「…お願いです、忘れてください。
今まで通り気味悪がらないで、ください。」

「気味悪がるわけねえだろこのタコ野郎。」

悠の言葉を聞いた瞬間言葉が口から出ていた。止まらねえ。

「よく聞けこのガキが。そんな話されて忘れられると思ってんのか馬鹿。
大体どこに気味悪がる要素があるんだ。お前のその思考を気味悪がったのは誰だ?親か?
そうだとしたらそいつらはもう脳みそがついているのかすら怪しい。
お前にそんなことを考えさせたのは誰だ?そんな風にしか思えなくした生き方を強いたのは誰だ?
親だろう。親が気味悪がるなら自分の良心が痛まない事を気味悪がるのが先だ。」

息をもう一度吸い込む。
同じ布団に寝転んだ悠は顔を覆ったままだ。

「俺はお前を気味悪がらない。お前が生まれてこなければよかったなんぞ思いもしない。
お前が居なければお前の母親は借金どうなってんだ、いじめられっ子はいじめられたままか、俺はあのままサツ行きか。
お前が居たからどうにかなったこともあるんだ。お前が生まれて助けられた奴はいっぱいいるんだ。
それを考えろクソガキ。お前は生れてよかったんだ」

悠は手を顔から外して俺を見つめた。
口を開いて話そうとして、また止まった。
一つ呼吸をして口を開いた。

「…リヴァイさん、言うことくさすぎ。」

そこで喋るの止めたら殴ってやろうかと思った。

「ありがとうございます、そう言ってくれて本当に嬉しいです。
なんか吹っ切れました。」

そう言って笑った悠の顔は、今までで一番晴れやかだった。

「あんなクソ野郎どもの言うことなんか信じる意味無かったですね。」

「口が悪ぃぞ。」

「リヴァイさんに言われたくないです。」

楽しそうに悠は笑うと、疲れました、と言い俺にくっついて眠り出した。
腕に巻きつけられた手が…振りほどけない。
空いていた手の方で悠の頭を撫でようとして、止めた。
がらじゃねえな。ほんとうによ。
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