狭間

□五話
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家に着いた。いい加減背中から降りようとすると止められた。

「お前…今びしゃびしゃなんだぞ。床が汚れるだろ。」

「相変わらずの潔癖ぶりで…っリヴァイさんも濡れちゃいましたね。すいません。」

「鼻水つけてねえから許してやる。」

「…本当ごめんなさい、ありがとうございました。」

「っち、…早く風呂入って体温めろ。」

そう言ってお風呂場に放り込まれた。
お湯を浴びると、身体が暖まった。外は相当暑かったはずなのに体が思ったよりも冷えていたみたいだった。
クラスメイトの顔を思い出す。…けれどハッキリとした顔で認識できるのは今日の朝庇ってくれた子だけだ。
他の人は分からない。ただ嫌悪の目で見つめるその目だけが思い出せた。
嫌だ、その目は嫌だ。
そう思った瞬間また世界が遠のいてしまった。クラスのことがガラス越しとしか思えなくなっていく。
…向かい合うと決めたのにまた逃げてしまった自分が嫌だった。
乱暴にシャワーを止めてお風呂場を出た。

着替えを終えて、部屋に行っても誰も居なかった。
あれ?リヴァイさんどこか出かけちゃったのかな。
…それとも、居なくなってしまったの?
鼓動が速くなる。慌てて寝室の扉を開けてみたけれど誰も居ない。
本当に戻っちゃったのか、でも約束は…!
体を反転し他の場所を探しに行こうとした時、身体が誰かに引っ張られ後ろに倒れ込んだ。
びっくりして目を閉じて倒れる痛みに備えた…けれど痛みは一向に来なかった。
恐る恐る目を開けると目に広がるのは見慣れた布団で、自分が畳じゃなくて布団に倒れ込んだのが分かった。
掴まれた腕は自分の背中側に回されて、両手とも後ろで誰かの手に掴まれて身動きができなくなっていた。
誰かの手…リヴァイさんの手によって。
リヴァイさんが居て安心したのと同時に、なぜか鼓動が速くていけない。

「…なんですか、リヴァイさん。なんで隠れてたんですか。」

「なんでもねえよ。」

「なんでもないなら心臓に悪いことしないでください…っ手首痛いんですけど!」

「うるせえ、そのまま静かにしてろ。」

「痛いんですけど…!………はぁ。」

騒げば騒ぐ分だけ手首にかかる力が強くなるので諦めた。
すると掴まれて身体は動けないけれど痛くないぐらいの力になった。
なんなんだこの人は…!後ろ向けないからどんな顔してるか分からないから余計に鼓動が速くなる。
それになんなの私も、どうしてこんなに動揺してるの。落ち着け。落ち着くんだ神木悠
しばらくそのまま無言で居た。
リヴァイさんと一緒に暮らしていてこんなに無言が辛い事はなかった。心臓が本当にうるさい。
急に手の拘束が外された。

「こっちを向け。」

無言で私は顔をリヴァイさんのために向けるために体をごろん、と回転させた。
距離が近い。すごい近い。少し上を見上げればドアップのリヴァイさん。
やばい、心臓がやばい。かっこよすぎるよリヴァイさん。
やる気があるんだかないんだかぼーっとした感じの目で私を見ている。
なんだか急に反撃したくなり、腰辺りをくすぐってみた。
速攻でその手がブロックされ、片手で簡単に私の二本の手首が捕まえられた。

「…リ、リヴァイさん手大きいですね…っ」

「お前が小さいんだ。…お前は相当なマゾなのか?俺にそんなことをするとはな。」

「マゾなのは認めますけど…!今のはちょっとした可愛い反撃っていいますか…。」

リヴァイさんの目がなかなかに怖い。ぞくぞくしちゃうのはこれから起きるであろう出来事に期待してるのか恐怖してるのか。

「つまり、俺に逆らうと…。」

「いやそういう意味じゃ…っひぃうっ」

腰を指でなぞられた。いやん大人怖い。

「じゃあ、なんだ?」

「ひゃっ…だから………ひぃっ。」

言葉が出ないでいると腰とかお腹とかを撫でてくる。
なんだこりゃ、夢か。願望が夢に出たか。やけにリヴァイさんが触ってくるけどこれはなんですか。
けど私の夢ならきっともっと殴られてるはず。そっちのほうが、好き…じゃなくて!

「ちょ、くすぐったいですって…っ!」

「くすぐってるんだから当たり前だろ。
ほら早く答えろ…どういう意味だったんだ?」

「それは…そこに腰があったから…っひひひひひ、や、ちょっ」

手がとてつもなく速く動いてる、さすが喧嘩が死ぬほど強いだけあって身体能力最強だね!!
無理、くすぐったい!耐えられないよちょっと!!
足をつかって逃げようとしたらリヴァイさんの足で逆に捕まった。さすが身体能力最強
死ぬ。悶え死にするほんと昔拷問に使われたてた過去はすごいね。
何分経ったのだろうか。急に解放された。

「…ハア……ハア…。」

呼吸が苦しい。
こんなに笑ったのは初めて。
なにやら見上げると目がいつもより輝いてるリヴァイさんがいた。

「…なに……ちょっと満足気なんですか……。」

「芋虫みたいな姿が見れて楽しかった。」

アレ…なんだか、違和感か。

「いつもより声高くないですか?」

「いつもこんなんだ。」

「そうですか…もう一体なんなんだったんです。」

答えが返ってくるとは期待しないで、私は目を閉じていた。
すると、声がぽつりと降ってきた。

「今日なにがあった。」

特になにもない、と言いかけて止めた。
確かに今日なにかが起こった。まるで現実感が無かったけれど確かになにかが。
どんな出来事でも受け止めると決めたのだからしっかり自分の口で話そう。
しっかりと世界を受け止めよう。そう思った時、どこかでカチリ、と音がした気がした。

「…朝悪口を言われていた時に庇ってくれた女の子が居て、私を庇ったことが気に食わなかった人が女の子に水をかけようとしたんです。
その水を私が被って女の子が濡れないようにし、もう二度とこんなことがないようにクラスの人を蹴り飛ばして脅しました。」

「そうか。…なぜお前は悪口を言われているんだ、なにかしたのか。」

「…前に標的が違う子だった時にその子を庇いました。そうすると自動的に標的が邪魔者の私になりました。」

「なんとも思わないのか。」

「しょうがないです、私は邪魔ですから。
…生まれたことが間違いなんです」

あ。
言う気はなかったことを言ってしまった。
なんでこんなことを人に言ってしまったんだ、心の奥底でしか思ったこともないのに。
なんでよりによってこんなことをリヴァイさんに言っちゃうんだ私…!

「本気で言っているのか、悠。」

見上げて見たリヴァイさんの顔は悲しそうで…。
その顔が私をかき乱す。

「ええ。私は生みの親にも父親にも、継母にも弟にも憎まれ嫌われ、同じ年の子供たちにも嫌われる女です。
誰からも必要とされず居なければよかった、消えればいいと言われる私は生れなければよかったんです。
起こる出来事全て現実感がなくガラス越しの出来事のようで何が起きても私の心は動かなくて、なんとも思えなくて生きているのかどうかも疑わしい。
生まれなければよかったんです。」

こんなこと言う気はないのに、どうしてこんな言葉を発してしまう。
こんなこと思ってると思われたらまた、気味悪がられて嫌われちゃうのに。
…リヴァイさんだけには嫌われたくないと思うのは、我が侭だろうか。
私は堪らなくなって目を閉じて手で顔を覆った。

「…お願いです、忘れてください。
今まで通り気味悪がらないで、ください。」

無理なお願いをしてしまう。私はほんとうに…気持ち悪いなあ。
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