狭間
□四話
2ページ/5ページ
「おい黙って入ってくるな…びっくりしたじゃねえか。」
「あ、すいません。えーと、ただいま?」
暑いなかを帰ってきたら家に人が居ることをすっかり忘れていた。
言い訳すると今まで帰ってきて挨拶する習慣がなかったからしょうがない。うん。
リヴァイさんは丁度夕飯を作り始めた所らしい。
エプロンをして驚いた顔をこっちに向けながらそう言った。
「あぁ、おかえり?……言い慣れねぇな
それよりひどい顔してるぞ、どうした」
「そうですか?どうもしませんよ?
それより手伝います」
「必要ない。休んでろ。」
そう言って作業に戻ってしまった。
しょうがないから背負っていた荷物を片付けて明日の準備をした。
英語と数学はあとで予習しよう。あと問題集も片付けちゃおう。
…明日のことよりも、どうしても台所のリヴァイさんが気になる。
なんでかリヴァイさんを見たい。これから学校に行くようになると前より会えなくなると思うと家に居る間だけでも見ていたい。
どうして見たいのか分からないけど。
よし、そーっと見よう。壁に隠れながら見よう。
そーっと台所の壁からリヴァイさんを見た。やっぱりかっこいいな。フライパンを振る手つきがかっこいい。
横顔も髪の毛の影がかかった目元がすごくかっこいい。
あ、ヤバいこっち見た。
「休んでろって言っただろ。なにしてやがる。」
怒ってる。なかなかに怒ってる。
「だからこうやってリヴァイさん見て癒されてるみたいな…」
「馬鹿が。」
何か物が飛んでくるパターンだと思って身構えたが、聞こえたのはリヴァイさんのため息だけだった。
「…その洗い物やっとけ」
「はーい」
「返事は伸ばさない」
「はい」
私はスポンジを持って洗い物をすることにした。
リヴァイさんの横に居れて、嬉しい。
しばらくお互いに喋らずに支度をした。
その時突然、話しかけてきた。
「…お前本当に小さいな。」
「失礼な。まだ伸びますー成長期ですー。」
「女の成長期ってもう終わりじゃねえのか?」
「…伸びるはずです、多分。」
見上げるとリヴァイさんの顔があった。まっすぐ並んでも私は頭が肩に届くか届かないかぐらい。
小さいなぁ自分。142cmで小5から不変のこの身長。正直伸びる気がしない。
「リヴァイさんは大きいですね。」
「…自分で言うのもあれだが、俺は小さい方だぞ。」
「…そんなこと言ったら私極小ですよ。」
「だから、極小だろお前。」
「ひどい。」
「事実だ。」
「…リヴァイさんの、チビ。」
「悠よ…まだ躾が足りなかったか。」
「いたたたたたっ!!めり込んでる!!手が頭にめり込んでるうう!!」
「頭が丁度いい位置にある、力が入りやすい。」
「なんつー楽しそうな声してるんですか!大体自分で認めてたじゃないですか!!いったいんですけど!!」
「痛くしてるから当たり前だ。」
「いったた…ってリヴァイさん焦げてる!!フライパン!!」
「っち、忘れてた。」
全く、ひどくバイオレンス。頭をさすって私は洗いものに戻った。
今日の悠はおかしい。やけに俺にくっつきたがる。
帰ってきてから休めばいいものを側で洗い物をして、夕飯もいつもは向き合って食べるのに隣で食べている。
なんだ、どうした。やっぱり学校でなにかあったのか。
横を見るといつもと同じ笑顔の悠…だが心なしか顔が赤い気がする。
そういや子供は体調が悪いと保護者の側に来たがるって話があったな。
悠の額に手を当ててみる。俺と体温は変わらない。が、こっちを向いた顔が赤い。
「な、なんですか。」
「熱でもあるかと思ってな。無いみてぇだが。」
「ありませんよ、体調管理は完璧です。」
「よくも3時に寝る生活してる奴が言えたものだな。」
そのまま食事に戻った…が悠が体を俺に預けてきた。
「邪魔だ。蹴り飛ばされてぇのか。」
「私は蹴られるより痕がつくぐらい手で絞められるのが好き…」
「悪趣味だな。」
12才にしてに歪んでやがる。
どんな教育受けたんだと思ったが、今の状況と前に聞いた話でもう察しがつく。
むしろよくマトモに育ったものだ。
「今日は、お仕事ですか?」
「あぁ先に寝てろ。」
「分かりました。」
それからは無言で食べて、悠が片付けを俺は着替えた。
「…行ってくる」
「いってらっしゃい、気をつけてくださいね。」
「あぁ。」
少し悠の様子が引っかかりながらも仕事に向かった。
「君が噂の、お姫さまのヒモかい?」
金を払わずに逃げ出そうとした男を路地裏で蹴り飛ばしていた時、声をかけられた。
妙にでかい花柄の赤と桃色の服に咥え煙草。胡散臭ぇ男だ。
「…誰だ。てめえは。」
足で蹴り飛ばしていた男を踏みつけ逃げられないようにして振り向いた。
「ははーん当たりかな?いやいや物騒な顔だねえ」
「てめえの胡散臭さに比べれば、そうでもねえだろ。
誰だって聞いてんだよ。」
「失礼、失礼。●●●●だ。
…君が異世界から来たリヴァイ兵長で間違いないかな?」
なぜ知っている。無理やり聞き出してやりたいが今の状況では相手の口を割らせることは無理だ。
この踏んでいる男が邪魔だ。
「っち、そこで待ってろ。」
踏みつけていた男を引きずり待機していた車に放り込んだ。車が発進していく。あの男がどうなろうが知った事ではない。
路地裏に戻るとその胡散臭い男…俺が異世界から来たと知っている奴はさっきの姿勢のままそこに居た。
「おいお前、どうして俺が異世界から来たと知っている。答えろ。」
「そんなに睨まなくても答えるさ、君には協力してほしいんだから。
どうして知っているかだっけ?それは僕が僕だからとしか言いようがないね。」
「答えになってねえ。」
そいつの足を軽く蹴った。
「っ…噂通り暴力的だ。」
「早く答えろ。」
「長くなるが、僕は異世界に詳しい。僕は世界と世界を超えるものがあった場合感知することができるし、その存在の居た世界を知ることができる。
だから異世界から来た君のことを知っている。こういう訳さ」
「信じられる話じゃねえな。証拠が何もない。」
「異世界から来た君が信じられない、なんて言うのかい?傑作だね。この世は信じられないことだと君は実感しているだろうに。
自分は異世界に詳しいと思っていたけれど本当にこの世は信じられないことばかりでね、今まで…まさか只の人間が世界を崩す力を持つようになるなんて思っても居なかったよ」
相手のペースに呑まれているのは感じている。が、どんな情報でも集められるならそれに越したことはないと判断した。
こいつの話を聞き出す為に、乗ってやろう。
「なんのことを言ってるんだてめえは」
「もちろん神木悠のことだよ。
神木悠が世界の境界を崩し、君を呼んだんだ。
…君は神木悠が世界を歪めたところを見たことがあるはずだよ。
一週間程前の夜明けにまた世界が揺らがされた。」
悠の姿が、陽炎のように薄くなっていた時の事を思い出した。
あれは…一週間ぐらい前だ。
まさか、あれは目の錯覚じゃなかったのか。
「思い当たるようだね。
おまけに今日も、また世界を歪めかけていた。
神木悠は、この世界と君の世界の狭間に消えようとしていた。」
「…どういうことだ。悠からそんな力があることを一度も俺は聞いてねえぞ。」
「神木悠は気がついていないからね。ただ神木悠は消えてしまいたいと願っただけ。
ただそれだけで、世界の境界を崩すことができるんだ。
調べたところによると今まではそんな力を持っていた形跡はない。…持っていたならもっと何度も世界の境界を崩しているだろうから。
神木悠の今までの半生では何度消えたいと思っただろうね。
生まれた時から両親による自分の押し付け合い、生まれた時から邪魔者だった。
最終的に引き取ったのは父親で、3年間は二人暮らしだったようだ。父親は最低限の育児はしていたようだけど欠片も神木悠に興味がなかった。
その後父親が再婚。この再婚が所謂出来ちゃった婚で、一歳の弟と新しい母親が生活に加わった。この母親が厄介でね…とてもだらしなく何もしない。
おまけにアルコール依存症。家事も育児もなにもしない。
そこでだよ、神木悠は3歳の時点でとてもしっかりしていて弟の面倒も家事も粗方できたんだ。
3歳で神木悠は母親代わりをしていたのさ。…正直気味が悪いね。あまりにも出来過ぎている。
それは母親も父親も思ったらしく気味悪がって、父親はもう自分の子だとこの時点で思えなくなった。
母親は、そこに嫉妬も混じって神木悠に虐待をするようになった。
この時神木悠は、世界と世界の境界が見えるようになったはずだ。全てを傍観し、この世界を自分の生きる世界だと本気で認識できなくなった。その結果境界が見えるようになった。
…これだけならまだ良かったんだけどね。異能力者としても危険はないと判断されるから。
問題はここからだよ、そのまま生活して神木悠は9歳になった。そこで母親の借金が発覚した。
この母親が元水商売の女だったのが一番まずかった。…今の神木悠の仕事をこの母親がやらせたんだ。
神木悠は見ての通り顔立ちが整っていて、おまけに纏う雰囲気が近寄りがたい。人気は鰻登りだったらしいよ。
自分が求められてることを果たさなければ、というできた性格と本当の気持ちに板ばさみになって心が壊れ始めた。
これ以上心を壊さないようにと対処法として神木悠は心を切り離す術を身につけた。
…でもね両親の離婚で神木悠の心の崩壊が止まらなくなってしまったんだ。
愛されていないと気がついても完璧に愛情の一方通行と気がついても、家族を愛し続けていたんだよ。愛情が神木悠の中では完結していたんだ。なにをされても心が動くことはなかった。けれどねその努力が何にもなっていなかったと離婚で気がついてしまった。
精一杯愛した弟も自分を罵倒し「離婚したのはお前のせいだ」と言ってくる。母親も「お前さえ居なければ上手くいった。」と。
本当の親の父親さえも…「お前が居なければ、もうちょっとマシだったかもしれないのにな」と言い放ったらしい。
傍観していたはずだったのに、家族だけは耐えきれなかった。
けれどこの時点では世界を壊すことはしなかった。耐えたんだ。2年間も。父親に与えられたアパートで二年間一人で暮らし
仕事を続け働かない母親にお金を送り弟が飢え死なないようにした。
…一カ月前限界が来た。母親に殴られ、「金送るの忘れるなよ」と言われた時気が付いてしまった。
自分の価値は身体と金でしかないと。自分が…終わりきっていると。
耐えられない孤独感で見えていた世界の境界線を壊した。一種の破壊衝動とでもいうのかな。
それとも助けを求めたのか…分からないけれど君がここに呼ばれたのさ。」
「…悠が、こんな事態を起こしたのか。」
「そうだよ。無自覚だけどね。」
「お前は悠の話を俺にして何がしたい。」
「協力してほしいんだ。簡単に言うと神木悠と共に君のいた世界に消えてほしい。
この世界には神木悠を抱擁する力はない。このままだと世界のバランスが崩れてしまう。」
「俺の居た世界はどうなる。」
「君の世界は、巨人なんて摩訶不思議なものがいるんだ。神木悠が一人入ったところで抱擁できる。」
「そういうものか。」
「そういうものだよ。」
「…少し考えさせてくれ。」
「もちろんだよ…じゃあまた会いに来るよ。」
そいつは路地裏の奥に手を振りながら消えて行った。
そいつを疑う気持ちはもう無かった。
ただ急に増えた情報に…頭がついていかなかった。
悠の横顔、寂しそうな顔、幼い笑顔、寝顔…消えてしまいそうだったあの日の姿。
「っち、クソ」
わけがわからねぇ。
一人悪態をついた。