狭間

□四話
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ある日の朝急に悠が変な格好に着替えていた。
紺色の背中の中ほどまであるやけに大きな襟がついた白地の服に胸元にリボン、それに紺のスカートと白の靴下。
随分といつもの格好より堅苦しい。

「…なんだその格好。」

「へ?…あぁ私の中学校の制服セーラーなんです。この格好似合いませんかね。」

そう言ってスカートをばさばさと揺すっている。少し照れたような顔が、いつにも増して幼い。

「別にそんなこと聞いたんじゃねぇよ。お前はそんな格好してどこに行くつもりだ。」

「だから中学校…あぁ、そうか。えっとですね教育施設?ですかね。
計算の仕方とか昔の言葉の読み取り方とかこの世界についてとか学ぶんです。
今までは長い休みで、今日からまた始まるんです。なので今日はそこに行きます。」

「ほう…。それが例の義務教育ってやつか。」

「そうそれです。義務、なので行かなきゃいけないんです。」

笑顔が少し陰った。もう一月も居ると顔の変化もよく分かる。

「行くのが嫌なのか。」

「…はい。むしろ私は、この世界のどこに行くのも嫌なんですよ。」

悠の姿がまたあの夜のように、蜃気楼のように揺れた。

「悠!」

「はい?なんです?」

笑顔と共に、いつもの実体が見えた。
また目の錯覚か…俺も疲れているのか。まあそれはいい。

「世界を知ることは生きていく上で力になる。その力がタダでもらえるんだ、しっかり学べ。」

「…頑張ります。っていうかすごい久しぶりにリヴァイさんが立派な大人に見えました。」

「奇遇だな。俺も久しぶりにお前を殴りたくてしょうがねえ。」

「もう殴ってますけど!?…もう、そろそろ殴られ過ぎて頭が凹みますよ。」

「これも教育だ。」

「……ふーん、じゃあ行ってきます。夕方には帰りますから。」

「いってこい。」

その言葉を聞くと嬉しそうに悠は笑い手を振って玄関から出て行った。
…無防備な幼い顔で出て行くところを初めて見た気がする。
大丈夫なのかあいつ行くの嫌がってたが相当嫌なことでも中学校とやらにあるんじゃないのか、それなのにあの無防備さで耐えられるのか、大丈夫かあいつ。
一つ気がついたことがある。最近の俺はおかしい。
…悠の心配をしすぎだ。



「がんばろう。」

リヴァイさんにも言われたしね。
なんだかあの人の言葉は説得力があるというか力があるというか、やる気がでる。
まだまだ暑い通学路を歩いた。

学校に着いた。この雰囲気も匂いも…苦手だ。
生徒たちの笑顔と笑い声からくるこの明るい雰囲気、なのになんでか暗い闇を感じるこの雰囲気が嫌だ。
闇なら闇でいいのに、一つのことから反対の二つのものを感じることが気持ちが悪くてしょうがない。
この気持ち悪いと感じる自分こそ学校に、適応できてない、受け入れられていない証拠なのかな。
玄関ではお互いに挨拶しあっている。
私には挨拶する相手がいない。
階段を上り教室に向かう間に段々と夏休み前の感覚を思い出した。
世界は、私の外で回り続け私が入るところも、私を必要とするところも無い。
だから会話も笑い声も私の周りから聞こえるのに、はっきりと聞きとることが、できない。
…リヴァイさんが居てくれたから勘違いしてたなあやっぱり。私の声を発する権利など、世界に働きかける権利などない。
朝の連絡の後始業式ということで体育館に移動した。
移動しながら感じる視線、声。それは明確に私を拒絶するものだった。
集会が始まり座っていると背中に何かが投げつけられた。…紙だ。
丸められた紙を開くと「消えろ」と書かれていた。
そして…後ろから笑い声。それと共に次々と飛んでくる紙。

「キモいので視界に入らないでください笑」「学校来るな」「消えろ」「空気読めよ」「消えろ」「消えろ」「消えろ」

世界からの拒絶。やっぱり私が世界に影響を及ぼしたのがいけないのか。
違うな、最初から私はこうなっているべきなんだ。無価値な私がこうなるべきであって、あの子がああなっていたのが可笑しかったんだ。
夏休み前のことを思い出した。
一人の女の子が居た。男子からブスと言われたり、女子からハブられていた。
荷物を隠されたりいたずら書きをノートにされたり、無視や悪口。
その子が何をしたわけではないのにそんなことになっていた。
見るに堪えなかった。「キモい」という言葉が嫌だった。
だから反発した。
物を隠そうとすれば止めたし、その子の悪口を言っていた時言い返した。

「ねぇねぇ、みんなの顔の方が数倍醜いことになってるよ?気がついてる?」

それが、私が世界に拒絶された理由だ。
あまりにも大それたことだったんだ。私が世界に影響を与えようとするなんて。
私は流されていてようやく許される存在なんだ。
それ以外の行動は拒絶にあう。
…でもあのまま流されているのは嫌だな。後悔は欠片もない。あの中に受け入れられるなら拒絶の方がいい。
つまりこれはきっと世界の歯車がかみ合っただけで、ズレが直っただけなんだろう。

その後の授業は真面目に受けた。そしてご飯を食べて授業を受けて放課後になった。
私はどの部活にも所属していないからすぐ家に帰ることにした。

「ねえ神木さーん、明日はもちろん来ないよねえー!!」

「うーん、来るよ。」

「…っち、キモいんだよ。その顔私の視界に入れないでくれる?」

「努力するよ」

表情が笑顔しか作れない。だから笑って、その場を離れた。

「笑ってんじゃねえよキモい」

「ねえ、見たあいつの顔?ヤバいでしょ」

笑い声が聞こえてくる。
なんだかどうでもよく、全てが私の外側を流れて行った。
けれど…とても疲れた。
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