狭間

□三話
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立体起動を使いたいと言ったら悠は俺を森に連れて行った。また、バスに乗った。
俺が立体起動で動いているのを悠はキラキラした目で見ていた。
しばらくするとやってみたくなったのか「やりたい」と言った。
教えるのはクソめんどくさく、クソダルかったが養われ言葉を教えてもらっている身では拒否できず教えてやった。
そうするといきなり使いこなしやがった。
…こりゃあ立体起動の素質は期待以上だ。
調査兵団に欲しい。そんなことを言うと悠「入る」と言った。「俺がいるから入る」と。
随分と好かれたものだ。
…だがこいつは巨人がどんなものなのか知らねえ。巨人を見た上でそんなことを言えるのか。
まあとりあえず暇だから時々立体起動を教えてやることにした。

一週間。その間にこの世界の言葉を学んだ。
そのおかげで本が読めるようになったため悠が図書館から借りてきた本を読んだ。
自分に起こった事がファンタジーとしか思えないことも、そういうことを題材にした本も読んだ。
…大体は自然に戻りましたなんぞというふざけた結末だった。
そんな不満を口にすると悠が「そういうこと調べてる人達が居るって噂で聞いたことありますね、しかも時々お店に来るらしいですよ」と言った。
やはり裏社会なんでもありだな。
さっさとこの世界の一般常識を知って、働いてやる。そう決意した。
この世界について調べて行くうちに知ったことがある。「児童労働の禁止」「児童買春の禁止」だ。
やっぱりがっつり禁止されてんじゃねえかよ。
おまけに悠は今「義務教育期間」であり「親には子の扶養義務」があるらしい。
もう言葉が出ねえ。
早く働かなくちゃいけねえな。

それから少しした時悠がオーナーと話をつけてきた

「できるだけ早く、来てほしいそうで…あの、こんな仕事嫌ならいいんですからね。今からでも断りますから!
痛いこともあるかもしれないし…危ないし」

「そんな心配は必要ねえ。
…できるだけ早くっていうなら今日から行く」

「…そうですか。
あの、ですね、私の働いてるお店っていうのは…その」

顔を赤くし恥ずかしそうに言い淀んでいる。こいつ隠してるつもりだったのか

「言わなくていい。分かっている。
…お前がその仕事が嫌なことも分かっている。」

悠は驚いた顔をしてこっちを見ている。
なんだか俺が恥ずかしい。

「っち、早く行くぞ」

「はい…ちょっと準備してきますね。リヴァイさんも、あの柄の悪いスーツ着てビシっと決めちゃってください」

そう言って逃げるように洗面所に消えた。
柄が悪くて悪かったな、そう思いながらも着替えた。

準備を終えた悠が出てきた。
やはり雰囲気が変わっている。いつもはただのガキだが…今の悠は底が見えねえ。冷たく誰にも心の中に入れないような雰囲気があった。
何度も見ているが痛々しく慣れない。

「行きましょうか。」

うすく笑った。…氷のようなひび割れた笑顔だった。
裏の路地を通って悠が働いている店へ行く。
俺は悠の後ろをついて行くが、俺たちを見た奴はぎょっとしたような顔をして逃げて行く。
「…あれが例のヒモか」そんなひそひそ声が聞こえた。例のってなんだ。どんな噂されてんだ。

「っち」

舌打ちをすると声が全く聞こえなくなった。


店に着くとオーナーの男に上から下までじろじろ見られた。

「おいおいおい、これがお前の紹介する用心棒?話と違うじゃねえかよ。
こんなチビ誰が紹介しろって…!」

振り上げた足をオーナーの顔の横にめり込んだ。
壁に大きな凹みが出来た。

「誰がチビだ。このうすのろが」

そう言うと男は顔を真っ青にした。

「話と違いましたか?オーナー」

にっこりと悠は笑った。
その笑顔は家で見せる幼い笑顔とは、全く異なっていた。
誰だ、これは。

「もしリヴァイさんに酷い扱いでもしたら……別の所に紹介しても良かったということを思い出してくださいね。
まあそんな扱いできないでしょうけど」

悠は俺のことを心配しているらしい。
けれどその心配の仕方が…軍部の会議の、それだ。ガキのやり方じゃねえ。

「調子乗ってんじゃねえぞ。お前のお母様の借金の肩代わりをしてるのは俺だぞ。
お前の大切な大切な家族を壊すことぐらい、俺が借金の肩代わり止めりゃあ一瞬だからな。」

そう言って悠の胸倉を掴み上げようとした手を俺は握りつぶした。

「うっぎゃあ!!
…てめえ何しやがるって痛えええ!!」

「汚ぇ手で悠に触るな」

俺に悠から期待されていることは圧倒的力を見せること。それなら役割を全うする。

「ええ、オーナー知ってますよ。けれどリヴァイさんこととは話は別です。
…やっぱり別の所に紹介しようかな」

オーナーという男は壁に開いた穴と掴まれた手首と俺の顔を見た。

「…分かった。待遇はしっかりする」

役割は果たせたようだ。俺は汚い手を離した。
っち汚えな。ハンカチで手を拭いた。

「よろしくお願いしますね」

笑顔をずっと崩さず悠はそう言い、店の奥に消えて行った。

「っちクソガキが。おいリヴァイだっけ?どうやってあいつと知りあったんだ。
あのガキの顔見ると腹が立ってしょうがねえや…あの顔が客にはモテモテだけどよ」

自分の言ったことに大口を開けて笑った。
薄汚い野郎だ。…それにしても悠の母の借金の肩代わりとは、一体。
母親の借金のために悠は働いてるのか?…悠はそういうことを一切言わなかった。

「無視とはお前も腹立つ奴だな……悪かった。睨むな。
こっちについて来い。」

俺はその男について行った。
俺の用心棒生活が始まった。


用心棒の仕事は、この店には顔を見られてはいけない客が多いらしく客が来る前に周辺に居る奴らを追い出す。
言葉で追い出せない奴は暴力で追い出す。
他の店に派遣された時は、金がないのに店に来た奴の制裁。時々嬢の送迎をした。
車なんぞ運転したことねえがなんとかなるもんだ。嬢は相当ストレスが溜まっているらしく愚痴をよく言われた。
くそ面倒だが問題を起こすと悠の責任になりかねないため、ただ話を聞き続けた。
そして嬢は裏社会の人間には口が軽い。ここら辺の勢力図も聞けばペラペラ話した。
…おかげで悠の働いている場所が一番金が集まり危険な場所だと知った。
「一番違法なことして、でも一番そういうところが少ないからお金が集まるんだよね」だと。
おまけに悠があの店の一番人気だと言う事も知った。

「あの子はねーすごくアフターの人気があるから…。可哀想だよホント人気あっても良いことないし
偉い人ってさ、寝てる時ポロっと国傾きそうな秘密話しちゃったりするんだよね。相手子供だしさ…。
だから絶対あの子この世界から逃げられないよ。どこかでそんな話されちゃったら終わるもん。…きっといつか消されちゃう。」

…悠の「異世界に連れて行ってくれ」と言った顔に納得した。
笑顔と幼さと、冷たい笑顔と人を圧倒する態度の差が…ズレが痛々しい。
悠のことを考えると胸がひどく痛みどうしようもなかった。


時々悠は仕事がない深夜、どこかに消える時があった。
隣で俺を起こさないためか静かに布団から出てどこかに行く。
ある日どこかに行ってから2,3時間経っても戻ってこない時があった。
さすがにガキがこんなに戻ってこないのは不安だった。…正直ガキが深夜にどこかに出かけること自体止めたかったが個人の自由だと特に行動はしなかった。
けれど、こんなに帰ってこないのはおかしい。嬢の「消される」という言葉を思い出し跳ね起きた。
玄関を出たところで階段を下るか上るか悩んだ。くそ俺にこんな面倒なことさせやがって
小さく舌打ちしてから、勘で上に行くことにした。
この建物の屋上に着いた。もう夜明け前らしく微かに明るくなってきている。
……居た。安全のための柵を越えた屋上の縁に座っている。

「おい、お前こんな時間まで何してやがった。」

そう声をかけても全く反応しない。…無視か。

「おい」

怒りを声に乗せて、悠に近づいた。

「おい、聞いて…!!」

聞いてるのか、そう言おうとした声は途中で止まった。
…悠の姿がうすくなっていた。まるで陽炎のように蜃気楼のように、揺れている。
体が勝手に動いた。柵を乗り越え悠の肩を揺さぶった。…その肩もあるのかないのか、触れている感覚が薄かった。

「おい、しっかりしろ!おい悠!!」

名前を呼ぶとさっきの蜃気楼みたいだったことなど目の錯覚だったようにしっかりとした実体になった。
…目の錯覚だろう。あまりにも儚く幼い背中がそう見えちまっただけだろう。
とてもじゃねえがそうとしか理解できない。冷や汗が背中を伝った。

「あれ…?リヴァイさん、どうしてこんなところに?」

「……トレーニングだ。
お前こそどうしてこんな所に居るんだ。今何時だと思ってやがる」

探しに来たというのはなんとなく言いにくかった。

「…ちょーとボーっとしてました。
ボーっとしすぎちゃったみたいですね、こんなに、明るい。」

悠は俺から目をそらし、空を見ている。
悠の横顔は儚く…消えてしまいそうで危なかった。
俺は悠を無理やり抱きかかえ、柵の向こうに戻った。
抱きかかえた悠の体は軽く小さかった。

「ボーっとするにしても場所を考えろ、馬鹿が」

「ごめんなさい」

そう言ったきり、悠は抱きついたまま離れなかった。
自分の手をどこに置けばいいのか分からなかったから悠の頭の上に置いた。
…その頭の位置は俺の肩にも満たない。胸のあたりにあった。
あぁ小せぇなこいつは。
不意に蜃気楼のように揺らいでいた悠の姿を思い出した。
…どうしようもなく一人なんだなお前は。
例え帰れる方法が分かったとしても、もう悠を放り出して帰れる気がしなかった。
動かなくなった悠を抱きながら朝日が昇り出した空を睨んだ。
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