不器用な

□一話目
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「柚木鈴とお見受けする」

暗い路地で、呼び止められた
ドキっと心臓が跳ねる
それはこの暗い中で呼び止められたからじゃない
呼ばれた声…それは幸せな日々の中でよくきいた声だったから
ゆっくりと振り返る

「久しぶりだな、鈴」

そこには思った通り、仲間だった男の姿があった
昔ならそう言ってほほ笑んでくれた
けど、今はただ冷たい目をこっちに向けるだけ

「久しぶり、ヅラ」

私は微笑みかけながら言葉を口にした

「ヅラじゃない、桂だ。お前は…お前だけはその名で呼ぶな」

「冷たいねー。それより私に何か用?」

「何か用だと?お前は最後に会った時自分が何をしたか覚えていないのか!?」

覚えている
私は自分の手で大切な人を傷つけた
あの人の悲しげな顔が目をつぶればあの時に戻ったように鮮明に浮かんでくる

「覚えてるよ、奴を刺したおかげで幕府の上部に食い込めた。白夜叉には感謝しきれないね」

私はまた微笑みを浮かべた

「本気で言っておるのか!!奴は……銀時はお前に刺されても何か事情があったんだと仲間を説得していたのだぞ!!
お前が裏切ったのではないと言い続けて居たのだぞ!!」

「…ふーん、でそれがどうしたの?」

ヅラが絶句したようにこっちを見る
口を開こうとして、言葉が出ないという風に首を振った

「なんとも思わんのか…?俺もお前に事情があったのだと思い続けていた。今お前の目を見るまでは
鈴、いつから変わってしまった…?同じ師に学び、共に戦った仲間であったはずだろ?」

名前を呼ばれドキっとした。悲しげなヅラの顔…私は仲間をこんな顔にしかさせられないのかな
銀とヅラが裏切っていていたんじゃないと信じていてくれて、涙が出るか分らないけど、泣きそうなほどうれしかった
今ここで事情を説明してしまいたい
裏切ったんじゃないと言ってしまいたい
そうしたら昔みたいに笑いあえるかもしれない
…銀に会いに行けるかもしれない
けどできない。今は…近づいたらいけない

「…私は変わってないよ。昔から自分の事だけ考えて生きてる。あんたらにどう思われようと構わないさ」

私はヅラに背を向けた

「待て、鈴!!」

追いかけてきたヅラに向かって体を反転させ蹴りを入れた

「ッグ」

横に飛んでいく体を追いかけまた体を蹴り飛ばした
壁にヅラががぶつかっていく
意識は無かった
呼吸ができるように首の位置を整える
手に触れる体温が懐かしかった

「…ゴメンヅラ、痛かったね」

何言ってんだろ自分、自分で傷付けといて許されたいの?どんだけ卑怯なわけ?
自分を嘲笑う
目の前にはかつての仲間、自分が気絶させた男の体
見て居られなくて私はそこから逃げた




走っていく背が見える
小さいその背中にどれだけ背負っているのだろう
最後に鈴がつぶやいた言葉が耳によみがえる

≪…ゴメンヅラ、痛かったね≫


「変わってなどおらぬではないか…」


昔と変わらず不器用に優しいところも
嘘をつくときに眉が下がるところも


「まったく、変わっておらぬな…鈴」


もう一度呟き、腹がなるべく痛まないように体を起こす
(やはり鈴は裏切ってなどおらんかった。
ではなぜ俺に嘘をついてまで裏切ったように細工する?)

桂は立ち上がり鈴とは逆の方向に歩み出した

珍しく真面目な事を考えながら
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