捧げ物・頂き物

□ぬるいコーラ微炭酸レモン
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キィキィ音をたてながらできるだけゆっくりペダルを漕ぐ
右 左 右 左
「…だから私3倍返しにしてやったヨ!」
全然話は聞いてなかったけど、とりあえず君は楽しそうでよかった。めでたしめでたし
いつも同じ道順を同じ速度、同じ二人で帰る
流れる風景と一緒に、後ろからの声に耳を甘やかす。
「お前はホワイトデー返すアルか?」
もう全然話の脈略がわからない。聞いてないのが悪いけど
おぅ、それこそ3倍返しでぃ。と答えるだけ答えると
後ろで肩が揺れた
「フフンじゃあ私も貰えるアルな?3倍返し忘れるんじゃねーぞ」
おいそこはジェラシーを焼いてくれよと、情けないながらに切願する
私だけに渡すネとかなんとか言う言葉があるだろう。
後ろから抱きついてるわけだから暖かな温度も近くて、こんな至近距離を毎日繰り返しながらよくもまぁ気づいてくれないもんだ。この距離でなんの関係がないのもおかしなもんだけど
「ジュースっジュース買ってくヨ」
いきなりぴょんと後ろに跳び去った様子は兎みたいで
急に離れた温度に慌ててブレーキをかける
はぁ?と振り返ったこちらの事なんか知らんぷり。呑気にも鼻歌混じりに指を迷わせてる
やがてつめた〜いのボタンを押して新発売の白いまっちゃんが取り出し口から姿を現す
レモンキス味ってなんだ初チューか初チューなのか
おいおいこれ今したらマジでレモン味なんじゃねーの?
急に渇いた喉を潤そうと、神楽に習ってボタンを押す
取り出し口から現れたのはコーラだけど。
ひんやりした缶を手で包むと、なんだか飲む気が失せて自転車の前籠に放り込む
「お前飲まないなら私が飲んでやろーか?」
「バッカ、後で飲むんだよ。小学校の男子ですかィおめーは」
ちょっと口惜しそうな神楽を荷台に座らせて、またペダルを踏む
流れる風景は相変わらずゆっくり。
まっちゃんを飲み続けてるのだろうか、腰に回る手の力が弱い
「オイちゃんと捕まりなせェ」
返事はないけど手の力はしっかりした
後ろから仄かにレモンの香り
「沖田、あれ見るヨロシ」
いつもより静かな声に何事かと、指された指の先に目を向ける
「私たち、もうすぐ卒業ネ」
大きな夕日が、木立の向こうから朱い斜陽を投げてくる
真っ朱な夕日が真っ赤な空に、今にも溶けてしまいそうだ
神楽の言葉に何も応えられないまま、自転車は俺達を運んでいく
自分の意志を越えたところで、勝手にペダルが動いてるみたいだ
結局いつものお別れ地点まで、何も喋ることができなかった

「バイバイ」
手を振る姿にも変に感慨を受ける
「おう、またな」
そうか、またなって言えるのにも期限があるのだ
ゆっくりペダルを漕ぎだしたら
「おきたーー!!!!」
後ろから絶叫が呼び止める
「何でィ!」
振り返ったら、さりげなく荷台にまっちゃんの空ゴミが置いてあった クソ野郎め
「ホワイトデー、私だけに渡せよ!」
よくもまぁそんな恥ずかしい事をぬけぬけと
「……ゴミ捨てといてやるよ」
まっちゃんを振ったら、少し水音がした
ニヤリと音が聞こえそうに笑って
「飲んでいいヨ」
なんて言うから、勢いよくペダルを踏みつけた
「まだはえーー!!!!!」

ぐんぐんとスピードを増す自転車は、俺と馬鹿みたいな青春を乗せて走った









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