長文的なモノ

□ステップアップ友達シュミレーション
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「人吉君。僕は思ったんだ」
色とりどりの植物が咲く庭園。
「なんすか、宗像先輩」
緑茶を啜りながらぼんやりと座る縁側。
「友達なのだから、お互いを名前で呼びあおうって」
カコーン………
猪脅しの澄んだ音が鼓膜を震わせた。

友達 step up1

フラスコ計画阻止とか、その他色々な生徒会執行業務が一段落して早数日。
「今日から僕は君を善吉君と呼ぶよ」
その折に友達になった宗像の住む地下の家を訪ねることも何度目かになる今日、改めてそんなことを宣言された善吉は、止まりかけた思考を必死に再起動させる。
「はあ……。なら俺は形先輩でいいっすかね?」
幸いにも急な話の展開ではあったが、内容は理解できないものではなかった。
ならば、と『善吉』と名前で呼んできた宗像に合わせ、こちらも『形』という下の名前で呼んでみたのだが、当の宗像は不服そうに眉根を寄せる。
「友達なのに『先輩』が必要なのかい?」
「まあ……、先輩っすから」
宗像形は三年生で、善吉は一年生。これは変えようがない事実だ。
仮に留年でもしていて学年が一緒だったならばわからないが、現実問題で善吉からみて宗像は上級生である。
「親しき仲にも礼儀ありっすよ。あ、『先輩』が気に入らないなら形『さん』とかどうっすかね?つか、そういう先輩も俺のこと君付けっすよ。友達なのに」
揚げ足ではあるが、指摘された宗像は確かにと呟く。
「そうだな。では僕は君を善吉と呼ぶよ。僕は呼び捨てでもかまわないが、君がそういうのなら『先輩』よりも『さん』付けの方がいい。それでいいかな、善吉?」
「そっすね。形さん」
『宗像先輩』改め、『形先輩』改め、『形さん』。
善吉から紡がれたソレに、宗像は嬉しそうに瞳を眇める。
表情筋こそそれほど動きはしなかったが、それは十分に微笑ととれるものだ。
「家族以外に名前で呼ばれるのは久しぶりだ。……いや、もしかしたら始めてか?気恥ずかしくもあるが、嬉しいな」
「………………………」
国際手配の殺人犯。真実ではないが、そうして身を隠していた間に宗像が人と親しく関わりを持たなかったのは事実。いや、それ以前から彼は殺人衝動の抑制のために他人と自分を隔絶して生活していたに違いない。
フラスコ計画に参加していた13人のメンバーとは、異常ゆえの絆はあったが、言うなれば彼らは『同士』であり『友達』とは少し違うもののように思われる。
そんな宗像に、初めてできたであろう友達第一号が善吉だ。
「形さん」
そんな宗像の背景に何か思うところがあったのか、善吉は宗像の名を呼ぶ。
「何だい、善吉?」
湯飲みを持ち上げながら顔を向けた宗像に、善吉はにかっと笑って見せた。
「呼んでみただけっす」
そんな善吉を驚いた顔で見やった宗像だったが、次いでたしかな笑みを顔に浮かべた。
「善吉」
「何ですか、形さん?」
お茶請けの煎餅に手を伸ばしながら善吉が宗像を見やれば、視界に映ったのは穏やかな表情。
「呼んでみただけだ」
「…………………」
まさか同じように返されるとは予想外だったのか、善吉は驚いてまじまじと宗像の顔を見たが、満足気な相手の顔に自然に笑みが浮かぶ。
「そっすか」
「あぁ」
ゆるやかな雰囲気の二人の前を、ひらりひらりと蝶が横切った。



step up 1「名前呼び」
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