WJ

□雨と傘と抱擁と
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死神代行。
彼は死神でありながら、まだ幼い少年でもある。

「…………雨、か」
呟きは雨音にかき消された。

雨と傘と抱擁と

「よぅ、相棒」
やむ気配のない雨。上下左右デタラメの世界。座っているのは自分と同じ顔をした白い、彼。
差し出されているのは、傘。一部だけ、雨がやむ。
「………………」
無言で傘を差し出しているのは、この世界の王。人間ばなれした髪色と瞳を持つ少年。
「何泣いてんだよ」
一護はこの目の前の彼のストレートなものいいが、頭にはくるが気に入っていた。
「泣いてねぇよ」
(こんな天気作り出しといてよく言う)
「………そうかよ」
それでもこの天気の理由を知っているだけに、白い彼はそれだけを返した。
「で?王がわざわざこちらにおいでになったのは、どういったご用件で?」
ことさら丁寧に尋ねていながら、その中には多大な皮肉が含まれている。
「………………」
気付いていながら今は言い返す気力がないのか、黙殺する。
「…………別に。ただ、雨………だろうなって、思ったから」
「王自ら傘を渡しに来てくださった、と」
「………そうだよ」
先程まで雨にうたれていた白い彼はびしょ濡れで、今更傘を渡されたところでたいした意味はない。傘を差し出している一護はまだ多少救いようはあるが、それでも十分なくらい濡れていた。
「傘貰うよりこの天気をなんとかしてもらいたいもんだがな。うざったいことこのうえねぇ」
「っ……」
「……………」
びくりと小さく震えた肩に呼応するように、雨が強くなったのは気のせいだろうか。
白い彼はひとつ溜め息をつくと、傘に手を伸ばす。受けとるのかと思いきや、彼は一護の手首を掴んで自らの腕の中に捕らえた。
「なにっ…」
当然驚いた一護だったが、抗議の台詞は白い彼の言葉に遮られた。
「だからテメェは下手くそだっていってんだ」
「……………」
「俺ならあのガキを助けられた」
「……………」
「テメェは何もかもが甘いんだよ」
「……………」
好き放題のいわれようだが、一護は黙って聞いていた。白い彼に突きつけられる無力は痛みを伴うが、今はどこか心地よかった。
「今すぐにでもテメェを殺して俺が王になってもいいんだぜ?」
「…………ばぁか。させねぇよ」
漸く返ってきたのは覇気のないものだったが、それでも白い彼は安堵する。
一護はゆっくり白い彼の背に腕を回す。

今日も代行の仕事があった。ただいつもより数が多く、手強かったため、ルキアと恋次が応援にきた。各自が戦闘中にもう一体別の場所に虚が出た。一番近く、尚且つ一番先に目の前の虚を倒した一護が向ったが、その時には、何の罪もない霊は虚に食べられているところだった。
つまり、間に合わなかったのだ。
悲痛な叫び声が耳について離れない。
ルキアも恋次も言う。
しょうがないのだと。一護のせいではないのだと。自分たちの力不足だったのだと。
しかし、一護は思う。
無力なのは自分であると。それなのに、自分のせいではないと彼女たちは言う。
(いっそのこと、俺のせいだって言ってくれればいいんだ………)
己の無力を自覚している一護に、彼女たちの優しさは逆に惨めになるだけだった。
だから一護は彼に逢いにきたのだ。彼ならば自分の無力を真っ向から肯定してくれるから。普段は絶対に知られたくない弱さを見せられるから。
だって彼はもう一人の自分なのだから。
「一護」
「………ん」
雨足が、徐々に弱まる。
「強くなれ」
「………………」
睦言のように囁かれた科白に、一護は静かに目を閉じた。
「……………おう」

重い雲の間から、青空が覗いた。


END


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