成田さん(首と橋)

□虹の残像
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狗木誠一が主人のイーリーを庇い銃弾で撃ち抜かれた、という情報をどこからか入手した戌井隼人は、人工島へと予定外の帰還をしていた。
向かった先、イーリーといくつかのやり取りを交わし、彼女の了解を経て難なく狗木の部屋へと入る。
そして現在、ぼんやりと地上から離れたビルの一室から、この人工島特有の景色が広がる外を眺めていた。ここからだと下を歩く人間が蟻のようにしか見えない。
影の作る灰色と、窓から室内に差し込む橙色の夕陽の中に、部屋の住人の趣向とは外れた虹色が存在している。
その虹色がふい、と視線を室内に向けると、必要最低限のものしか置いていない部屋の端、窓の近くに簡素なベッドが一つだけあった。盛り上がりを見せるそこに、狗木は仰向けに寝かされている。
汗でしっとりとした前髪の下の眉毛は中央により、浅く早い呼吸を繰り返す。
しばらく窓際で外と内とを気紛れに見やっていた虹色は、そこから離れるとベッドに近付いた。足音は消して、しかし、気配はそのままで。
「何してんのさ、狗木ちゃん」
ヴォリュームは抑えてはいるが、からかいを多大に含んだ声音で戌井は狗木を見下ろす。
呟きに返ってくるいつもの短い一言はない。瞼を閉じ、一刻も早い回復を望むように深く眠っている。
なんという無防備。
今なら簡単に息の根を止めることができてしまう。
だが、戌井はそれをしない。
それを望んではいない。
「……………あんま無理すんなよ」
言って、額に張り付く髪を横へ流し、顕になったそこに口付けた。
呼吸が落ち着いたように感じたのは、ただの調子のいい錯覚だったかもしれない。
「またな」
囁いて、そのまま部屋から出て行く。

賑やかな虹色を失った室内は、一気に色彩を欠いて寂しくなったが、窓枠に残された夕陽を受けて七色に輝く小さな石が、虹色の髪をしたあの男が、たしかにここに来たのだということを証明していた。


END


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