成田さん(首と橋)

□月と犬
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草木も眠る丑三つ時。静まり帰った橋の上、夜闇にも紛れない虹色の髪を持つ男が一人、積まれた廃材の上に腰を下ろしていた。
時折思い出したように吹く風に、その奇抜な七色の髪が靡く。明るい月に照らされて、それはまるで虹のよう。
ぼんやりと見上げる先にあるのは月。白い白い、真丸の月。
「…………馬鹿か、貴様は」
後ろ、しかも頭上から聞こえてきた言葉に顔を上げれば、闇に溶けてしまいそうな漆黒の髪をした青年が背後に立っていた。
銃口を虹頭に触れさせながら。
「お!狗木ちゃん、いつ来たのさ!全く一時間も人を待たせてくれちゃって、アンタ何様ですか?って感じだけど、すっぽかさないで来てくれただけましってね!いやいや、マジ来てくれて感動!いっつもシカトされるから絶対来てくれないと思っててさ!てか、相変わらず貴様呼ばわりかよ!」
虹頭がケラケラと笑う。
「白々しい奴だな。気付いていたくせにどうして逃げなかった。俺が引き金を引けないとでも思っているのか」
呆れも怒りも、何の感情をも浮かべることのない黒い両の瞳が、左右で赤と青の瞳を見返す。
「やだなあ、いくら狗木ちゃんでも銃構えてない俺相手にいきなり撃ってきたりはしないっしょ。しないよな。うん。しねーよ」
一人で納得したように笑顔を浮かべる戌井に呆れながら、狗木は懐に銃を閉まった。
「ま、立ってるのもなんだから座れよ。てか、俺の首がいてーから座ってくんない?」
「………………………………」
ポンポンと叩かれたのは戌井の隣の空間。
狗木は憮然とした表情でその空間を見つめ、無言のまま腰を下ろした。
「ハイ」
座ったのを確認した戌井が狗木に差し出したのは、一本の団子と一缶の酒。
「………………………………何だこれは」
「団子と酒」
「………………………………」
見てのとおりだろうという顔をする戌井に、鋭い視線を投げつける。聞いているのはそんなことじゃない。
「睨むな、睨むなって。メールしただろーが。ちゃんと文面読んかよ、オイ?」
コートのポケットから携帯を取り出し、メールを確認する。文面は以下の通りだ。
『01:00頃にあの橋に来ること!』
「………………………………」
「わ、わ、怒るなよ!銃しまえって!もっと下!下!下の方にスクロールプリーズ!」
静かに銃口を戌井の額に押し当てた狗木に、たんまたんまと塞がったままの手を振りながら戌井が叫ぶ。
銃口をそのままに、狗木が画面をスクロークさせていくと、たしかに下に文面があった。
『今夜は満月!月見といこうぜ!俺って風流だろ?以上!』
「………………………………わかりづらい」
ぼそりと呟いて携帯をポケットに、銃を懐へと戻す。
奪うようにして団子と酒を取り、プルタブを開けた。咽喉の奥に流し込む。
「ああ!狗木ちゃん!乾杯は!?何乾杯もしないうちに飲んでんの!!せっかく俺が狗木ちゃん来るまで我慢してたっつーのに!あ!あ!団子も食ってるし!」
「………………………………五月蠅い。黙れ」
視線も合わせないまま団子を頬張る狗木。見ているのは空に浮かぶ月。
「仕方ねーな、全くよぉ。ものには順序ってもんがあんだろうが、順序が。でも、まあ、いーや。いいってことにしておこう。なんたって今日は月見だからな。寛大な心でお月さんを観賞といこうじゃねーの!月を愛でる趣き深い俺にかんぱーい!」
「………………………………」
よくもまあ、そんなテンションでいられるものだと狗木が呆れていることなど、上機嫌に酒を煽る戌井が知るわけもない。
島での事件が終わって、狗木はイーリーの影として暗殺を担当。戌井は海に出て海賊稼業。
今までの関係上敵同士でありながら、数ヶ月に何度か島へと戻ってくる戌井と、狗木はこうして人目を忍びながら合っている。
とはいっても、彼の行動などイーリーは承知しているだろうし、バネ足ジョップリンの情報網の前では、「忍ぶ」など意味がないに等しい。
つまり、二人が会っているということは公然の秘密なのだ。
「なあ、なあ、狗木ちゃん。昔ヨーロッパっつーか、アメリカの方ではよぉ、お月さんを銀色っていってたらしいぜ。シルバームーンだぜ、シルバームーン!」
しばらく無言で酒を飲み、大量に買った団子を消費していた二人だったが、不意に戌井がはしゃぐようにそう告げた。左右色の違う瞳は空の月を映し、月光にキラキラと輝いている。
「………………………………それがどうした」
対する狗木は、月を見ながら素っ気なく返す。
「いやいやいや、別にどうもしねーんだよ、それが」
「………………………………」
「でもよ、今は月っつったら黄色だろ?イエロー!注意して進め!一瞬たりとも気を抜くな!油断したら死ぬ!てか、殺される?まるでそこもかしこもここみてーだよなあ、オイ!危険な香一杯ってか?」
「………………………………」
ああ、相変わらずコイツの言っていることは理解できない。
半分以上聞き流しながら、狗木は軽くなった缶を傾ける。
「でさ、月を見る度に思い出すわけ!ここを!ここであった出来事を!お前のことを、さ!そんでらしくもなく感傷に浸っちゃうわけよ、俺が!俺ってなかなか影のある男だろ?」
満面の笑顔で狗木を振り返る戌井を横目でちらりと見て、何もコメントせずに視線を戻した。
コイツの笑顔の99%は偽りでできている。
某CMのようなことを思いながら。
「ちぇー。なーんか一言ほしかったのによぉ。狗木ちゃんたら相変わらずどん暗ー」
拗ねたように言う戌井にやはり無言で返し、数分おいてから静かになった彼を盗み見る。
「………………………………」
顔を月に向け目を閉じている戌井の横顔は、うっすら微笑んでいるようだった。どこか安心しているようにも見えるその表情に、狗木は瞳を伏せる。
一人でいる時、晴れている時、雨が降った時、空に虹がかかった時、夜の闇の中、高層ビルの窓からこの橋が見える度、狗木は隣にいる存在のことを思い出す。
限りなく自分に近い鏡像。
まるで自分の半身のよう。
「………………………………綺麗だな」
散りばめられた星の中輝く月。覆い隠す雲は見当たらない。
自分の前では彼の嘘は無意味であり、彼の前では自分の嘘は無意味だ。すぐにばれる。自分のことがわからない自分はそうそういやしない。どうせ相手も思っていることだ。恥ずかしくとも何でもない。
自然に零れた狗木の呟きに、戌井の微笑みが確かなものへと変わった。

月の色黄色、要注意。
曝け出される何もかも。
自分自身に隠し事は無意味。

たまにはいいじゃないか、こんな夜も。

それもきっと、相手も思っていること。


END


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