捧げモノ

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並んで立ち、時々他愛もない雑談をしていると、人混みの向こうから手を振りながら足早に近付いてくる帽子にサングラスの男が一人。ぴんと立った耳と、嬉しそうに上下に揺れる尻尾が見えるのは、まあ、幻覚だ。
「俺が最後っスか、すんません!途中で女の子達巻いてたんで、ちょっと遅れたっス!」
二人の前までくると、最後の一人である黄瀬は顔の前で手を合わせて頭を下げる。とはいえ、集合時間までは一分を残しているわけで、遅刻というわけではない。遅刻ではないが、予定ではもう少し早く到着するはずだったのだろう。
「「…………」」
しかし、先に着ていた二人からの反応がない。
「?」
訝しがりながら顔を上げると、黒子は常の無表情だが、火神の眉間には深い皺、口は一文字と物凄く嫌そうな顔をしているではないか。
ギリギリだと思ったけれど、実は遅れてしまったのだろうかと黄瀬が己の腕時計を確認するより早く、火神が不機嫌な声を出した。
「何でお前がいんだよ」
あんまりな発言である。
「ちょ、火神っちヒドイっス!昨日メールで約束したじゃないっスか!」
忘れたんスか!と涙目で必死に詰め寄ってくる黄瀬に、お前じゃねぇよ、と言って更に眉間の皺を深くする。
「つか、お前が連れてきたのか?」
「え……ええ!?」
言葉の意味を理解しかねて黄瀬が間抜けな顔を晒すのと、猫の様に襟首を掴まれ後方に引かれたのはほぼ同時。
驚いて見やった先には、よく見知った顔。
「あ、青峰っち!?何でここに!?」
仰天している黄瀬の問いに答えることなく、飲み終えた空き缶を放るように彼を離した青峰は、そのまま火神と対峙するように正面で止まる。
「お前、他の男と出かけんなら俺に言え」
火神に負けず劣らずの不機嫌さで上から発言。これには沸点の低い火神が食ってかかるかと思いきや、意外に冷静に問答を交わす。
「言う必要ねぇだろうが」
「あるに決まってんだろ」
「何でだよ」
「心配だからだろうが」
「は?お前が何を心配するって?」
「お前の貞操」
「帰れ。もしくは病院に行け」
「断る。つか、休みなら休みだって教えろ」
「何で教えなきゃならねぇんだよ」
徐々に険しさを増していく火神の答え。
一触即発な雰囲気を漂わせておきながら、次の青峰の一言はそれを一瞬で霧散させた。
「貴重なオフだろうが。一緒にいてぇと思うのは俺だけか?」
「「「……………」」」
ぽかんとする黄瀬。微かに眉を顰めた黒子。
そして、予想もしていなかった返答に呆気に取られたのだろう、数秒の沈黙を挟んで顔を真っ赤にする火神。
「っ!な、何言って……」
おっとっと、往来で二人の世界炸裂か?と思いきや、気付けば二人の間に黒子が体半分割り込んでいた。
「青峰君、今日は部活ですよね?」
「……よお、テツ」
ぴりっと緊張が走るが、黒子が動じる様子はない。
「練習ならサボりに決まってんだろ」
「ちゃんと出ろよ!」
人を食った笑みを浮かべながら肩を竦めた青峰に、立ち直った火神が突っ込む。
元々真面目に練習に参加する奴ではないのはわかっているが、『まあ、いつものことやろ』と眼鏡を上げる関西弁の彼や、『あんの野郎!!』と吼える彼、『青峰君ったらまた!』なんてぷんぷんしている彼女など、彼に振り回されている面々の姿が容易に目に浮かぶ。
「火神が俺以外の男と会うってのに、ノリ気もしねぇ練習なんかしてられねぇよ」
「お前以外の男と会って何が悪い。つか、黒子と黄瀬だろ?元チームメイトだろ?」
つか、毎日お前以外の男に会ってるよ。
「今はライバルだ」
それはもちろん恋敵的な意味で。
「まあ、そうだけどよ」
考えるまでもなくバスケ的な意味で。
「つーわけで、俺もまざっから」
「却下だ」
「却下です」
明らかにイコールではない意味合いに気付いていながら、その事に対して説明も訂正もすることなく、さらにはその場の全員の意向など全く頓着することなくマイペースに事を進めていく青峰。
「聞こえねぇな。行くぞ火神」
「うおっ!おい!却下だっつってんだろ!引っ張るな!離せ!はぁなぁせぇええ!!」
ぎゃいぎゃいと喚く火神の腕を強引に引くと、まるで黒子と黄瀬の存在などなかったかのように、遠巻きにこちらを窺っていた人だかりの奥へと消えていく。
「全く…」
呆れて溜息をついた黒子が見失う前にその後を追い、
「完全に無視されたっス…」
としょんぼりと肩を落とした黄瀬が最後に続いた。


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