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「漆黒の鷹……?」


領土区に戻るよう知らせを受けて白石の所に戻ったのが昨日のこと。
そして今日、武具の手入れをしている時に部屋に入ってきた白石がそう言ったのを俺は思わず範唱した。
神妙な面持ちを崩さずに頷いた白石が、口を開く。


「おん、軍人の俺が知っとるくらいやから忍の自分も知っとるやろ」


「まあな……あれやろ?目ぇつけられた武将は必ずその首を取られる…狙うた物は逃がさへん、黒の忍」


黒の忍、それはただ単に彼の見かけが黒だからというワケではない。
忍は通常命を完全に奪いはせず、大将に首を取らせるべく手加減をして倒す。
だが【漆黒の鷹】の異名を持つその忍は違う。
狙ったらそれを自分の獲物と見なし、敵将味方武将関係なく殺す。
大将になった者の命令に背きもせず、ただ命令にだけ従う。
従うことができるのならば先ほど同様、誰でも殺す。
まさに「黒」


「それがどうかしたんか?」


「その忍がな?今回敵軍に居るらしいねん」


「敵軍て、隣国の……?」


隣国と聞いて一瞬、あの鴉クン…光の面影が浮かんだが、すぐに消した。
今は忍としてここにいる、私情を挟むワケにはいかない。


「せや……敵将の名前は千歳千里、その階下に【漆黒の鷹】が居るらしいねん」


千歳千里、戦国時代で名立たる武将の中でも一際異才を持った人物。
彼も【漆黒の鷹】同様、欲しいと思った領土にしか手を出さない。
だから彼は日本統一はせずとも、気に入った領地のみを統一し温厚な性格と内に秘めた闘争心で武将として名乗りを上げている。


「……で、その千歳が今度はここ狙うとるんやろ?」


「えっ、そうなん?ちゅーかそういう情報手に入れたんやったらすぐよこせ言うとるやろ」


「堪忍堪忍、忘れとったー」


見事な棒読みで返しつつも、内心は忘れていたことに焦りを隠せなかった。
日々頭の中はあの団子屋に行くことでいっぱいで、依頼のことも情報のこともすっかり忘れていたのが事実だった。
忘れてはいけない、自分はいつ何時であっても忍であることに変わりないのだ。


「……3日」


「え?」


「今日から3日経っても敵が進軍してこんかったら、こっちから攻める。ええ加減硬直状態を解かな、村人も不安で仕事に手ぇつかんて言うとるしな」


3日、それが残されたタイムミリット。
それが過ぎたら……俺と光は一緒にいられなくなる。
もし次再会することになったとしても、それは光が白石の統一する領土の一住民になってから。
今までの関係は、全て霧散する。


「……ほな、もう向こうに行く必要はあらへんやんな…?」


「?まあ、そうやな…進軍してくるかどうかは見張り台に任せればええし、謙也にした依頼は、あくまでこっちが進軍することを仮定せええんでのことやったしな」


「じゃあこのままこっちに居ってええ?」


今向こうに行ったら絶対に光から離れられなくなる、そんな予感がした。
あの笑顔を奪うこと、あの領地へ赴き彼との時間を壊すかのように力を振るうこと、それらを恐怖して進軍に参加しないことが予想できてしまった。
そうなったら行くワケにはいかない。
白石を見つめてそう伝えると、何かを悟ったのかその双眸を細めた。


「……分かった、ほな3日間は今までの分休憩しとったらええよ」


「おおきに、白石…」


「構わへんよ、その代わり進軍には参加するんやで?」


「っ……分かった、絶対に参加する」


「…ほな、ゆっくり休みや」


襖を閉めて静かに部屋から立ち去った白石が離れて行くのを確認してから、小さく息を吐いた。
勘付かれたか……けど、この情はすぐに捨てる。
俺は忍、戦国時代を駆ける者。
誰かを愛する権利も資格も、悲しいことに持ち合わせてはいなかった。


どこか遠くで鷹が鳴く甲高い声が聞こえた気がした。
それが意味するものが何であるかは分からなかったけれど、きっと警告だったんだ。
情を移しこの身の全てを捨て彼と共に生きてみようかと一瞬考えてしまった俺に対する、警告だったんだ。
今さらこの道を逸れて全うな人生、なんてできるワケもないのに。





ただ転がるように、毎日を過ごすんだ。
昨日は稽古に明け暮れ、今日は任務へと立ち、明日はどうなるだろう。
何も予想なんてしない、する必要はない。


俺には何もない。


出会いと別れが繰り返す連鎖は果てがない。
それと同じように、俺には何もないんだ。
全てこの手から滑り落ちていくんだ。
夜空っをかける星に手が届かないように。


落ちていったそれらは、もう拾うことができない。


分かっていたよ、分かっていたんだ。
これが運命であること、宿命であること。
逃れようともがくだなんて、それ自体が滑稽極まりないことも。
全部全部、分かっていたんだ。


けれども俺は、望んでしまったんだ。
それが、いけなかったんだろうね。


刻一刻と過ぎゆく時の流れを止めるなど誰ができようか。
誰でも、無力で尚且つ全てを我が手にしようとする愚かな者たちであろう。
愚かであるが故に、悲しくかろうと切なかろうと、情が揺れるのだ。


情が揺れ、独り闇に堕ち手のひらから零れてゆく何かをただ見つめ絶望するくらいならば。
この手で全てを引き裂き切り裂き闇の色…そう、漆黒に塗りつぶしたほうがよっぽど気分がいい。


ねぇ、そう思いませんか?

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