フリー

□いっぴきぼっち
2ページ/3ページ

ぱたぱたと廊下を走れば、体の動きと呼応するようにラケットががちゃがちゃと鳴った。
部活終了まではまだまだ時間があるから、少しでも出て謙也さんとダブルスの練習をしたい。
さっきのことで、もう俺は舞い上がらんばかりの気持ちでいっぱいやった。
早よ謙也さんと一緒に……それしか考えてへんかったんや。


せやから、謙也さんがコートに居らへんくて吃驚した。


…………あれ?
さっきまで居ったのに……謙也さーん、どこに行ったんですの?


「白石部長、謙也さんは?」


「謙也か?さっき女子に呼び出されとったで」


そういう類のことにはすっかり慣れてもうてるらしく、器用にラリーしながら返してくる白石部長に対し、俺はムッとした気分になった。
また謙也さんに告白の呼び出しや。
性格も顔もええ謙也さんはめっちゃモテる。
自分ではモテへん言うとるけどそれは白石部長と比べるからあかんのや、比べる対象が間違うとる。


「それよか財前、シングルスの試合練習するからコートに入り」


「はーい」


若干気の抜けた口調で返事をしてコートに入る。
謙也さんのことが気になってしゃーなかったけど、ただの後輩である俺がどうすることもできるワケあらへん。
苛立ちで変に力が入ってもうたのか張りが弱くなっとったんか、ガットが切れた。





しばらくして戻ってきた謙也さんは顔真っ赤で、その手には可愛らしく包装された袋。
中身は中身はクッキーらしくて、手作り感満載や。
再びムッとしてまう俺の表情の変化がおもろいんか、ユウジ先輩は口元を覆ってわざとらしく俺から視線を逸らしとる。
ユウジ先輩マジでタヒね……!


「謙也さん、顔真っ赤っすよ」


「えっ、ホンマ!?」


「ホンマです、熟した収穫前のトマト並みに真っ赤っすわ」


どないしよ……と零した謙也さんは、ラッピングされた袋を持ったまま両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
?あれ、なんやおかしい。
いつもの謙也さんの反応とちゃう。
告白受けてプレゼントを断れんくて、それを持って顔真っ赤で帰ってくるんはいつものことや、日常茶飯事。
問題は、俺の言葉への返答。
いつもやったら、『うっさいわ!夕日のせいや!』て言い返してくる。
せやのに、これはどういうことなん?
自分の顔が赤くなっとるのをここまであっさり認めるやなんて、ホンマに初めてのことだった。


「……どないやった?中1の頃にお熱やった女子に告られるんは」


頭から冷や水をぶっかけられたような気がした。
気がしただけで、実際はそないなことはない。
けど、それくらいに……衝撃的やったんや。


「ばっ、それ言うなや白石!」


「ええやん、過去のことなんやし。で、どないやったん?」


さすが親友というところなんやろうか、親しく謙也さんの肩に腕をかけて白石部長は楽しそうに目を細めとる。
心中穏やかやない俺の気持ちを知らへんのやろうけどムカつく……!
けど、そのムカつきすら失うほどの衝撃に直後襲われた。


「付き合うて言われたけど、断った…」


「えっ…どないして?」


「やって俺がホンマに好きなんは…!」


そこまで言うて謙也さんは顔をばっと上げて一瞬だけ俺と目を合わせるとすぐに口を閉ざして視線を下に向けてもうた。
それが何を意味するんか全く俺には分からんくて、ますます混乱するばかりや。
意味深とも何とでもとれるその行動に、俺はどう反応すればええんですか…?
俺と謙也さんに交互に視線を送ってからふむと頷いた白石部長、その意味も分からなくてただ茫然と立ち尽くす。


「ま、ええわ…とりあえず気張りや謙也」


そう言って肩を軽くとんっと押してから離れた白石部長に、謙也さんは短く一言返事してから部室に入っていった。
そしていつものような、部活の風景が俺の視界にちらつき始める。
その中で立ち尽くたままの俺は、ただ謙也さんの言葉が脳内で何度も何度も重なって響く。


『俺がホンマに好きなんは…!』


謙也さんには、好きな人がおる。
謙也さんには、好きな人がおる。
謙也さんには、好きな人がおる。


謙也さんが誰かに密かな想いを抱いていることだなんて知らなかった、全く気付かなかった。
大好きな謙也さんの傍にずっとおったのに、気付かなかったやなんて。
それなのに白石部長は「気張りや」って言うた、白石部長は分かっとるん?
俺が分からんのに、なんで分かるんですか?
謙也さんのことを一番知っとるんは俺でいたいのに、なんで?


謙也さん、どうして俺にそのこと教えてくれんかったの?


なんだかむしゃくしゃしてもうて、苛立ちとワケ分からん悲しい感情をごちゃ混ぜにしてテニスをした。
そしたら気付かれたみたいで、テニスは楽しめってユウジ先輩にたしなめられた。
それどころやないっちゅーねん。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ