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□愛しと想ふは君ゆへに
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その日も、いつもと変わることなく戦乱の世。
木から木へと移りながら眼下に広がる戦場の様子を冷静に見定め、自らがすべき行動のためにそのタイミングをひたすら待つ……それが忍として仕える俺の仕事。


だがしかし。


「謙也さん、また来たんですか?」


今日も今日とて団子屋通いである。
セリフだけではうんざりという感じだが光の表情は僅かに綻んでおり、少しだけ機嫌が良さそうだ。
その表情を見ていると、なんだかこちらまで少し嬉しくなる。


ここの団子屋に通うことになってからすでに数ヶ月今だに奇襲等の気配が無く俺はここに留まっている。
毎日この団子屋に通って情報が入るのを待っているのだが、聞くのは演者が来ただの豊作だの、とても血生臭い戦の気配などないものばかり。
もしかしたらここには情報が入らないのではと一度考えたが、今となってはそんなことはどうでもよかったりする。
今となっては、ここに来ることが軽く日課になっているのだった。


団子屋内のイスに腰掛けていつものように団子を待ちながら、いつものように空を見上げる。
……不思議や、今日は鳥一匹いなければ雲一つもあらへん。
少しだけ寂しい昼下がりの空に、同じように少しだけ憂鬱に浸る。


「はい、いつものでええんですよね」


真横から声がしてそちらを向くと、光が団子の乗った皿を俺に渡してきた。
いつの間にいたんだろう、気づかなかっただなんて忍びとして失格だ。
心中で苦笑いを零しながらも、皿を受け取る。


「おおきにな、光」


油断したらいけない。
俺は忍び、ここは敵国。
一瞬の油断であっても、命取りになるやも分からないのだ。


忍びとしての葛藤を心中で繰り返す俺の隣に座った光は、だが反応しない俺を見て不思議に思ったのか首を傾げて顔を覗き込んできた。


「謙也さん……?」


「ん?あぁ、なんでもあらへんよ」


形だけの笑顔を見せて、団子を口に運ぶ。
俺が食べてる間、光はずっと俺と空を交互に見つめていた。
……ひどく、静かだ。
目の前の市場も団子屋の客も、様々な住民の声が入り混じって喧騒ができているはずなのに…ひどく静かで、冷たくて、何もない。
今日の空に、とても似てるような気がした。


「……謙也さんて、いつも空見とりますよね」


俺が団子を食べ終わるタイミングを見計らってか、光が空を見上げながら声をかけてきた。
あまりにも唐突で、誰にもされたことのない指摘だった。


「えっと…そか?」


「はい。謙也さん、気が付けば空ばっか見とりますよ。俺が団子準備しとる時とか、まさにそうですわ」


無意識だった。
特に何も意図せず、ただ空を見上げていた。
だから指摘されたことになおさら驚いたのだが、ならば白石にもバレていたのかもしれない。
数ヶ月しか共に過ごしていない光でも分かったのだ、あの親友にバレていないはずがなかった。


「ねぇ、なんで空ばっか見とるんですか?この席の正面に見える城下町なんて毎日違う催しもんやっとったりするからおもろいですよ?」


「ん……けど、なんか、な……俺、空が好きなんや」


「空が……?あんなの、ただの色でしかあらへんやないですか」


「せやねんけどな……」


軽く伸びをしてから空を見上げる。
何もない空。
昨日は鳥が舞い、雲が線を描いていた空。
刻一刻と、映す全てを変えていく。


「なんや、空は全て知っとるような気がしてな…どないして今はこないな世の中なんかな、とか、戦わんで全国統一する方法知っとるんやないかな、とか……たまーに思うてまうねん」


俺のくだらない空に対する想いを、光は黙って聞いていた。
息を詰めるように、一語一句聞き逃すまいとしているようで。
なんだか少しだけ、嬉しい。


「空は広くて、綺麗で……何もかもを包み込むみたいで、そのくせ何でもそこに映す…鳥の影も、雲の形も、全部平等なんや…」


「全部、平等……」


「おん。みんな同じ、みんな一緒。……せやから、空は俺の憧れ……遠い遠い、絶対に追いつかへん。そんな感じの、憧れや」


おかしいやろ?って首を傾げて困ったように苦笑する俺に対し、光はあまりにもあっさりと首を縦に振った。
おいおい、そないすぐに肯定する必要もあらへんやろ……。


「アンタは絶対に空やないですわ」


「えー、そないなこと言わんでも……」


「やってアンタは、空やなくて……星やから」


「えっ……」


一瞬、肝が冷えた。
俺の忍びとしての異名、【速星】
それのことを言っているのかと思った。
だがそんなはずはない、団子屋を営む少年がそのような情報を知っているはずがないのだ。
けど、もしそうやないとしたら……?
疑心暗鬼に揺れる心を隠しきれてへんまま、光を見つめる。
だが光は俺の様子に気付く素振りもなく、小さく笑って言った。


「アンタは星や……夜空できらきら輝く、星。真っ暗闇の中空を見上げて、月を見つけられんくて…どうしようもなく自分が孤独に思えて。そんな時に、謙也さんは笑顔見せてくれる気ぃします」


あれっ、俺のほうがおかしいっすかね?
さきほどの俺と同じように首を傾げて困ってように笑う光に、だが俺は小さく笑んで首を横に振った。
とても嬉しい考えだった。
こんな人間としては非力な俺でも、誰かの力になれるんですよって言ってくれてる気がして。
それを光に言ってもらえることが、本当に嬉しかった。


……あれ?
光に言ってもらえることが、嬉しかった?
えっ、なんで?


心にもやが静かに広がっていく。
きっとそれは始めからあったもので、ただ俺が気付いてなかっただけ。
けど、もやの存在に気付いてもその理由は全く分からなかった。


だから、光がぽつりと呟いた言葉も聞こえなかったんだ。




「……俺が、飼い慣らされた鷹やなくて、鴉やったら…あの空、飛べるんやけどな……」





分かっていたよ、分かっていたんだ。
これが運命であること、宿命であること。
逃れようともがくだなんて、それ自体が滑稽極まりないことも。
全部全部、分かっていたんだ。


けれども俺は、望んでしまったんだ。
それが、いけなかったんだろうね。





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