フリー

□僕らの恋愛ベクトル
1ページ/1ページ

ベクトルとは、方向性の力。
物事の向かう方向と勢いのことを示す。



さぁ、俺らのベクトルはどこへ動いて行くんやろうな。













部活終了後の賑やかな部室の喧騒はどこへやら、夏の使者である蝉の鳴き声しか聞こえへん。
他に聞こえるいうたら、俺が弄っとるケータイの音くらい。
コチコチ、コチコチ、ケータイと時計の針の音がたまに重なるけどちっともオモロくない。
さっきからケータイの時計と部室の時計に何度も視線をやってはため息が零れ落ちて止まらん。
部室から誰もいなくなった時間から何分経っただろう。
元々耐え性のあらへん俺は、ついに上体を倒して畳の上に寝転んだ。
見えるのは天井だけ。畳独特の匂いが鼻孔を擽った。



早よ来ぉへんかなぁ、光……。



財前光は一つ年下、俺の後輩で去年からずっとダブルスを組んどる相方。
周りから見た俺らの関係の簡単な認識はこれで間違いあらへんはずや。
白石や小春、ユウジは勘付いとるかも知れへんけど、他の連中はまさか俺が光に片想いしとるやなんて思うてへんやろ。
やって男同士やから。同性愛やなんて別次元の話としか思うてへん奴が多いから。



しゃーないやん、俺は光が好きなんやもん、いつの間にか全てに惹かれていっとった。
ちゅーか同性愛やあらへんし、同性なんやから好きなんとちゃう。
ただ俺が男で、光も男で。
ただ生物上の性別といえる分類が同じやっただけ。
それだけなんやから、恋愛についてとやかく言われたない。
……て、俺は思うてる。



この想いを自覚したんがいつかやなんて忘れてもうたけど、思い返せば一目惚れやったのかも知れへん。
やって光を一目見て思うたんやもん、「あれ、コイツ可愛えんやない?」て。
男として恥ずかしい話やけど、はい、見た目だけで一発でハート撃ち抜かれてもうたんや。



もちろん、それから二人一緒の時を重ねるにつれて気持ちの層が積み重なっていった。
光が好きっちゅー気持ちばっかが重なって、ツンケンしてまうとこも無愛想なとこもたまに見せる笑顔とかも、全部が好きになっとって。
付き合うてもへんのにこないに溺れてもうてたんやなぁ……。



けれど先輩後輩でダブルスパートナーっちゅー学校において最も近い立場におるだけで今は満足なんや。
やって誰よりも光の傍におれるし、ぎょうさん光のこと甘やかしたれる。
まぁ、甘やかし過ぎとったらしくてこの間白石に「自分、財前んこと甘やかし過ぎやで」て注意されてもうたから、ほどほどにやけどな。



で、そんな俺は今現在、ただひたすら光を待っとる。
四天宝寺の男子テニス部いうたらかなりの名門校で、レギュラーはよぉ残り練習をする。
俺もたまにするんやけど、今日は光が残り練習をする言うた。
俺も一緒に練習しよかて聞いたんやけど、「邪魔やからええです」なんてフラれてもうた、とほほ……。
にしてもあの時の光の顔赤ぅて可愛かったなぁ……まぁ、夕方とはいえ夏が近づいてきた空の下の練習やったから暑さで真っ赤になっとっただけやろうけど。
ああでもホンマに可愛かった、写メ撮りたかったわ。
そないなことできるほど器用とちゃうけどな。



にしても光遅いなぁ……光、まだかぁ……。
チラッと時計を見れば俺が光を待つべく部室に一人になった時からすでに一時間が経っとった。
もうそないに時間経っとったんか……。
上体を両腕で支えて部室の窓から外を眺めれば、夕日にカラスっちゅーベタな風景。
ベタ過ぎや、ベタ過ぎてなんや好きやなぁ、こういうの。
ぼへーっとベタな夕方の風景を眺める俺はどれほどアホ面やったやろうな。



せやけど、いきなり古くさい錆びた音をたてて部室の扉が開いたから慌てて扉のほうに振り向いた。
若干ビビったんは秘密やで!



扉を開けて部室に入ってきたんは、俺の待ち人兼想い人、財前光ご本人様やった。
そんなご本人様は汗をお気に入りのタオルで拭きながら疲れたように目蓋を伏せとる。



「おつかれ、光!」



やっと来たな、遅いっちゅー話や!
畳から勢いよく起き上がって光の視界の中に飛び込む。
嬉しさから声をかけたんやけど、光は汗を拭いたタオルで口元を押さえ、黒いまん丸い目を更に丸くして俺を見た。
な、なんやねん……。



「謙也さん、まだ居ったんですか?練習せぇへんなら早よ帰ればよかったんに」



そないなこと言うなや!
まともなその発言にまともにダメージくらいそうやったけど、別にええんや、俺は光を待っとったんやもん。
よくよく考えたら、光にとっては俺らしくあらへんことやって思うたんとちゃうかな。
全てにおいてスピード命の俺やったら、部活終了から十分足らずで学校を後にしとるやろうから。
せやけど今日は特別なんや、光を待っとったんやからええねん!
たとえ見たいテレビ番組があったとしても!



「で、謙也さんはどないしてこないな時間まで部室におったんです?」



自分のロッカーの前に立ち、当然のようにユニフォームを脱いでいく光から視線を逸らして頬を指先で掻く。
ちょおやめぇや光クン、俺には刺激が強すぎるで……!
光の着替えやなんて普段から見とるけど、二人っきりっちゅー状況がそれをただならぬもんへと変化させとった。
視線を彷徨わせながら一たび視線をそちらに向ければ視界に飛び込んでくる細い腰に白い肌。
うぁっ、白っ……!
白石には劣るんやけど、なんやろう、それでも俺からすれば十分白くて綺麗で……えっ、ちょお下脱ぐんか!?
少し砂埃のついた短パンに光が手をかけよったから、顔ごと視線を外す。
あっぶなあああ!今光の下着なんや見たら本気でどうにかなってまうわ!



「……謙也さんの変態」



「へ?光、今なんや言うた?」



「なんでもありませんよ、それよか質問に答えてください」



「質問?」



「なんや、俺の言うたこと忘れてもうたんすか?」



夏服に着替え終わった光が一瞬だけ寂しそうに眉を寄せるけど、すぐにいつもの無表情に戻ってまっすぐに俺を見る。
いや、忘れてへんけど……。



「どないして、こないな時間まで、部室に一人で、一時間もおったんです?」



わざと区切って言う光は、なんや子供に言い聞かせとるみたいで可愛え。
しかも腰に片手を当てて顔を俺のほうに突き出しとる体勢はなかなか、こう、ぐっとくる。
誰か助けてください、俺かて思春期の男子なんです。



「あー……えっと、その……」



はっきりと言うてまえばええんやと心の底では分かっとる。
一緒に帰ろうと思うてたんや、そう言えばええだけなんやけどなぁ。
なんやろ、いざ光を前にすると口をぱくぱくさせることしかできへん。
言葉が喉元でつっかえて出てこぉへんくて、これやから俺はヘタレて言われるんやろうな。
そんでやっと出てきた言葉はまったく違うもんやった。



「他の部活のダチ、待っててん……」



自分でも「なんでやねん!」てツッコミが豪快に飛んだ。
なんやねん他の部活のダチって、そのダチかて同じ部活の奴と一緒に帰るやろ!
第一俺はそないな奴と帰りたいんやない、光と、今目の前におる光と一緒に帰りたいんや。
せやのに口を告いだんがこないな台詞やなんて……もうなんやねん俺、最悪やんけ。



「……そ、ですか………」



光の反応を見るんが怖くて俯いとったんを恐る恐ると上げれば、驚くべきもんが視界に飛び込んできた。
な、なぁ、光。
どないして、そないに悲しそうな顔しとるん?



今の光の表情は、なにやらショックを受けたように儚げに薄く笑いながら視線を逸らして、セットされた前髪をくしゃっと握った。
これは光の癖、不安な時とかうまくいかへん時とか、そういう時に光はリストバンドが二つ付いた左手で無意識のうちに前髪をくしゃっと握る。
本人ですら気付いてへんであろうその癖は、光がショックを受けたっちゅーことを刻銘に示しとった。



俺は光のその表情が苦手でなんとか笑うてほしいから慰めようとするんやけど、光がその表情になってもうた理由が分からへん。
どないして光はショック受けたんや……?
たしか俺が嘘の理由を言うた瞬間から。
けど、一体それのどこがショックやったん?
俺が友だちを待つことの一体どこにショックを受けたんやろう。
あかん、まったく分からへん。



「……ほな、俺は先に失礼するんで」



顔を少し伏せながら室内用ベンチに置いとった鞄を肩に掛けて、光が扉へ向かって歩く。
引き止めて理由を聞きたかったんやけど、おそらくショックを受けた原因は俺やろうから何て話しかけたらええんか分からない。
分からないけど、とにかく何かせぇんとっちゅー気持ちばかりが溢れ返ってもうとった。
光の手がドアノブにかけられる。
あかん、ホンマに帰ってまうつもりや!
慌てて引き止めようと立ち上がって光と呼ぼうとしたら、先に光のほうが俺を呼びながら振り返った。



「…謙也さんの、アホ……」


光は今にも泣きだしそうな表情で、胸の奥がぎゅうって締め付けられんのが嫌でも分かってもうた。
そないな表情せぇへんで、泣かへんで、辛いなら俺に言うて。
何が辛いんか悲しいんかも分からへんような俺が言うようなセリフとちゃうことは分かっとる。
それでも、俺は……。



光は俺の胸の内の言葉なんか知らんと、震える声で振り絞るように口を開いた。










「もしかしたらって……期待してもうたやないですか……」










そう言った直後、光は勢いに任せて扉を開けて夕焼け色に染まった外の風景の中に飛び込んでいった。
ホンマに一人きりになった部室に立ち尽くして、さきほどの光の言葉を脳内で幾度となく復唱する。



期待してもうたって……何に?
もしかしたらって、期待してもうたやないですか。
光、どういう意味なん?



光の自主練が終わるまで部室で待っとった俺。
もし光がテニスコートを使うて練習しとったら、誰が部室から出て行ったか見えるはず。
……ちゅーことは、俺が居るって知っとるはずやんな?
せやのに、どないして何も知りませんでしたみたいな感じに部室に入ってきたんや?



なぁ光、もしかしたらに続く言葉は一体何なん?
あれか、答えは自分で考えろっちゅーやつか?
そんなんされたら俺、都合のええように考えてまうで?



もしかして、に続く言葉が、待っとってくれたんかな、やとしたら。
それであないな悲しそうな表情をしたっちゅーことは。
なぁ光、今度は俺が期待してもええですか?



「ま、待ってや光!」



俺も部室から飛び出して、鍵を占めるのも忘れて無我夢中で光の背中へ一直線へ走る。
ああ、明日の朝白石に怒られてまうやろうな。
せやけどしゃーない、堪忍な白石!



やっと見えた君の背中に向けて、心では愛を、現実では君の名前を叫ぶ。



相変わらず今にも泣きそうな表情のまま、俯いてた顔を上げて俺へと振り返った君を、まずは抱きしめよう。



嫌がられなかったら、その時は期待を確信に変えて。



嫌がられたら、いつも通りやなって笑うて。







どうせなら都合のええ考えのままで。







(きっと俺らのベクトルは、同じ方向のはずやから。)












********************************************************
ぐだぐだ感MAXの謙→←光(笑)
一緒に帰りたい謙也、だけど言うのが恥ずかしくて別のこと言っちゃう←
一緒に帰りたくて期待しちゃう光、だけど違うって分かったら悲しくなっちゃった←
両片想いって難しいね!わたしにはレベルの高い代物だね!
ごめんねエイト、わたしの文才ではこれが限界なのだ……(しょぼん)
時間があったら光視点も書きたいですね(*^_^*)

書き直しはいつでも受け付けまーす。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ