短編
□昔々の過去のお話
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それは、俺がまだ幼かった頃の話。
「ヒカル、お前にお願いがおんねん」
「お願い?」
それは、俺がまだ年端もいかない少年だった頃の話や。
いつも通りスクールから戻ってアジトの酒場へ行くと、トオル兄ちゃんが俺にそう声を掛けた。
俺は、はっきり言えば孤児の身やった。
そこをフリーの殺し屋であるトオル兄ちゃんに拾われ、フリーの殺し屋共が集まる、このアジトで暮らしとる。
トオル兄ちゃんはマフィア界では名の知れた殺し屋で、何度も様々はファミリーから誘いがきているにも関わらずフリーを続けとる。
ファミリーに属するより、こっちのほうが動きやすいから、前にそう言うとったのを覚えてる。
強くてかっこよくて、それでも優しいトオル兄ちゃんが、俺はホンマに大好きやった。
そんなトオル兄ちゃんお願いっちゅーのが、ピンとこなかったんや。
「せやで、俺がよくお世話になってるとこのご子息の相手したって欲しいんや。俺はその人の父ちゃんと話さなあかんさかい、ヒカルはその子と遊んどってな」
「んー……」
「今日の食後のおやつに、あの東洋の和菓子っちゅーやつ出してやるから」
「ホンマに!?」
東洋の和菓子って聞いて、俺は兄ちゃんのお願いにぶんぶんと首を縦に振った。
このアジトには東洋西洋問わず殺し屋が集まっとって、それぞれ情報交換のために手土産を持って来たりする。
そしてつい先日、俺は東洋の人に「お土産、ほしい?」と言われて、その和菓子とやらを貰ったんや。
めっちゃうまかったで、それを食後に食べれるとなれば何でもするわ!
「ほら、この部屋におるから、仲良ぉ遊んどってな」
俺がトオル兄ちゃんに手を引かれて辿り着いたのは、応接間の隣にある待合室みたいなところ。
待合室いうても、このアジトは酒場以外はみんな綺麗にしてあるし、けっこー広いから待合室には無駄なほど広いんやけど。
隣の応接間に兄ちゃんが入っていくのを見送って、深呼吸を一つしたあと、待合室のドアノブを握り、ゆっくり手前に引いた。
ト、トオル兄ちゃんから与えられた、俺の初任務や!
まぁ、小さかった俺はその頃から殺し屋になる気満々やったから、兄ちゃんからのお願いを任務に置き換えとって、なかなか緊張しとったワケや。
しかも、相手はトオル兄ちゃんがお世話になっとるとこのご子息様やもん。
せやから、小奇麗な男の子がちょこんと座っとった時は拍子抜けしてもうた。
「…………へ?」
「えっと……自分、誰や?」
俺は素っ頓狂な声と共に首を傾げると同時に、男の子もこてんと首を傾けた。
ミルクティー色の前髪がぱさっと揺れる。
え……だって、え?
トオル兄ちゃんに依頼するっちゅーことは、マフィア界でそれなりの地位におるっちゅーこと。
兄ちゃんは、自分が信用でき実力のないファミリーには肩入れせぇへんから。
でも、兄ちゃんが何度もお世話になっとるっちゅーことは、きっとマフィア界では有名なファミリーなんやろ。
そんな有名ファミリーのご子息っていうから、もっとゴツイのを想像しとったんや。
もっと、こう、がははって笑う、みたいな。
けど、今目の前におる子は貴族の子にしか見えへんかった。
ミルクティー色の髪は、陽の角度によってプラチナカラーにも見えた。
あどけない、くりっとした瞳が俺を捕らえて離さへん。
肌も不健康やと思えるほど白く、よく肌が白いと言われる俺よりも白く感じた。
「あっ、えっと……俺は、このアジトの子で――」
「アジトの子?ちゅーことは自分、殺し屋なん!?」
きょとんっとしとった瞳に、好奇心の炎が灯る。
男の子は後ろ手に扉を閉めた俺ににじり寄り、顔をぐいっと近づけてきた。
近くで見ると、睫毛が長いところとか目がとても綺麗な色をしとるところとかが良く分かった。
「い、いや、俺はまだ殺し屋やないけど……」
「じゃあ、いつかは殺し屋になるん?」
「た、多分……」
「すごいなぁ自分!もう将来のこと考えてんのやな!」
今、何歳なん?
なんでアジトにおるの?
俺のおとんのこと、知ってる?
フリーの殺し屋って、なんかさ、かっこええよな!
男の子は純粋な瞳を輝かして、俺に次々と言葉を掛けてくる。
俺はというと、いきなり過ぎてタジタジや。
とりあえず話して分かったことは、この子は俺より一つ年上で正真正銘の裏社会を生きとる、俺と同じ人種やっちゅーこと。
「俺な、いつか自分でファミリーを作んねん」
そして男の子は――クラは、俺に語った。
「人数はあまりいらへんな、多くても無駄なだけやし。どうせなら、いつも笑えるようなファミリーがええな!」
楽しそうに、仲間と共に笑う、未来の自分と大切なファミリーに思いを馳せながら。
「今の、アンタのお父さんのファミリーはどないするんです?」
「んー、後継ぎは姉ちゃんやって、父ちゃんが言うてたからなぁ……」
「もしクラが後継ぎやったら、新しいファミリーは作らへんの?」
「いや、そうなっても、俺は後継ぎを姉ちゃんに譲って自分のファミリーを作るで」
苦しい未来が、殺し合いの日々が待ち受けとることを知りながらも、それに飲み込まれないよう、楽しそうに。
「せや!もし自分がフリーの殺し屋になってぼちぼち有名になったら、俺のファミリーに入ってや!」
「え……?専属のフリーの殺し屋、やなくて?」
「ちゃうちゃう!俺のファミリーの一員になるんや!ええ話やろ?」
にこっと、可憐な花のように笑いながら、言うてることは裏社会の言葉ばかり。
こっちの世界の人間でなければ、この人はきっと――きっと、でも、表社会でこの人が生きていたら、俺は出会えなかったから。
裏社会での出会いに、感謝。
「んー……」
「なっ、ええやろ?」
「……分かった、ええですよ!」
「ホンマか!?よっしゃ!!」
小さくガッツポーズして喜ぶ姿は、紛れもなく一般の子供やのに。
俺と同じ世界で、俺と同じ立場で。
でも、きっとこの人は。
殺し合いの世界を目にしたことがあらへんのやと思う。
それでも、この人が望むなら。
どこまでも、付いて行ってみたい。
なんでやろな、今日初めて会った人やのに、そう思えた。
「……じゃあ、ボス。手ぇ出してください」
「おん!って、手出したはええけど、何するん?」
「両手やなくていいらしいんで、えっと……じゃあ、左手出してください」
頭に疑問符をぎょうさん浮かべてるクラの左手を取り、手の甲にキスをした。
昔、トオル兄ちゃんが言うてた。
キスには、れっきとした意味があるんやって。
腕と首なら、欲望。
掌なら、懇願。
目蓋の上なら、憧憬。
唇なら、愛情。
頬の上なら、厚情。
額の上なら、友情。
そして手の甲なら――尊敬と敬愛だ、と。
それは、忠誠のキスであり、マフィアが自らのボスを選ぶときにのみ許される行為。
「知ってます?このキスにも、意味があるんですよ」
「そうなん?どういう意味なん?」
「ボスになれば、きっと分かりますよ」
「ふーん……ほな、また会ったときにもしてな」
これが、本当の始まり。
アナタは忘れてもうてるけど、それでも構わへん。
それから俺は何年もの月日を経て、トオル兄ちゃんに負けへんくらいのフリーの殺し屋になった。
そして有名になった頃に知った、一つのファミリー。
まだ若いボスが作り上げた、僅か八人で構成されながらも周囲の強大組織に負けへん、恐ろしいファミリーがある。
それを知って、そのボスの名前を聞いて。
俺は真っ先に、その屋敷へ向かう。
再びアナタに、忠誠を示さんがために――
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イタリアマフィア5題
4.忠誠のキス
キスの意味めっちゃ調べまくりました……ふぅ、楽しかった(^_^)
クラは小さい頃はホントに何も知らないと思う、けど知っても自分の信念を曲げないと思う。
あっ、それは四天メンバー共通か(笑)
やっぱり光蔵風味になってしまった件については許してやってくださいませ……(/_;)