煙草のお題

□ショートホープ
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*セブンスターから続くものです。



それぞれが重苦しい夜を越した朝、不安の影を引き摺りながら門田は歩きなれた通学路を踏みしめる。
静かだ、ーーー街のざわめきはあるけども、静かすぎる。目に見える世界が、昨日までと異なって見えているような錯覚、これから目にする現実が不安を形にしたものになりそうな予感。

気にしすぎだ、思い過ごしだと言い聞かせたのに、正門を跨げば不安が強まり、慣れない緊張が沸き上がる。

二人からは何の音沙汰もなく迎えただけの朝。ただそれだけなのに。




ショートホープ
〜それは誰が願う希望〜







クラスの大半がひしめき合う教室に入れば、方々から飛び交う朝の挨拶を短く返す。そんな門田の目線は昨日席を空けた静雄の座席だ。朝から登校するならホームルームのギリギリ前に現れるはず。まだ数分ある時計を見上げて、携帯にメールや着信がないかを手早く確認する。
臨也は来ているだろうかと気になり、躊躇ったが席を立とうとすると、ドア付近にいた女子生徒らの声が僅かにひそめられる。
すれば、暗い顔をしたままの静雄が現れて教室を静かに横切っていく。当初は喧嘩や暴力沙汰に、彼が現れればクラスの連中は警戒して静まり返ってしまうのだが、キれなければ無害だとわかったのか、ちらほらと挨拶をする生徒もいた。その声におう、なんて小さい声で答えると、窓際の一番後ろの座席に座り、じっと見ている門田には顔すら向けない。
鞄を開けることなく机の上に肘を付き、掌に顔をのせると前の席の椅子あたりを見据えていた。その顔色は悪く、眠れてないのか目の下が影をつけている。門田が殴り飛ばした頬は、微かにあざになっているだけのようだ。声をかけれそうな雰囲気ではないが、門田は少しばかり気合を入れ、ぎこちなく笑いながら静雄の斜め前に立つ。

「……よぉ、今日は来たな。……あいつと、会えたか?」

何だろうか、臨也のことを口にするのが些か躊躇ってしまう。愛想がいい奴じゃないから、朝から仏頂面なのはいつものこと。なのに、その雰囲気は重苦しく、暗い。
昨日よりもずっと色濃い気まずさ。

「……ああ」

ただそれだけ。それ以上何も言うこともなく、かといって質問を投げかけても応えそうもない。門田が息を詰まらせてしまうほど静雄は他人を拒絶する空気を滲ませている。そうか、と呟くのがやっとで言いたい事を言えないもどかしさに自席に戻る足が鈍る。
授業が始まろうと休み時間になろうと、変わらず暗い顔のまま肩肘を机に置き、窓の外をじっと眺めて無表情に何かを考えているようだった。横から口を出せる雰囲気でもなく、時折門田がその様子を窺って見ても気付いている様子がない。
時間が経つにつれてますます気まずさは大きくなり、声をかけるタイミングが遠退く中、ようやく長い昼休みが訪れる。

昼休みを告げるチャイムが鳴っても、静雄は動こうとせずに変わらず何か考え込んでいた。気まずさや空気の重さも振り払うように、やっとで静雄に声をかけた。

「おい、昼飯どうすんだ?買いにいくか?」

「………え、ああ、…いや、今日は……」

「食わねぇと午後イチ体育だったろ、持たないぞ。売店ぐらいは覗きにいこうぜ」

ぎこちなさを出さないよう、何も考えないで笑ってみせたが、どこか不自然だったかもしれない。静雄は気まずそうに視線を泳がせたが、やがてゆっくりと立ち上がっていく。

「……ああ」

 そう言ってあまり気乗りしない足取りではあったが、門田の誘いに乗ってくれたことで僅かに緊張が解れていく。賑わうクラスや廊下のざわめきもどこか後ろ暗い顔をした二人には似つかわしい。会話を持ち出すタイミングを何となく窺っていると、門田より少し遅れて歩いていた静雄の足が鈍り出した。
 うつむき加減で歩いていた静雄の前方、門田の正面、一つ先の教室から飛び出してきた人影。

 怪我の痕もそのままに、鞄を掴んで廊下へ出てきたのは目立つ短ラン姿の臨也。俯いたまま出てきたはずが、なんとなしに門田たちへ顔が向けられ、二人の姿を見てぎくりと肩を強張らせたのが、わかった。

「………よ、よぉ、臨也」

 変に上擦った声の門田に、戸惑う臨也の目が向けられ、そしてその隣にいる静雄へと移る。
 目が合いそうになる寸前で静雄はまた俯くと、動かない臨也と門田を他所に大股で廊下を突き進み出した。
 動けないでいる臨也に近付こうと顔を上げることもなく、徐々にスピードを上げ、目線は臨也が見えてない位置に固定したまま。
 
 堪らず俯いた臨也の横を、そのまま通り過ぎてしまう。

すれ違う時、重苦しい空気を断ち切るような勢いで歩き去った静雄だったのに、残された空気は酷く冷たく、重たいままだった。早々と廊下を曲がり、売店へと向かった静雄の姿が消えると、臨也もやっと足を一歩動かしていく。その表情は髪に隠れてよくわからない。

「……臨也、大丈夫、か?」

 もっと違う事を聞けばよかった、と思えたが、臨也はぱっと門田に振り返ると、いつもの通りに笑ってみせた。

「全然?余裕だよ」

そういって手をかざすと、そのままひらひらと振って階段へと向かってしまった。堂々としたサボリに感心はできないが、足取りの軽やかさからまだ生々しい傷跡の酷さは微塵にも感じられない。この重苦しい空気を醸し出す本人だというのに。

「ああもう臨也まっ………あれ?京平?」

 何かを掴んで教室の入り口から飛び出してきたのは新羅だった。臨也の背中を追いかけていたようだが、目の前にいたのはぎこちないままの門田だったことに素直に驚いていた。

「もう臨也帰ったとか?なんだよもう……で?どうしてそんな驚いてんだい?」

「いや、別に、……ちょっとな」

「……静雄は?今日いるのかい?」

「……ああ。さっき売店にいった」

 周りは賑やかな昼下がりだというのに、門田と新羅の周りだけはまだ冷え込んだ空気が澱む。それぞれは二人が消えた廊下を眺めては少しずつ顔色を落としていく。

「……喧嘩、しないとか珍しいね」

 声を落として新羅が呟くと、思わず無言でうなずいてしまう。顔を合わせてもお互いに無視して、黙ったままなんてこれまで無かったこと。本当ならこの平和な学園生活において望ましいことなのに、こんな違和感は二人をこれまでにない緊張を呼ぶ。

「何があったのか聞いてないけどさ、……なんとなく、今の状態はわかるよ」

 ぽつりと新羅が漏らすと、手の中にあった何かを見下ろし、苦笑いしながら門田にその握り締めていたものを見せてくる。

「最近眠れないっていうから睡眠導入剤あげるよって渡そうとしたんだけど、寝たら夢を見そうで怖いって笑ったんだよあいつ」

 そうして手の中にある銀色の錠剤をぽんと空中に放り投げて、軽やかに受けとめる。いつも何かしら薬は持ち歩いている新羅が、そんなものまで持っているとは思わなくて門田は純粋に驚いてしまう。

「おいおい、それは……ヤバイもんじゃないのか?」

「まさか、そこらの薬局でも導入剤は売ってるよ。ただ、これは少しばかり強いものだけどさ」

「あまり人前に晒すことじゃあないな、それは」

「そうかもね、だけど、あんな臨也初めて見たよ」

 錠剤をそっとポケットに仕舞い込むと、鞄を抱えて歩き去った彼の人の影を廊下に追う。もう、下駄箱に着いてる頃だろうか。

「空元気というのかな。無理して振舞っている感じがあって……それに、静雄の事を欠片も持ち出さない。あれだけ怪我をさせられたのに恨み言一つなかった」

「……そう、か。それは……珍しいな」

 じくりと胸が痛む。あの後、静雄が臨也の家に赴いたのは明白。てっきり何かしら明るい方向へ戻るのではと期待していたのに。
 真逆の結果を目の当りにして、動揺は隠せない。

「ま、そのうちまた元に戻ると思うよ。短い平和な学生生活を謳歌しようか、京平」

 そう新羅は笑っていたが、門田は晴れない胸中を誤魔化すように笑って静雄の後を追いかけていく。
 あいつら、お互いにすれ違うままでいいのか、と焦るような、やきもきした気分は酷く冷たく胸を過る。

 しかし、どこかで。

 それならば臨也の側に居てやれるんじゃないかと願う自分が居る。


それから数日間、臨也の怪我が治ろうとも、静雄と臨也が顔を合わせても喧嘩一つ起こりもしなかった。

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