企画物議

□そして、
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 女の言葉が意味することに、気づけない程鈍くはない。だが、そんな事を言われ慣れてなく、驚きとどうしていいかわからない混乱が思考を邪魔する。女は何かを恐れるような目をして、どうにか静雄の顔を見上げているが、その面立ち、雰囲気、やはり払拭できない疑念。
 馬鹿らしいと振り切って帰ろうか、と考えはできても行動に移せない。過去数度、高校生の頃だったか他校生や同級生にこうして告白されたことはあった。嬉しくなるよりも己がどんな人間かこの子は知らないのかと、申し訳無くて、冷たい人間だと噂が流れようと断り続けた。からからになった喉は、唾すら飲み込めないほど乾き切っている。足が動かない、どうしたらーーー

「その、ベッドももう一つ空いてます、明日も仕事ならここで寝て、そのまま行かれても結構ですから。こんなお願いがどんなに失礼かわかってます、けど」

 女の声はとても澄んでいて、聞き取りやすい。あの男の声もやたら聞きやすい声をしていた。別人だと思えない何かが、ある。だが、それが何かはわからない。

「……やっと会えたのに、もう会えなくなりそうで…」

 くぐもる声に、またその目から涙を零すのかと慌ててしまう。信用がいまいち成らない警戒心、それは女に失礼じゃないかと戒めつつも、次に何を言い、すればいいかわからない。
 だが、何となく腕が動いて、街中でよく会う双子らにするように女の頭に手を乗せて軽く撫でてしまった。拗ねた双子らの面影が一瞬ちらついてしまったからかもしれない。彼女らよりも年上だろう女性に失礼だったかもしれないが、咄嗟の行動を止める判断はおざなりになっていた。
急に頭を撫でられて驚いたのか、泣く寸前で目を丸くした女は、静雄の手が離れたあとの頭に手をあてて惚けてしまう。少しだけ顔が赤くなって、静雄も知らず照れてしまう。

「……あ、すまねぇ。気にしないでくれ。あーー…その、気持ちは嬉しいんだが、やっぱ、その、な。いくらなんでも、女の部屋に男がすんなり泊まるなんて駄目だと思うんだ。不安なのはよくわかる、だけど俺だって男だ、その…不安にさせることもあるかもしれない。旅行に来てるならそんな嫌な思い出作るわけには」

「いえ、ここで平和島さんと別れたら、……旅に来た意味がなくなります」

 切り込むような言葉。それまで、あいつに似ているためにどこか相違点を必死で探していた静雄が、やっと似ている部分を見れたと思える強さが言葉にあった。
 しかし、その表情は酷く強張り、演技ではない緊張が見て取れる。似ている、けれどもやはり違う。

「貴方に、貴方に会うために、ここまで来たんです。せめて明日の朝まで、貴方の時間を私にください」

 苦しそうに言葉を吐き出すが、その顔は真っ直ぐに静雄を見ている。双子らとも似ているのに、知らない綺麗な顔立ちだ。触れたなら指通りが軽そうな黒髪に、日焼けのない色白の肌、まだ潤む瞳は強い目線が不釣り合いに思えるほど、顔の印象を幼く見せる黒目がちの大きな目をしている。何も考えずに彼女を見れば、美少女だと誰もが、静雄すら思えるだろう。

 改めて女に対して胸が変に騒ぎ出す。先程まで疑いかかっていたことが恥ずかしくなるほど、女に申し訳無くて仕方ない。男としての甲斐性や道徳観をぐるぐる考えても、空いたベッドでさっさと寝てしまい、朝彼女が起きたら仕事に行けばいいじゃないかと諦めついた。

「……俺なんかがここにいてもいいなら、そこのベッド借りるがよ……悪いが、すぐ休ませてもらう」

 寝付けそうにもないけれど、さっさと布団にはいり、寝たフリでもして朝を待てばいい。何ならこれから酒を買いこんで酔い潰れて寝てもいい。静雄の言葉に、女ははしゃぐように笑い、ほっとした溜息を漏らす。そして、冷蔵庫から取り出したまま放置していた為に汗をかいた酒を再度静雄へと差し出した。

「貴方だからですよ、乾杯、しましょ?」

 同意を求めるように首を傾げ、その目を細めて笑む様が、どうしてもあいつを連想させてくる。だが、どうかしていると振り切るように手を伸ばして、彼女が差し出した酒を手にしてその封を開けた。少しも味がわからないまま、からからに乾ききった喉にはぬるくなった酒はただ痛いだけで、胃の奥からひりひりと熱くなる。
 黙って酒を飲みながら、ぎこちなく笑う女に、どこか警戒しながらもやけに遅い時間の流れに身を置いた。





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