捏造長編

□エピローグ
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エピローグ



 大型連休を前に、賑やかさに浮かれた気色をはらんだ街。十日ほど前にこの街全体が混沌と化した事件は、いつのまにか表舞台から遠ざかり、はたりと人々の記憶からも消えてしまったかに思えた。
 偶然だったり、必然で巻き込まれていた人々もいたが、驚くほど静かになった街や周囲に既に遠い日の出来事だったのではないかと思わされてもいた。世間は明るいニュースと暗いニュースが相変わらずひしめき合い、そのうちの一つが静雄の弟であり俳優の羽島幽平の主演映画の公開日が近づいているということ。悪い一つが、映画に出てくるような化け物の姿をした連続殺人鬼が現れたこと。人々はそれらについて飽きもせずニュースを眺め、見えぬ殺人鬼に恐怖を抱いて日常に身を置いていた。それでもやはり、現実味がいまいち感じ取れないニュースであることには間違いはない。完璧な男と揶揄される俳優が、あちらこちらでポスターとなり微笑んでいる昼下がりの池袋。
 今日も今日とて、生きる伝説の一つがのんびりと往来を歩いていた。

「うーっし、静雄、今日は何食べるか?予定より早く済んだからちょっといいもん食おうぜ」

「何でもいっす」

 まだ夏でもないのに強い日差しに、スーツのジャケットを脱いで肩に乗せたドレッドヘアの男性と、袖をまくらずきっちりとバーテン服を着込むサングラスをかけた金髪の男。長身な二人がのんびり並んで歩く姿は、この街ではありきたりな日常だ。特に金髪の男は酷く有名で、見かけた誰もが周囲を見渡して、その顔色をなんとなく窺い、遠巻きにして歩き去る。平然と歩いて上司のトムに選択権を渡した静雄は、トムがなんとなく背中や腰あたりに目をやり、痛そうな顔を一瞬だけ見せると口調を変えずにさりげなく提案していく。

「そうだ、肉に行こう。焼肉ランチなんてどうだ?」

「いっすね、行きましょう」

 表通りの数ある焼肉店のうち一つ、割と通っている穴場の焼肉屋がある。そこで安い割には男の腹をがっつり満たしてくれるボリュームあるランチが有名だった。そして何より、肉でも食わせてやらないと、と思わせられているからだ。
 十日以上前、思わぬというか案の定巻き込まれたトラブルで、酷い怪我をした静雄に快復を促すためにも肉を食わせてやりたいと、先輩であるトムは仏心を持ち合わせていた。それに気づいてか気づかずか、昼から焼肉とか豪華だなあと呑気に考えている当の怪我人。まだ痛みがじんわりと残るけれども、縫合の腕がよかったのか、持ち前の体質のお陰か、すっかり傷跡は塞がり、徐々に薄くもなっていた。場所が背中だからか、傷を静雄自身が見れないため気づいていないけれども驚異的な速さで傷は治っていた。トムとすれば痛み止めでも飲んでいるのかと思えるほど、平然と怪我人らしかぬ振る舞いをしている静雄を煙たがれない程度に気遣うだけだ。
 静雄と連絡がつかなくなってすぐ、社長から静雄まで追われているという連絡を受けて全身の血の気が引いたあの日。携帯が壊れたのか落としたのか、少しも連絡がつかなくなっていた数日間、逃げて怪我して隠れていたとか。

 再会してすぐに、青筋をこめかみに浮かべて「あの野郎・・・」と一人怒りに震えていたが、とりあえず何があったか触れずに社長や周りから入る情報でなんとなくその時の状況を把握させてもらった。
 しばらく姿を見なかった双子の賑やか姉妹とも街でちょいちょい見るようになり、明るい笑顔を見せてくる双子らに無事物事は終わったのかと安堵していた。落ち着いたら詳しく話を聞こうと思いながらも中々聞くタイミングもなく、そのうち酒の肴にでも聞かせてもらおうと楽観的に考えていた。はたりと情報屋に関して何も聞かなくなった。逃げたということも、復活したことも、殺されたということも。
 目出井組も明日機組も、双方とも情報屋に関しては口をつぐみ、まるで気にしてもいないようだった。このところ、警察や政界、果ては暴力団関係で逮捕や検挙にガサ入れにと慌しく、そいつ一人に構っている暇はないと言わんばかりだった。

まあ、あれだけ派手に暴れたんだ。当分隠れるなりして動くことはないだろう。怪我してるってたし、どっかこっそり入院してるのかもしれねえしな・・・

 そう考えながらのんびりと長い昼休みに向けて歩いていた二人だが、ごく近くから携帯の呼び出し音が聞こえてくる。周りの人間かと思いきや、静雄かトムのどちらかのようだ。二人それぞれポケットから携帯を取り出すが、トムの携帯は着信を知らせるような反応はなく、静かに手のひらに収まっている。それなら静雄かと、この前買ったばかりで番号すら最低限しか登録していないという最新機種をじっと見た。携帯に入っているメモリの控えはあるのだろうが、面倒くさくてコピーしたりしないそうだ。連絡をくれる人間だけしか登録しないとか。
 ディスプレイに写る番号に見覚えがないのか、応答に躊躇いを見せたがトムがやきもきしかけたところで、ようやく携帯を耳に押し当てていた。

「・・・はい、平和島ですが」

 噂や都市伝説とは裏腹に、至極丁寧な対応を見せた静雄だったが、すぐにその表情は固まり、足が止められる。
 その表情は酷く険しく・・・というより怒気猛る殺気だったもの。そんな顔をする時は厄介な客相手と、声だけでそんな顔をさせるとなれば一人しか存在できない。

『お久しぶりだねえシズちゃん。まだ生きてるのかい?』

電話越しでも爽やかさと腹黒さがにじみ出る声、トムにはその声が聞こえないがなんとなく会話の内容は想像できる。やっぱり生きていたのかと額を押さえ、少し静雄から距離を取って行く。

「・・・なんだまだくたばってなかったのかよ、いい加減埋められるかどうかしてると思ってたのによ」

『おあいにく、どうも皆寂しがりやだからさあ、まだまだ俺のこと必要らしいんだよね。そこでお知らせ』

「ああ?」

『素敵で無敵な情報屋さんの新装開店を期して、とっておきの情報をお届けようと思って』

 ぶちり。携帯をあてている耳とは逆のこめかみに見慣れた青筋がくっきり浮いていく。眉間の皺も数えてみようかという程くっきり深く刻まれていく。やれやれと溜息をついた場慣れしている上司は、電話越しの相手のあの笑顔を思い浮かべては大概にしとけよと苦笑してしまう。

『実はさ、一部のマフィアにはまだ俺の仲間としてシズちゃんが挙げられていて、そのうちうっかり追っ手が尋ねてくるかもしれなくてさあ。撤回するのも面倒だからそのまま放置してるんだ。だからくれぐれも殺されてくれないかなあ』

 すごくいい情報だよといわんばかりに、楽しそうに、黒幕よろしく笑う臨也に、とうとう静雄の携帯がおかしい音を一度立ててしまう。買ったばかりなのに気にもせず、力を込めて。

「こんのてんめえ・・・・わざとだろがノミ蟲ぃぃ!!」

『あーこわいこわい、そんなに人を疑うとシズちゃん信用されなくなるよー。俺はハナからしてないけど』

「ああうぜってえ!!いいかそこを動くんじゃねえぞクソ蟲がァァ!!」

 携帯が壊れそうな勢いで閉じられると、怒りに肩を上下しながら背後で様子を見ている上司にすみません、とまず謝るとそれからの言葉を簡単に思い当たるトムは、気にするなと返し。

「・・・2時までに事務所に戻ってこいよ。」

「状況によれば警察にいます。戻ってこなかったら退職扱いにしてください」

 バキリと指を鳴らしながら静雄は昼前の賑わいで色めく街中を走り抜けていく。彼が突っ走る先に道ができていくのは、その殺気立つ静雄の気迫に気圧されて誰もが退いてしまうからだ。どこにいるのかわかっているのか、わからないでもまっすぐ、真っ直ぐ、池袋で一番恐ろしい男はひたすら走る、駆ける、怒る。――轟く。




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