捏造長編

□エピローグ
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「あれ、ね、ゆまっち、あそこ」

 池袋で俗に言う「乙女ロード」から一本外れた路上。そこに停められている一台の車によりかかる男女が、道路向かいの歩道を指差して本を読みふけっていた男に話しかけた。本を区切りいいところまで読み終え、彼女が示した方角へ顔を向けたハーフっぽい男は、あれ、と素直に驚いた。

「久しぶりにここらへんで見たっすね。もう怪我は大丈夫なんすかね?」

「ああして歩いてるってことは、怪我とか大丈夫なんじゃない?仲直りかラブラブでもなったのか、堂々と歩いてるわねえ」

「狩沢さん、それは本気で冗談までにしてくださいよ。あの時からずーっとそれじゃないっすか」

「あら!だって、イザイザは静雄が助けたじゃないの!王子様のキスでなく、パンチで目が覚めるなんて素敵じゃない〜!いいもん見ちゃった、まだ滾るわよ私」

「はあ、もう・・・リアルはきついっすよ・・・門田さん、何か言ってくださいよ」

「・・・言うだけならタダだが、どっちかが聞いたら真っ先に殺されると言っておくからな。それに、あれは静雄からすればトドメさすつもりであいつを叩いたんだろう。偶然だ」

 車の助手席の窓を開けて、目を輝かせている女にたしなめて見せるが、女は気にせずに尚まだ夢見ている顔を浮かべ、脳内で溢れている妄想をつらつらと並べ立ていくようだ。

「本気で殺すならそれから数日は一緒にいたでしょ?いつでもできたのに、してないじゃない。これはまさに昔っからの王道よ、喧嘩して友情や愛が目覚めてお互い歩み寄っていたのよ!きっとこの辺でも本とか流行るって!」

「それならとっくの昔に目覚めるもんは目覚めるだろうが、愛はないだろ・・・カンベンしろ」

 それから一同が狩沢の妄想に辟易しつつ突っ込みを入れている中、話題と視線を集めている人物は悠々と歩道を歩いては賑やかな街並みを眺めて笑う。自分から見限って離れた街でも、ここに住まう誰それがまだ自分を必要としているような、まだこの街では混乱をもっともっと必要としていると言われているような。

「俺一人じゃあ役不足だったわけね。それじゃあもっともっと楽しいことを考えよう」

 何もしない数日間、自由という時間は酷く退屈だった。根城に戻ってすぐに有能な秘書が罵声と共に戻ってきて、これからどうするのかと尋ねられて即答はできなくとも、覚悟は決めていた。

「やはり混沌の中心はもっとたくさんの人間が踊ればいい。俺はそんな舞台に相応しい戯曲を探して奏でていればいい。そのためにはまたこの仕事、いくらでもやってあげるよ」

 指の一本はもってこいと言うかと思えた粟楠会やその他ヤクザ共も、また顔を見せた臨也には何も言わず、ただ怪しむ目を向けるだけですんなりと仕事再開の旨を受け入れた。あまりにもあっさりとした応対に臨也が警戒したのだが、街の人格を謳うあいつが何かしら手を打っていたのもあってか追われるようなことは何一つなかった。
 それに、今度こそうまく長年の決着をつけるべく、また立ち回らねばならない。愛すべき人間たちを躍らせて、苛む様を眺めるために、そして何よりいい加減一人で遊ぶのは飽き飽きした。

「・・・一番のクソッタレは俺なんだけどね」

 くくっと喉奥で低く笑っていると、ざわりと首筋が粟立った。それまでの平穏な空気が一転するような冷たい、どす黒い空気がひゅうと首筋を撫でて過ぎ去る。数日前までは当たり前だった空気、今では懐かしい空気。

 反射的に振り向くと、昼時の賑わいでごった返す歩道が少しずつその中心が割れて道ができていく。目を凝らさなくてもすごい勢いでその道を駆け抜けてくる人影。真っ直ぐ、真っ直ぐに向かってくる猛々しい姿。

「もう見つかったのか。・・・本当に鋭いというか、どうかしてるよ、本当に」

 この池袋どこにいようと、直感で探し当てて追撃してくる長年の宿敵、というより敵を立ち向かうべく、近づいてくる人影を阻むように立ち尽くす。思わずもらした溜息の後、そうこなくちゃね、と笑いながらポケットの中のナイフをそっと握りこんでいく。




「あ、来たよー池袋の恐怖が」

「相変わらず凄い顔と勢いですねえ。空襲警報でも備え付けたらいいんじゃないすかね池袋」

「あー、それもいいかも。静雄が来たら一斉に鳴らせばいいんじゃないかな」

「非常事態!ってアラート鳴らして街が変形していく・・・某新世紀アニメみたくゾクゾクしますねえ」

「あいつらまたこんな往来で喧嘩しだす気か?・・・懲りない奴らだ」

「ムリだよドタチン、あの二人には喧嘩が最大のコミュニケーションじゃない。さ、今日は何が飛ばされるかな?」

「K-BOOKSのあの看板でも投げつけてくれたら回収にいくっすよお」

「んじゃ私は・・・」

 のんびりと馴染みの店先に置かれた萌えイラストの看板や、等身大POPを静雄が投げてくれないかと期待している遊間崎と狩沢に呆れつつ、門田は間合いを充分とって対峙している同級生二人を眺める。
 何度もこの街で見た、学校でも見た光景だ。キレて恐ろしい笑みを浮かべて真っ直ぐ臨也を見据える静雄と、そんな静雄を冷ややかに笑って見る臨也。ありふれた、日常。久しぶりに見たからか、あきれ果ててみていたこの光景に懐かしさすら感じてしまう。

「・・・しかし、あの時は本当に偶然も偶然だった、よな」

 数日前、生死の境目をさまよっていた臨也に、静雄が振り下ろした一撃。トドメを刺すものだと思って慌てて止めようとしても止められず、臨也の胸を打ち据えた一撃。だが、よく考えれば静雄の力だったら無抵抗の臨也の心臓を破裂させれるぐらいどうもなかったはず。最後、本当にぶちかます寸前、ふと力を抜いて叩いたような気がしてならない。実際、情が湧いたのか、思いとどまって力が抜けたのかわからないが、手加減していたのは変わりない。
 静雄の一撃が、臨也の一命を取り留めたなんて信じがたいが、事実、そうなっている。
 そのことを双方知っているが、やはり関係は少しも変化してはないようだ。

「本当に決着なんてつけれるのか?あいつら」

 せめて一般人は巻き込むなよ、と思いつつ昼下がりのうららかさを吹き飛ばしてしまう剣幕の、彼の二人を眺めては成り行きを静かに見守る。




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