企画物議

□後日談
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ーーーそして月日は流れて。

 スーパースター同士の結婚式に呼ばれた新羅は、モーニングの上に白衣を纏おうとしてセルティに止められたが、生中継のカメラの前で失態を働かなかったことに褒められて上機嫌だった。招待されたが辞退したセルティは、遠目で挙式を見たあと、自宅で生中継の豪華すぎる披露宴を見守り、時々映る新羅や知合いの顔に一喜一憂し、演技ではない笑みを、優しくルリに向ける幽に溜息代わりに影が首元から耐えず漏れていた。
 参列者の中には大御所の俳優や女優、ハリウッドスターに監督、有名なミュージシャンに作家と豪華絢爛な顔ぶれにも圧倒されるが、ルリや幽の衣装や料理にケーキや余興も凄まじかった。
 世界的に有名なデザイナーのドレスとタキシード、宝飾類は億単位と報道された。結婚指輪もルリの細指に負担をかけない程度に、しかし珍しいピンクダイヤをふんだんにあしらったもの。手にしたブーケも名だたるフラワーデザイナーが手がけ、まさにどこぞの王国の結婚式かと思わせられた。女の子ならばルリの姿に、お姫さまだと思わせられ、憧れるだろう。
並べられる料理もミシュラン認定の凄腕シェフらが集結し、オーケストラさながらの生演奏の中、披露宴は行われた。

 憧れを抱いたのはセルティも例に漏れず、つい録画してしまい、幾度となく繰り返して見てしまう。
 そして、あまりカメラを向けられない親族席で初めて静雄と幽の両親を見、気付いた。

 その隣が友人席で、そこに座る新羅と隣の門田ばかり気にしていて見落としてしまっていた。友人席にいないのは、テレビ放映されるために出席しなかったのかと思っていたはずの、あいつ。

『………き、気付かなかった……』

 彼の双子の妹らが泣きべそかいて式場をうろついていたのは新羅に聞いた。どこからともなく現れた黒服の男に連れていかれたと聞いて、その正体をそこに見た。

静雄の隣の席で、スーツ姿に縁のない細い銀のメガネをかけ、髪を後ろに撫で付けて前髪が目にかかるぐらい垂らしても際立つ目鼻立ち。紛れもなく、臨也だった。

 見たこともない柔らかな笑顔で、雛壇に座する新郎新婦を見守り、時折隣の静雄や隣のテーブルに笑みながら何か話していた。あまりにもかつて見てきた臨也とは異なる温和な雰囲気に、つい別人だと認識して見逃してしまっていたのだ。
 ああして静雄の隣にいるということは、やっと仲違いが完全になくなったんだよな、と安心し、それからテレビには映らなくなっても終始あんな穏やかであっただろう二人に胸が熱くなる。

 そして、式は進み、余興で流行りの歌を歌うアーティストらの歌声が玄関から響くけたたましい声に遮られる。
買い物に行っていた新羅が戻ってきたらしいが、つまずかんばかりに慌ててリビングに転がり込み、買い物袋を床に落とすと手にしていた何かをセルティにさし出す。

「ち、ちょ、セルティ、こ、これっ」

 震える手から差し出されたその紙を呆れつつ手にすると、どうやらハガキらしい。表書きは綺麗な文字でここの住所と、新羅、そしてセルティまで宛名書きされている。滅多に……いや、先日の招待状以来そんなことはされたことなく、慌てふためく新羅を他所に嬉しくなってそこをついつい何度も眺めてしまう。岸谷という名字の下に寄り添う新羅と自分の名前がなんともいえずにむず痒くなってしまう。

「ちが、ちがうっ、その、裏!」

 そうだ、ハガキといえば表があって、裏がある。惚けてしまっていたセルティは、やっと気付いてくるりとハガキをひっくり返して、固まる。

 まだ生まれたばかりの赤ん坊が、すやすやと眠る写真がどんとハガキの大部分を埋め、家族が増えました、の一言が可愛い字体で写真の上に印字されている。
 微笑ましいハガキだ、しかも、眠るその顔はどことなく、見覚えが…あるような。

 子供ができたなんて身の回りで聞いてないぞと写真の下、差出人の印字を追ってさらに固まる。

住所は聞き覚えがあるようなないような、あやふやだが、名字は、『平和島』…そして。

「こ、れ、どういうこと?!何で?!」

並ぶ名前は『静雄 臨  明日和』

 よく知る名前と見たことのある名前と知らない名前。産まれたということは、産まれたのだろう。そして教えてくれている。実にわかりやすい。

 固まったままじっと写真を見入るセルティの隣でわたわたと見苦しい程取り乱す新羅に、懐からPDAを取り出すと『いいから落ち着け』とだけ打ち込むとそのまま固まってしまう。

 いくら仲がよくてもまさかあいつらが……いや、しかし、この『臨』という人は女性であるなら同じ文字を使って違う読みをする別人であろう。静雄も実は嫁がいたなんて、水臭い奴だなあはは。

 そんなセルティの思惑を感じてか、名前の上に申し訳無く小さく印字された読み仮名を見つけてしまった。

『いざや  あすか』

 そうかそうか、お子さんの御名前はあすかちゃんか、最近のお嬢さんは名前が洒落ておられる…って。
 臨と書いていざやと読ませるなんて、さらには新羅とセルティを、この住所まで知っているのは一人しかいないわけで。でも、よくよくみると、一字抜けている。誤字かと思いきやそうでもない。一字しかない漢字の『臨』の上にひらがな三文字が狭苦しく並んでいる。

「こ、この前二人に会ったけど正真正銘男だったし静雄も結婚どころか彼女すらいないってーーー」

 ただでさえ青白い顔の新羅がより真っ青になってひたすら狼狽えている。とにかく、何がどうしてこうなったのかよくわからないが、PDAを操作し、新羅にとにかくどっちかに連絡しろとけしかける。手にした携帯に気付かないまま、「携帯がない!!」と騒ぐ新羅を影のムチで軽く殴ったり、買い物袋を踏みつけたりと一騒動が沸き起こる。
 静雄か臨也か、どちらかと連絡がついたらしい新羅が、通話を終えてげっそりとやつれるほど疲れて見えた。

「……静雄が仕事終わったら二人で来るって。うまく説明できなかったけど、笑ってたよあいつ…」

 こんなにも新羅とセルティが慌てているというのに?首を傾げつつ手元の可愛らしい寝顔を眺めれば、ペンで走り書きされた文字が隅にあった。

"そちらも幸せに過ごしてますか?"

 新羅たちに向けられている言葉なのだろうが、もっと違う、別のところへ問いかけているような気がしてくる。
 それは何だろうかわからないけども、これからやってくる二人に見せて、どういうことかわかればいい。

「臨也が鍋でもやろうってさ。また買い物に行ってくるよ」

 そう言って悲惨なことになった買い物袋を拾い上げて、若干顔色を戻した新羅に、セルティは駆け寄ってついていくと意思表示してみせる。
 途端に新羅の顔が晴れやかになり、PDAを使おうとしたセルティの手を取って強く握り締めていく。

「嬉しいよセルティ!僕とデートしたいだなんて!!このまま買い物じゃなく式場の予約に行かないかい?幽くんたちよりもずっと豪快にそしてそのままハネムーンひひひひゃい!!ひひゃいよセルティ!!」

 新羅の頬を摘んで、やれやれと溜息をついたセルティは、自室に戻ると大事に仕舞われたそれを掴み、首の上に乗せて新羅のもとへ戻る。

「ほら、行くよ。……なんだ、この格好じゃあんまりか?」

 そこには、美しい顔が先程までなかった首の上にあり、優しく新羅に微笑んでいた。本来は小脇に抱えているものだが、影で作ったハイネックで継ぎ目の薄い傷を隠して頭をのせているの。黒のライダースーツのままだと不自然かと思え、少し考えると黒のワンピースとブーツ姿に影が変わる。その格好に思わず拍手を送る新羅に、はにかむようにセルティは笑う。

「首のないセルティもいいけど、あってもまたいいよね。うん。ウエディングドレスが楽しみだよ」

「まだ、言うか…いや、でも、ルリちゃんみたいなドレスって正直憧れるよな…」

「本当かいセルティ?!それならもう今年、いや来月さっさと結婚しよう!!いやぁやっぱり他人の幸せよりもまず僕らだよね!!丁度よかった、あいつらにも今日言ってやろう!」

「……いや、その、そんな早くとか…ったく、ハガキはどうした……」

 あきれ返るセルティでも、握り締めてくる新羅の手を握り返して、夜に来る客人を迎える準備に出掛ける。
 寄り添う姿はかつての都市伝説とは思えないほど、デートを楽しむただの一人の女性に見えた。その隣ではしゃぎ倒す白衣の男は奇異の目で見られているけども。

 そんな非現実的な恋人たちが、夜にやってきた客人二人から、とんでもないパラドックスな話を聞かされ、ひたすら驚いて固まる傍ら、ハガキを見て気恥ずかしそうに笑い合うかつての悪友二人。出産祝いは届くかどうかと真剣に議論する二人を、何となしに心配してしまう新羅とセルティ。
 だが、セルティは何となく自分の意識が何かと繋がっているような気がして、目を臥せて、ゆっくりと語りかけるように念を送る。



こちらも、二人は幸せそうだよ。私達も、あの二人も。
ーーーくれぐれも、よろしく。


 まるでまじないみたいだと、半ば冗談めいての念だったが、ありがとう、と紛れもない自分の声が頭の中に響いていた。


 これは、池袋という街で少しだけ歪んだ、畳み掛けるように続いていた幸せの遁走劇。




完結





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