企画物議

□二日目(後半)
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恐怖体験をするべき場所で、思わぬ追走劇になってしまい、さらには臨也の意味不明な行動に理解できないまま途中で出てしまった。アトラクション内部の薄気味悪さを払拭する非常口の明るさに、目が慣れるまで時間を要した。出口までの短い間、昨夜からちらりちらりと見せられる臨也のどこか違う態度を思い出して行く。
旅行という違った状況で浮ついて、学校や池袋でとは異なるテンションに静雄も普段より幾許か違った振る舞いだと自分でも思っている。こんなに笑うことがいままで、あっただろうかと。
それよりも、恐れられる力を持つ自分とずっと過ごしてくれる新羅や門田にも感謝してしまうし、時折からかいはするがギリギリで喧嘩になるのを堪えていた臨也にも驚かざるを得ない。
どうして、この旅行がこうして無事に実行されたのだろうか。日頃の静雄や臨也のハチャメチャな喧噪を見ていたなら、新羅はともかく、門田はこんな旅行なんて言い出さなかっただろう。ましてや、ただ行楽地に行こうというだけで臨也が憎む静雄と旅行なんてよく思い立ったなと。
振り返れば疑念は尽きない、もやもやしてつい煙草に手を伸ばそうとした時に、出口付近で佇む新羅と門田が静雄を呼んでいた。

「あれ、静雄、もしかしてギブアップ?そんなに怖かったんだ?」

「……まぁ、ていうか、臨也が先に出て行きやがって…あいつは?トイレか?」

「臨也?あいつ、見てないぞ?」

「え?」

殆ど一直線だった出口までの道程、静雄と臨也が追いかけっこしてから早足で別のルートを駆け抜けた門田と新羅は、けっこう前からここで待っていたという。だが、先に出ていたはずの臨也とは会ってもないという。

「…向こうから出たのかな、それか途中で中にまた戻ったとか…?」

「再度入れるのか?じゃあちょっと入り口に戻ってみようぜ」

「……何やってんだあの馬鹿」

出口から出てくるかもしれないと、少しだけ待った後、三人は独特の雰囲気を持つ入り口へと戻っていく。だが、恐々と入場する他の客と案内役のスタッフ以外、臨也はやはり見当たらない。臨也がこちらにきたかどうか尋ねてみたが、やはり薄暗さと人の行き来が激しい入り口なため、気付けなかったという。
周辺をぐるりと見渡してもそれらしい人影がなく、携帯すら通じてない。

「高校生にもなって迷子とか、園内アナウンスかけてもらおうか」

「呼び出してものこのこ現れるわけないだろ、シカトして帰るだろうよあの馬鹿は」

「いや、だが、あいつどこいったんだ?本当に臨也も静雄と同じドアから出て行ったんだよな」

「……あ、ああ。逃げ回って隠れて、そのまま。なんか、いつもの調子じゃなかったけどよ」

「もう君たちは本当に……何か、臨也の奴、体調でも悪かったとか?」

呆れ切った新羅と門田の後ろを、辺りを見渡しながら歩く静雄は、そこで昨夜からの疑念を話してみるべきだと悟る。

「なんか、気のせいかと思ったけど、昨夜からなんかあいつおかしくてよ……」

喧嘩腰とは違う、何か訴えるような曖昧な態度と言葉、そして先程の不可解な言動。掻い摘んで静雄が聞いたままに二人に話すと、新羅と門田は目を丸くして顔を見合わせていた。

「………それで、静雄は何か答えたのかい?」

「……いや、特に……さっきは、特別に臨也が嫌いだと言ったけど…」

「……ああ、へぇ、そう……うん、そうか」

言葉が重く、一人考えては頷く新羅に、門田も何か思いついたようにしばし口を閉ざした。そして、はぁ、と大きく溜息をつけば、二人を窺う静雄に向く。

「……よし、あいつが一人で帰るなんてないだろう。静雄、俺たちは入場口あたりで待っているから、お化け屋敷付近を探しにいってくれないか」

「……え?何で、俺」

「君なら遠くに潜む臨也だって見つけ切れるだろ?もしもこっちに現れたら携帯鳴らすから、ちょっと向こうを見てきてくれよ」

街中で追走劇をしていても、人混みや雑踏の中から瞬時に臨也を見出せる、ある意味特技を持つ静雄だ。確かにそこそこ賑わうこの園内で、すぐに見つけ出そうなら敵人だ。だが、なぜそれなら。

「おまえ等も一緒に行けばよくね?なんで二手に分かれるんだ?」

「こっそり帰ろうとしたら止められるじゃない」

「この辺りに隠れてないか、探せるしな」

そして三人でふと時計をみやると、時刻は夕方に差し迫る16時過ぎ。閉園時刻は17時。あまりのんびりと迷子を探す暇はなさそうだ。

「……ちっ、それならちょっとあの馬鹿探してくるわ。見つけたら知らせてくれ」

「うん、わかった」

「頼むな」

あまり納得していない様子で来た道を戻る静雄を見送り、二人は園の出入口へと向う。そして考え込んでいたこんな事態の要因が、新羅と門田、それぞれ頭に過っていく。

「……どうなると、思う?」

「いつもの調子だったら、どうしようもならなくなる……だろうな」

「………どっちかが折れたらいいけどなぁ……」

どうか弁償沙汰にだけはならないでくれと願いつつ、二人はのんびり出口付近の休憩コーナーに座り込む。前々から臨也の静雄への態度、そしてこんな旅行の立て役者であり昨日今日の態度。それに伴う静雄の困惑と動揺が、自覚のない感情を抱え込んでいるからじゃないかと二人は考えていた。

「青春っぽくなってきたねぇ、……あれ、ドタチン?どうしたの」

「………いや、何だかな……心配で」

「……まぁ、色々と心配になるよね」

ひねくれた奴だと新羅が臨也を評しているように、臨也という奴は常識やこれまでの人間と同じ様に計り見たら理解できない。友情や親交を少しずつ深めていくべき人間関係を営もうとせず、臨也は他人の隙を見つけてつけ込み、そこから一気に仮初の友情を創り上げては友好関係を築き上げていた。新羅、門田は臨也にとって策を練らなくてもつきあえる人間として見られている。だが、他の生徒らは、臨也に対して友情を感じてはいるが、臨也から見ればそれはまやかしだ。その場その場で何らかの利が生まれるなら、人脈をフルに活用できる手段の言い訳。

そんな中、まやかしも何も通用しない静雄が居る。
突き放すこともできず、懐柔するわけにもいかず、無関係を装うこともできない。ただいがみあって今にも殺されかねない喧嘩を繰り返す。始めは本当に理解できない相手に心底辟易し、二人お互いに殺意と嫌悪感を持て余していた。だが、それが、そんな感情がある日に、もしかしてと勘づいてしまってから見方が変わる時があった。
こんなにも、激しく相手を思っているのは何故だろう?どうしても大嫌いすぎて、気が付いたらずっと相手が気になって仕方なくて。まるでーーみたいだと。

それを馬鹿馬鹿しいと目を反らしたのは静雄、まさかと考え込んでいったのは臨也。こうして旅行に出たことで、何らかの結果がでやしないかと、思い立ったのも臨也。胸に突っかかる複雑な想いが、魚の骨のようにずっと胸に刺さっていて、早くどうにかしたい。

そして、そんな気持ちが昨晩から少しずつ静雄にも芽生えてきていた。



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