企画物議

□二日目(後半)
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 はっと何かから落ちるような夢見のように、目を覚ました時は、あたりはより静かなもので、探り当てて開いた携帯の液晶は、真夜中近くを示していた。眠ってしまったと後悔が残る眠気を吹き飛ばし、隣のベッドで眠る臨也に一歩近づく。

「………シズちゃん?」

 掠れた声がベッドでたじろぐ人影から聞こえる。やはり起きていたのに気付けなかった申し訳なさと、目を覚ました安堵が胸に過る。

「……気分はどうだ?まだ、痛いか?」

 冷蔵庫から水を取り出し、ボトルのキャップを開けながら問うと、臨也は何とか暗がりでも見えた頭を横に振る。キャップを外した水を手渡すと、横向きに身体を起こし、少しだけ水を飲んでナイトテーブルに置く。
 ナイトスタンドを点けると、眩しそうに目をしかめたが額の冷却シートを外して静雄に顔を向けた。

「今、何時かな。携帯ちょっと見たくなくて」

 手の甲で瞼を軽く押さえ込んでいる様子から、そういえば眼精疲労とか新羅が言っていたと思い出す。
もう一度携帯を開いて時間を確認し、告げると、そう、と流される。そして沈黙。

 こうして二人きりになるなんて、学校でもそうない事。何を話すべきなのかわからなくなる。
 いつもなら、何かしらふっかけられたりからかわれたりして、喧嘩しているのだが、相手がこんなに弱っていて冷静なまま一緒に居るのは初めてに近い。
 取り合えず冷蔵庫からこっそり買ったチューハイを取り出し、緊張が解れればいいと思いながら口につける。冷蔵庫内のゼリーや飲み物から、やっと一つ話題を思いつく。

「……腹は減ってないか。ルームサービスとかできるって言われてんだけど……食べれるか?」

横向きでナイトスタンドに背を向けている臨也は、その言葉にしばし考えこんでからそのままの体勢で答えた。本当に弱りきっているのか、寝起きだからか、酷く声音は細い。

「……いや、いい。寝過ぎたかな。まだ水だけでいいや」

「薬まだ飲むなら、ゼリーがある、それだけでも食ってから飲めよ」

「どうも……なんか、シズちゃんがこうしているなんて、不思議だ」

 不思議というなら、それは静雄だってそう思っている。弱っているだけで日頃からムカつくだけの臨也に、心配してやれているのだから。そう思えば苛立ちだけが沸き立つもので、慌ててチューハイを煽って鎮めようと努めた。
 酒の味よりやたら甘い果物の味しかわからず、酔えそうもないと思えてくる。ひたすら静かな部屋、やがて臨也が起き上がってベッドに腰掛けていく。身体が重いのか、酷くゆっくりに見えた動作だが、夕方蹲って動けなかった姿よりずっと具合は良さそうに見える。

「……それ、酒?一口くれないかな」

 いきなり病人が何を、と驚くより呆れたが、そんな静雄の考えを見越したのか、いいから、と細い腕がこちらに伸ばされる。

「また悪酔いするぞ」

「迎え酒、だよ。酔えた方が、話せそうだしさ」

 それは静雄も同じように考えた。会話に困る中、素面ではこの空気は打開できそうもない。半分以下しかない缶を渡して、新しい酒を冷蔵庫から取り出してそのまま飲み干すよう無言で促す。
 ぐっと飲みつけた臨也は、若干空きっ腹に流れ込んだ酒に詰まる息を吐き出し、静雄も開けたばかりの酒を半分まで飲み下す。ようやく頭の中が柔らかくなったような、ふわふわとした酔いが回ってくる。
 窓辺のソファーにいき、窓を開けて煙草に手を伸ばす。それでも、日頃から煙草について煩い臨也は何も言わない。煙を上げていくうちに、臨也が静雄のいる方へ座り直し、手にした缶を手で弄びながら力無く笑った。

「……ねぇシズちゃん、昨日、今日楽しかった?」

「……え、あ……まぁ、そうだな」

「それなら、良かった」

 いつもに比べて勢いのない臨也だからか、調子が狂う。振り返れば臨也も随分と静雄に対して大人しかったし、旅行ということでテンションもそれなりに上がっていた。何より、憧れていた遊園地に来れたのは純粋に嬉しかった。
静雄の答えに気を良くしたのか、病人はふっと笑いながら残った酒を飲み干し、また水を少し飲み下す。

「テメェも、よくこんな旅行に気乗りしたな。絶対に参加するとは思わなかった」

「そう?同世代の連中が、こんな小旅行ではしゃぎ倒しているからさ、そんなに面白いものかどうか、試してみたかったし。ここに前から来てみたかったのもある」

 ちくり、といつもの苛立ちを煽ってくる臨也の御託を予感して、気を紛らわせるために黙って酒を飲み下す。何て皮肉を返そうか考えていたが、臨也の言葉はまだ続いていた。

「……けど、思いの他、楽しかったよ。いつもの変り者の集まりでもすごく」

 珍しいほど素直な言葉。まさか臨也からそんな、裏のない言葉が聞けるなんて思ってもなくて、うっかり煙草が手から滑り落ちそうになってしまう。驚かれたことに、少しばかり顔を引きつらせてしまった臨也だが、すぐに意地悪く笑う。

「まぁ、でも、楽しまないと損だしさ。良かったよ、ドタチンも新羅も楽しそうだったし」

「……そうだな」

 4人で楽しめた旅行だったと二人それぞれ思い起こし、少しずつ気まずかった空気は軟化していく。煙草を消し、窓を閉めると静雄も臨也と向かい合うように静雄のベッドに腰掛ける。近寄った静雄に些か緊張を見せたが、あまり顔を見れないでいる静雄には何も言わない。
 今度の沈黙は気まずくなく、ゆったりとしたものだと思えた。二人それぞれ、何も無い空間を見据え、考えて、考えーーー

「臨也」

「……え、ん?何?」

「お前さ、昨夜寝る前に、俺に何か言いかけただろ。覚えているか?」

「………昨夜……ちょっと曖昧だけど……なんで」

「……テメェが言いかけたことは、どうせ俺にはどうでもいいだろうが、テメェにとっちゃ大事な事だったんじゃないか?」

 その言葉に、ぴしりと顔を強張らせてしまった臨也は、その態度で静雄の言葉を是訂してしまった。それを見逃さなかった静雄が僅かに体を乗り出して、問い詰めるような姿勢をとる。

「……別に、大したことじゃないよ。酒の肴に他愛もない話を」

「……いいや、テメェはいつもと違った。大方あんな態度の時は何か思う事があってだ。……白状しろ」

 ずいと身を乗り出して問い詰める静雄は、笑っていない。臨也の日頃から察するに、何かしらよからぬ企みやからかいをしようとした、なんて静雄は考えていた。激昂する手前の静雄に、その通り、と誤魔化すような言葉を言うべきか迷った。むしろ、適当にでっち上げて終らせてしまおうかと。

 だが、それじゃいつまでも逃げていることになる。

「……ほんと、シズちゃんは鋭いなぁ」

 はぁ、とついた溜息が震える。まだ己は逃げたくて口は出鱈目を吐き出してしまいそうだ。それでも、ぐっと堪えて胸の奥に突っかかる言葉と感情を引き寄せていく。
 顔が熱い、目眩がする、喉がカラカラだ。
 言ってしまう事が怖い、相手も自分もこれまでとは変わってしまう予感。けれども、緊張の奥に、微かに感じる手応え、自信。言っても大丈夫、という確証のない直感めいた自信。
 目線を泳がせながら疑いつつ見守る静雄に、ぎこちなく笑ってみせる。そして、溜息。

「……本当に、どうでもいい話なんだけどさ」




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