企画物議

□二日目(後半)
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 今朝チェックアウトしたホテルに一旦全員で戻り、門田が手早く事情を説明すると、すぐに部屋に案内してもらえた。さらに、気の利いたホテルマンの計らいで近辺の緊急病院も教えてくれた。栄養ゼリーを無理に口にさせ、鎮痛剤を飲んだ臨也は何も言わないまま横になり、使い捨ての解熱シートを額に貼りつけて寝てしまう。本当に寝てしまったのかどうかわからないが、静かなまま横たわってしまったので、門田と新羅は荷物を持って、静雄は手ぶらで部屋を出る。

「……鎮痛剤は5時間以上感覚を空けて飲ませてやって。痛みが引かなくて動けないなら救急車呼んで病院。…すぐ引くといいんだけど」

「……」

「不本意で納得できないだろうが、緊急事態なんだ。明日、無事に帰ったら連絡くれよ」

「……ああ」

複雑な表情で、二人をホテル前まで見送る静雄に、思う事がある二人はお互いに目配せすると新羅が口を開いた。

「……あのさ、静雄、変な事言うかもしれないけど、怒らないでくれよ?もし、もしもだ。臨也が君にお詫びをしたくてこの旅行に参加していたと聞いたら、君は、どうする?」

「……え?」

「これまで、あいつは君と喧嘩して嵌めて貶めて、それでコミュニケーションを培ってきた。だけれど、それだけじゃ嫌気がさしてきた、けど素直に謝るなんてあいつの性格上無理なことだ。これから先もきっと喧嘩していくだろう、もっと酷い目に合わせるかもしれない。ーーーそんな奴だからね。悪いと思っても、謀略の結果を見たいという自己利欲を絶対に諦めないからさ、君に罪悪感があっても、謀を巡らせて貶めることは止めない。
だから、せめてこの無茶な旅行で一緒に楽しんで、あいつなりの友情ってのを実感して、君にも楽しんで貰いたいと考え付いた。……なんて、まぁ、とんでもない話なんだけど」

 新羅のあまりにも突拍子もない話に、静雄は怒るどころか呆然として新羅の言葉を反芻していた。だが、少しだけ時間をかけて理解したのか、首を横に振って、有り得ない、とだけぼやく。

「あいつは人をおちょくって、陥れるのが趣味だろ。そんな、こんなまどろっこしい旅行なんて、機会があればまた何か仕掛けようとしたかもしれない。謝られたなら俺はそのままあいつを殺す」

 ぎらりと静雄の目に苛立ちと怒りの色が宿る。新羅も角田もすっかり見なれたが、やはり迫力はある。それでも、物怖じすることなくじっとその目を見つめ返し、一息置く。

「……それなら、あの馬鹿はなんでこの面子の旅行に参加しようとしたのかな。あいつなら、ただ旅行するならどうでもいい友人や知人は溢れている。そして、静雄、君も。あの臨也と、勢いとはいえ一泊二日の旅行なんて、よく思い切ってくれたね。君すら気付いてない、何らかの思う事があったんじゃないのかな?」

「……馬鹿馬鹿しい、俺は、ただ」

 しくりと胸が押さえつけられる気がして、半ば焦るように否定の言葉が口から出ていきかけた。だが、それをやんわりと制したのは静かに割り込む門田だった。

「……静雄、俺もそう思う。お前も臨也も、どちらも似たようなもんだ。素直になれなくて意固地に振舞ってんじゃねぇかと見えてしまう。仲直りとかより、少し辛抱して話してみたらちょっと誤解しているお互いが見えるんじゃないか?」

 静かだが、意味の重い言葉が静雄の頭より胸や腹に落ちていく。誤解、という言葉が何よりも引っかかる。
 上辺だけならこの世のどんなものより、下手したら暴力にすぐ走る自分自身より憎い存在だと思っている。すぐ熱くなって周りが見えなくなる自分を焚き付けるようにからかうのを心底愉しむ、悪趣味な奴だと。

「……まぁ、多分朝まであいつ、ヘロヘロだろうから、トドメさすのも話し合うのもできる。じっくり考えるいい時間じゃないかな」

「どんな結果でも、ちょっとは納得できる答えが出ればいい。見て見ぬフリしてるものがあるなら、な」

「……おい、どういう……」

「はぁ、ほんとに君は疎いというか……あ、時間だ。それじゃ静雄、よろしくね」

「また週明けな」

「って、おい?!」

 問いつめようとする静雄から逃げるように、時間を気にして二人はさっさと駅に走ってしまう。追い駆けようとしたが、臨也の存在がそれを止めて、二人が振り向きもせずに向こうへその姿を小さくしてしまってから、やっと二人に背を向けた。とりあえず、昨日もお世話になったコンビニに行き、飲み物や軽い食料と、弱った臨也でも口にできるようなインスタントを買って、若干急ぎ足で部屋に戻る。
 明かりを消して出て行ったため、薄暗い部屋にそっと入っても、臨也が起きている気配はしない。何となくほっとして、ナイトテーブルを挟んで並べられた片方のベッドに腰掛ける。もう片方に横たわる臨也は変わらず目を伏せたままだ。そして、鏡台の上にある部屋の電話にメッセージランプが点灯しているのに気付いて、気を使ってフロントに電話をかけてみる。
 部屋番号も告げずに、メッセージランプがついていた事を言うと、フロントの女性がお連れ様の具合はどうかと心配し、よければルームサービスもできると教えてくれた。深夜近くまで、おかゆやうどんなど病人向けの食事が利用できるという。目を覚ましてから臨也に聞いてみると応えて、とりあえず礼を告げて通話は終わった。

 飲み物を備え付けの冷蔵庫にしまい込み、窓際のソファーに座って火をつけた煙草を一息吸い込むと、どっと疲れが押し寄せる。最後あたりはドタバタとしていたが、朝から夕方まで、楽しんでそれなりにはしゃいでいた。…こんなに全力で遊んだのは初めてじゃなかろうか。
 ポケットにねじ込まれていたパスポートを取り出し、元来一人分の顔しか入らないはずの写真欄には、4人が狭苦しく入り込んで写っていた。具合が悪いと言っていた臨也も、学校で見せる意地悪く楽しむ顔じゃなく、普通に楽しもうとしている顔をしていた。新羅も門田も、つられて入り込み、そして少し気後れして戸惑う自分。さっきまでそんな時間だったのに、振り返れば随分と前の話に思えてくる。

きっと、二度とはできないだろう、こんな旅行。

 そう思うと少しだけ淋しく思えて、なんだか煙草も苦味が強くなる。窓を開ければ、冷たい夜風が吹き込んで煙をぼやかしていく。
 そんな静雄をよそに、臨也はさっきまで酷く痛そうにしていたが、薬のおかげか今は規則正しい寝息を立てて行儀良く寝付いている。 
 だが、その寝顔をじっと見つめているわけにもいかないと立ち上がり、とりあえずシャワーでも浴びてゆっくりしようと風呂場に向かう。起こさないように殊更気を使って、熱めのお湯で疲れた体を洗い流す。そういえば、家族に知らせなくてはと思い出し、手早く頭から全身を洗い流すと、水気を適当に拭いただけで着替え、そっと風呂場を出る。まだ臨也は変らない体勢で眠り込んでいて、携帯を掴むとそっと部屋を出る。
 フロア毎にあるちょっとした休憩コーナーの灰皿の脇に立ち、弟が出た家の電話口へ今日も泊まることを告げる。旅行の延長か、という問いかけに、言いにくいが臨也が倒れてその付添だと言うと、弟の幽が僅かに押し黙る。

「……そういうことだからよ、明日の昼ぐらいには帰る」

『……兄さん、よかったね』

「え?は?よかった?」

『お大事に、てよろしく。じゃ』

「……え?」

 そしてがちゃりと切断された電話、弟ですらよくわからない事を言い出すなんて。あの二人といい、一体なんだと一人残されたような苛立ちを、無理に吸い込む煙草の煙で誤魔化していく。あまり部屋で吸ったら病人に悪いし、一緒の部屋に二人きりなんて気まずいだけ。丁度いい避難所を見つけたと、フロアの休憩コーナーを見渡して離れる。扉を開けるにも気を使い、薄暗い中、やはりまだ眠る臨也に対して複雑に思いながら、もう片方のベッドに転がり込む。びしりと張られたシーツが、風呂あがりの火照った体を冷やして心地いい。伸ばした足はずしりと重くて、疲れが眠気を無理矢理増幅させてしまう。

 考えたいことがあった、周りから、臨也から重ねられて
いく疑問。何の事かわからなくて、何が言いたいんだと思わされる事。もやもやとした濃い霧を押し付けられて、振り払おうとしても、どんな言葉でも消えやしない。それが、少しずつ日頃の自分の怒りや苛立ちを堪えた先にあるような気がしていた。
 もう少し、もう少し考えたらーーー

しかし、閉じた瞼は言う事を聞かず、意識は眠気に引き込まれて落ちるように眠ってしまっていた。





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