企画物議
□二日目(後半)
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広い園内でも、さっきまで居たアトラクションより奥は、何らかの施設を作ろうとして作業用のテントが張られている。閉園が近付いて、奥へ向う静雄とはすれ違う多くの客の中に、臨也の姿はなかった。
本当にどこに隠れてやがる…
どこまでも人様に迷惑をかける野郎だと吐き捨てる傍ら、何かしらの不安が過るのを否めない。まさか、とか、もしかして、なんていうくだらない不安。
途中で、案内役の係員に臨也を見かけなかったかと尋ねようとして、ふとポケットにねじ込まれているパスポートが思い出される。4人全員のパスポートには似たような写真が撮られていて、そこには浮かれている面々がしっかりと写っていた。
「すみません、連れを探しているんですが…」
静雄の隣で珍しく楽しそうに笑っている臨也を示すと、係員はしばしその写真を眺め、あ、と声をあげた。
「確か、先程、ここを通っていかれましたよ。少し暗い顔をしていたので気分でも悪いのかと……」
やはりあいつはここら辺にいた。係員に短く礼を言うと、駆け足でほとんど直線の歩道を行く。山間の夕暮れは早く、段々と暗くなる空に、園内の外灯がチカチカと点灯されていく。
"近日オープン!"と書かれた看板が掲げられたテントを通り過ぎ、ちょっとした公園とも見える広場を突き進む。そして、そこにベンチが並べられた一角。
いた。
黒髪で、細っこい体躯が力無くベンチに座り、俯いているようだ。やっと見つけた安堵も、手間かけさせられたと憤慨する気持ちが綺麗に吹き飛ばし、大股で近付いていく。ずかずかと近寄る静雄に気付いてないのか、臨也は項垂れたまま動かない。
「……おい、テメェ、何してんだ」
あと一歩踏み込めば殴れそうなところで立ち止まり、項垂れている臨也のそのうなじや肩を見下ろす。相変わらず細い奴だなと改めてみていると、静雄の声にその肩が揺らされて反応を見せる。
「……なん、だ。シズちゃんか…」
力無い返答は日頃からかけ離れた声音。調子が狂う、と顔が引きつってしまう。もう閉園を知らせるアナウンスが始まってしまった、とにかく出ようと臨也に半歩近付くが、動かない。臨也は。
「……いいよ、放ってくれて。シズちゃん、気にせず帰って」
「……はぁ?」
「………俺、なんかおかしいんだよ。だから、放って…」
そう言って立ち上がろうとした臨也だったが、びきりと身体を強張らせ、口元を押さえて身体を屈めてしまう。地面にそのままうずくまろうとしていて、驚いた静雄が慌てて臨也の肩を掴んでしまう。
「…?!おい、どうした?!」
「……あ、たま、痛っ……」
顔色が朝よりも青白い、というか土気色だ。二日酔いを訴えていた今朝が思い出される。無理してはしゃぎ倒して悪化したのだろうか。
「……馬鹿かテメェ、痩せ我慢してたのか?!」
「……ほん、とに、平気だったのになぁ……ちょ、大声、やめて……」
立ち上がれそうにない様子に、いつまでもここにいるわけにはいかないと慌てる反面、どうしたらいいか一瞬躊躇ってしまう。しかし、携帯を取り出して新羅へと発信させる。無機質な呼び出し音が耳を打つが、ばくばくと脈打つ鼓動がその音を小さくさせる。やっと繋がるまでの十秒そこらがとんでもなく長くも思えた。
「……あ、おい、新羅、お前今薬持って……臨也見つけたけどよ、こいつ、なんか頭痛いって」
つい声が荒くなり、頭痛を訴える臨也から立ち上がって離れる。頭を抑えたままうずくまって動けない臨也を横目で見ながら、驚いている新羅に症状を見たまま知らせる。幸い鎮痛剤はある、だけど、もう閉園時間だ。新羅がこちらまで来るには時間がない。歩けそうにない臨也に、焦りからあまり考えることなく静雄が動いた。
「………捕まれ」
「……え?う、わ?!」
うずくまっていた臨也の腕を捕らえ、背中を向けて目の前に座り込んだ静雄はその腕を肩に担いでいく。軽々と引っ張られ蹲っていたはずの臨也は、あっさりと己の身体を静雄の背中に乗せてしまった。
「……な、なんっ……いや、おろせ!」
唐突の事に一瞬だけ頭痛を忘れられたが、自分の叫び声でまたガンガンと頭が割れるように痛くなってしまう。打ち付けるような頭の痛みに、静雄への抗議も呻き声に変わってしまった。弱るその姿を背負う静雄は、短く舌打ちしてゆっくりと立ち上がり、細い膝裏に腕を回して足早に歩き出す。
「もう閉園時間だしよ、グズグズしてらんねぇんだ。体調悪い時ぐらい黙ってろ」
「……なん、それ……だからと言って、こんな……」
「歩けないなら仕方ねぇだろが。俺だってやりたくねぇんだ、……吐きそうだとかねぇよな?」
「……ちょっと……」
「なら我慢しろ。どうしても吐きたくなったら言え」
いつもより声量を抑えて臨也に檄を飛ばすも、その足は真っ直ぐ新羅と門田の元に向かっていく。人目につかないようアトラクションの裏手を選んで歩き通し、ようやく休憩コーナーであたりを見渡していた二人に見つけられた。閉園までもう、すぐだった。
「……なに、どうしたの臨也、二日酔い?」
真っ青な顔で静雄の背中に背負われている臨也は、痛む頭を静雄の肩に押し付けてどうにか痛みを和らげようとしてしまう。ぐいぐいと背中を押されるのは少なからず痛いのだが、時折痛みを堪えるような苦し気な吐息が背に当たって戸惑う。
「病院とか連れて行った方がいいんじゃないか?とりあえずここを出よう」
蛍の光が響き渡る園内から、門田を先頭に荷物を掴んで離れていく。こうして出て行くとなれば時間があっという間に過ぎてしまったと思えるが、一人、急病者が出てしまった。
新羅が脳こうそく等命に関わるような症例を危惧する中、臨也が目の奥までが痛過ぎて吐きそうだと絶え絶えに訴える。すると。
「……眼精疲労かな。二日酔いもそれに重なってしまったんだろう、一晩ゆっくりすれば良くなるよ。よかったね臨也、僕はてっきり憑かれたものだと…」
「やめろ縁起でもない……いやしかし、これはこのまま東京に帰れそうもないだろ、こいつ」
本来の予定なら、このまま帰路につく手筈だ。しかし、臨也はベンチに座り込んだまま動けていない。少し離れて見守る静雄をよそに、門田と新羅はしばし考え、頭を抱える臨也を見て、そして静雄に向き直る。
「もう一晩、ここらへんで泊まった方がいいかも。無理させていいものじゃないからね。ちなみに、静雄は明日、何か予定あんの?」
「え?いや、別に…」
「それなら、臨也に付き添ってやってよ」
「は?」
「え、だって明日も暇なんだろ?帰りの切符はまだ買ってないし、こいつ一人にするわけにもいかないしさ」
「ち、ちょっと待てよ、何で、てか、おまえ等も残ればいいだろが」
「ごめんね、明日セルティが休みなんだ。だから僕は何があろうと、帰る」
「悪ぃ、明日俺、朝から仕事なんだわ。今日帰らないとダメなんだよ」
「……お、おい…」
「まぁまぁ、こんなヘタれてる臨也なら君にちょっかい出さないだろうし、旅行代金分の付添いのバイトとでも思ってよ」
「……」
「とにかく、臨也を横にしてやろう。旅行の延長だ、変なしがらみとか考えないで付き添ってやれ」