企画物議

□二日目(前)
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二日目


誰かの携帯のアラーム音が鳴り響く室内、音に揺り起こされて朧げに目を開ければ見なれない天井が霞んで見えた。あれ、と思って見渡せば眠たそうに布団の中で身動きする頭は見なれた学友らで。

ああ、旅行にきたんだった、こいつらと。

改めて違和感を感じながらも、大きく伸びをして携帯のアラーム音がまだ続く室内で半身を起こす。ぼさついた金髪を掻き回し、カーテンを引けば目の前には真っ青に晴れ渡った空。

絶好の後楽日和、その朝は静かに始まった。




静雄がカーテンを開ければ、門田が大きく欠伸をして起き上がり、短く挨拶を投げてくる。煙草を手にした静雄が答えてやっとアラームが止まった。音の主だった携帯を手にして起きたのは臨也で、新羅は釣られて目を開けた。布団に転がり、引き摺る眠気に逆らおうとしない臨也と新羅を横目に、門田は体を解しながら洗面所に消える。冷える朝の空気を煙と共に吸い込みつつ、転がる空き缶から昨夜の寝る前にあった事を思い出す。
何となしに臨也を伺えば、こちらに背を向けて寝転がり、何度か欠伸を噛み締めていた。
あの時何を言いかけたのか?
聞きたいけれど、多分答えは返ってこないだろう。いや、酔った勢いで口にした何でもない言葉が続いただろうし、もう忘れてしまっているかもしれない。
聞くだけ無駄だと思う反面、もしかしたらあの言葉の先には敵意を感じさせない言葉が続いたかもしれないと少なからず期待していた。だが、それは臨也にはあり得ないだろうと思い直し、ようやく覚醒してきた体を動かして支度に立ち上がる。まだ眠気を引きずってはいたが、最初で最後のこの面子での旅行、楽しめるのなら楽しんでやろうじゃないかと決闘にでも挑む覚悟ができていた。



ホテルでのバイキング形式の朝食で軽めに腹を満たし、開園前に出発する。宿泊代をあくまで出そうとする静雄に、新羅と門田がやんわり止め、飲み過ぎたと唸る臨也を引き摺って目前の遊園地へ向う。
開園間近だからか、平日だからか、広い駐車場はまだ車や人影は少なく、まだ動かないアトラクションの数々を見上げたなら、少しずつテンションが上がってきた。

「ところで臨也、大丈夫?二日酔いなら真っ先にチキンになるよ?」

「……うあ?いや、風に当たれば大丈夫だって…アレに乗る前にフジヤマに乗って酔いを飛ばす……」

「吐いてもしらねぇぞ。やっぱり入り口付近から攻めていくべきだよな」

「しばらく休んでから乗ったらどうだ?無理すると午後まで持たないだろう」

よく晴れているからに、遠くの冨士の御岳はよく見える。山間だから少しばかり肌寒いが、これから挑むアトラクションを思えば身体は期待に火照る。

「いや、大丈夫。そこまで酷くはないし……」

どことなく顔色の悪い臨也は誰とも目を合わせようとしない、それも特に静雄とは。だが、常日頃からその調子だからか、当の静雄は別に気にしてもいなかった。
にこやかな受付を通り過ぎ、最初に待ち構えるのはパスポート用の顔写真撮影だ。この面子でカメラが好きだというのはいない。しかしその場の空気か、勢いかで、それぞれの写真には嫌がらせをしようと割り込む全員が写り混んでいた。四人それぞれのパスポートは、誰がどれを持っていてもいいほどしっかり四人が写った。その表情は笑ってもいないけれど、賑やかな一場面が四度、撮影所を占領したものだ。

園内MAPを手に、邪魔な荷物はロッカーに。
開園と同時に園内に降り立つ四人はそれぞれ目配せあって、笑い合う。

「とりあえず全員全部のアトラクション制覇して、誰がチキンか決めようか」

「シズちゃんには負ける気がしない」

「臨也のヘタれ具合を見届けてやる」

「……普通に楽しめよお前ら」

そして四人が手始めに向かうのは、初速から130キロを越すスピードで始まるブッチ切りアトラクション。
ーーーここ富士Qハイランドは、ネーミングセンスやアトラクションの精度を見ても、そこらの遊園地と比べて一線を超えている。スリルと興奮を追い求めるエンターテイナー、それがこの遊園地。

人がまばらにしかいない今日は、飽きるまで全てのアトラクションに乗り継ぎできるだろう。繁忙期には何十分と待たされるだろう人の列を正すためのチェーンを飛び越えて、あっさり乗り場に辿り着く。
待たされないというだけで、優越感を感じながら全員パスポート片手にいざ乗り込んでいく。
洞窟を思わせる薄暗い乗り場、ジェットコースターのように高々と上がらないレール。やや緊張した面々が係員の案内で乗り込み、静かにその時を待つ。

「絶対に頭を動かさないでくださいねー、では、いってらっしゃーい!」


目前の信号がカウントダウン、そしてーーー疾風。


四人を乗せた車体は大きく唸ると、轟音を立てて瞬時に速度をあげ、あっという間に室内の乗り場から眩い外に走り抜けていた。
かかる重力や風圧、体感速度に悲鳴どころか瞬きすらもようやっと、まさに張り付けられているままに車体はレールを走り、高低、斜度、カーブを描いて瞬く間に乗り場に戻っていく。
安全ベルトを外しても呆然とした四人は、お互いに顔を見合わせるとふつふつとその顔に感情を戻していく。

「これは…全くもって新しい体感だったよ、うん……セルティに会いたくなったぐらいだ」

「すごい衝動だったな、首がいてぇ。……臨也は大丈夫か?」

門田が体調不良だった臨也を気遣うと、顔色はまだ明るく無いが、不敵な笑みを浮かべ出していた。

「酔い覚ましには最高のアトラクションだったね、風には当たるし、回転もないし、そんなに酷くないし。俺よりシズちゃんがどーだったかな?」

そういって静雄を見れば、俯いて何か考えているのか、気分が悪くなったのか、口元を手で押さえて歩いていた。まさか一台目でギブアップか、と思いきや口から手を離していくと。

「……やべぇ、超楽しいんだけど」

真剣な顔のまま、ぼそりと呟かれた言葉から察するに、沸き上がる興奮を表現しようにも彼の表情筋がついてこないらしい。つまらなさそうな臨也を他所に、彼らはいよいよ入り口から存在感を醸し出していたコースターへ向かう。

高低落差、斜度、そして滑走時間が国内トップクラスの人気アトラクション。最前列は座れなくても四人同じ車体に乗り込み、店員とハイタッチして出発した。

緊張が高まるはずの高みに上るまで、四人は手を上げるかどうか、向こうの富士山がきれいだとか、どうでもいい会話を交わして、人気不動の凄味を十二分に味わっていく。
滑り落ちる瞬間こそ四人それぞれ声を上げるが、一番哀れだったのは新羅だった。門田と静雄はその声に苦笑し、臨也はこれでもかといわんばかりに笑っていた。
悲鳴が沸き起こる中、それなりに肝を冷やしたはずだが、見栄や気合で笑い飛ばし、最後にはどうにか新羅も悲鳴を堪え切れたようだ。


「あーっ、笑った笑った〜…新羅、意外とこーゆーの苦手だったとか」

「う、うるさいな!僕はインドア派なんだよ…もう、臨也は本気で後生末代まで笑い草にするだろ…」

「もう一回ぐらい乗りたいな、今度は最前列で」

「静雄からそんな台詞が聴けるとはな…いやそれより他に回ってからまた戻ろう」

ぎゃあぎゃあ騒がしく園内を歩き回る四人組は、日頃は喧嘩する二人と仲裁役なんてだれが思えるわけもなく、笑い合ってふざけあい、ぎこちないながらに静雄も笑って相応にはしゃいでいたようだった。
旅の恥はなんとやら、で臨也と静雄が短くとも何でもない会話を交わすまで緊張がなくなっていた。
東京、池袋に戻ればここでの思い出も遠くなり、また喧嘩するだろう。門田と新羅もこんなに二人と会話をすることもなくなる。先のこともあとの事も、一切考えないように、ひたすら園内のアトラクションを追い駆けては乗り継ぎ、気に入ったものは繰り返し乗り、やがて本格的にダウンした新羅を置いて三人はいよいよ本命に向う。

「……どうもこうも、やっぱり理不尽なほどに回っているよね、足場がない上に座席まで回るとか。やはりここは発想が違う」

頭上のレールを滑り行くのは噂のアトラクション。すごい早さで車体と悲鳴が通り過ぎて行く。高々とそびえるレールは元来のジェットコースターのように弓なりなレールではなく、垂直だったり曲がりくねっていたり、はては食い込むように折れ曲がっていたり。
平日でも人気のアトラクション、少しばかり列を作っていたが、丁度いい休憩になる。

「お腹減ってない?俺は軽くでいいんだけど」

「…そうだな、これ乗ったら飯にすっか」

「屋台っぽいのあったよな。朝飯食いすぎたから俺もなんか適当でいいか」

「ところでさ、ドタチン、シズちゃん、向こうにあるの何か知ってる?」

乗り場に向う途中、園内の奥にある古ぼけた大きな建物。アトラクションなのだろうが、あまりいい感じはしない。

「あれがかの有名な富士Qの探索型お化け屋敷……一時間近く廃墟の中を歩き回る本格的な肝試しだよ。新羅も絶叫系じゃないからいけるだろうし、午後はあれいこうよ」

「……それもある意味絶叫系じゃあ…」

そう言われて静雄は手元のパンフレットに記載されている「最怖!」とでかでか書かれたアトラクションに目をやる。
普通、10分もあれば終わるタイプのお化け屋敷しか記憶にない。アドベンチャーのように廃墟の中を歩き回り、さまざまな仕掛けを見て回るのだろう。

考えただけで背筋が冷え込んでくる説明書きだ。

しかも舞台は廃病院とか、怖がらないのはおかしい。普通の病院すら怖いというのに。

「・・・これは、本気で楽しみだな」

「だろう!?よーっし、シズちゃん覚悟していてよ!」

遠くでうなだれている新羅めがけて走り出した臨也の背中を見送る二人は、もう一度パンフレットを見て、苦笑を交わす。

「まあ、目玉アトラクションだしな・・・」


夢にまで見る光景だろうが、ノリで突っ走ればいいかと二人は落ち着かなく昼時を過ごしてさらに青ざめている新羅を引っ張る羽目になる。




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