企画物議
□薔薇
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「ねぇ臨也、本格的な女装をしてみない?」
ある日、珍しく新宿に現れた万年白衣姿の旧友が、開口一番にそう言った。もてなすこともせず、持参した水を旨そうに飲む旧友を何言ってんだと見据えた。
「新宿界隈のお姉様たちに何か吹き込まれたか?俺をソッチの世界に連れてこいとでも?」
夜の摩天楼に集う飲屋街に赴けば、あちこちのお姉様たちから勧誘されている事は、新羅も知っている。性格はどうしようもないが、見目の麗しさだけは恵まれている臨也だ。女装やホストの勧誘にと学生時代から断り続けている。
「違うよ、仮装大会みたく変身しろって事じゃ無くて…体の作りから変えられるんだ。生まれ持った性別を変えるなんて、夢みたいな話」
「なんだそれ?」
「毒ではないし、ちょっと痛みも伴うけど、飲んだら約一週間、君は体ごと女に変われるとなれば試してみない?」
にこにこ笑う様は全快を祝す医者の顔そのものだ。ますます不審がる臨也に、新羅はさらに畳み掛ける。
「女であればこれまでと違った方面から色々と情報入るかもよ。大体一週間経てば元に戻るし、変態扱いされることなく心置きなく女装ができるし、いい経験にならないかな?」
「俺には女装願望ないんだけど?」
「女装というから語弊があるかな。まぁ、期間限定で女である生活を体感できるってこと。一週間の諸経費は持つからどう?」
女であれば男では手に入らない情報があるかも。と付け加えられて。
それは面白い、と思った臨也はにやりと笑って承諾する。満面の笑みの新羅に握手されながら、脳裏には計画が積み上げられていく。女であれば、ああして、こうしてーーーそして静雄をからかってみようと。
承諾したその足で池袋の新羅のマンションに向かい、血圧や心電図のコードをつけられて薬を投与された。とろとろと眠りについて、何だか激しく熱いのと、骨が軋むような痛みが全身に走り回った。耐え切れず目を覚ました時には身体はすっと楽になっていたし、軽く感じられた。酷い汗をかいて全身がベタベタすると訴える声が、いつもと違う。響きが軽く、そして高い。自分でさえ高いと思えるから、それを聞いた新羅やセルティはもっと違うように聞こえただろう。手鏡で覗いた自分の顔はひと回り小さくなっていたし、目も心なしか丸く大きくなって、元から長いまつげもさらに増えたような。
「大体身長も一割ぐらい減るからね、体格も変わる。気分はどう?」
「……本当に変われたんだな…」
少しばかり丸みを帯びた頬をさすりながら、まじまじと鏡を覗き込む。よくわからない発明の功名が自分の身体に結果を成し遂げてしまっている。手術服の下にある自分の身体は見なれない膨らみが胸に存在しているし、下肢はやたら軽く感じた。あんなに骨が悲鳴を上げていた身体は、動かすとじわりと痛む。そして眠る前よりも違う感覚で床を踏んだ。
腕や足に触れると柔らかな肉の感触は女の子の体ってこんなんだよな、と思い出した。それが自分の体になっている、間違いなく。
「適当に服を用意しているから、着替えるといいよ。風呂入るならセルティが案内する。いやぁ、黙っているとけっこうな美人さんだよ臨也」
「……どうも」
なんだか褒められても照れ臭い。喜ぶべきだろうけど。
「ホルモンの影響で頭痛や吐き気もあるけど、酷ければ渡すクスリを飲んで。あと、内臓まで変らないからもちろん子宮とかはない。男と遊んでも妊娠することないから安心して。ただ…」
「ただ?」
「人によって作用が違うかもしれないから、少しでも異常があればすぐに来てね。ちなみに戻るときも身体が痛んで熱が出る。それから数時間かけて戻るはずだよ、気をつけて」
そんな注意をした闇医者から当座の生活費といってやたら分厚い封筒を渡され、何だか落ち着かないセルティの案内で風呂を借りた。手術服を脱ぐのがやたら恥ずかしかったが、熱いシャワーに打たれる身体をそろそろと見下ろす。
胸の膨らみは確かに自分の皮膚が成しているし、少し触れると柔らかい。細さに自信があった腰はくびれを成してより細くなってるし、無駄な肉のない臀部、尻にすらっとした足。身長が減ったといえど、女の子ではそこそこ背の高い方だろう。その存在が無くなった股の間をちらと見てなんだか浮ついた意識になる。
これなら心置きなく『女』として楽しめそうだ。
不安や違和感も吹き飛ばすほどに高揚し、半ば浮き足で用意された服を貰い、いざ池袋の街へ繰り出した。