捏造長編

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漆黒のライダーと車が揃って通用門から飛び出して行った直後。学園に駐在している警備員が通用門の鍵を握り締めて物陰から現れた。
人の良さそうな中年男は、重たい鉄性の門を引っ張って閉めると、チェーンを通して大きな南京錠をガチャガチャと音を立てて取り付けた。
その後ろから、制服姿の女子生徒が近付くと、警備員はゆっくり振り返る。

「……ありがとうございました。警察には、ここでは何も無かったと言ってください」

「はい、『母さん』」

そして警備員は、かつての卒業生が無理に壊した非常階段の施錠も形だけ手直すと、意識の危うい足取りで校舎へと戻っていった。少女が出てきた扉を施錠する音が響くと、少女の瞳から紅い色が失せて日本人特有の黒い瞳に変わる。校舎に戻った警備員の目も同様だ。

ふぅ、と大きく息をついた少女は、かつて先輩方が残してくれた裏口からこっそり出ようとしていれば携帯に待ったていた着信がとどく。

「はい、……ええ、あ、もう今裏口です。竜ヶ峰くんは……はい、わかりました」

アルミ製の扉を開けて学園の敷地から出ると、遠くからこちらに走り寄ってくる帝人が見えた。こちらからも歩み寄り、小さく手を振ると遠くからパトカーのサイレンが幾重にもなって聞こえてくる。あっちは、バンが走り去った方だったはず。

「園原さん、大丈夫?」

「ええ、少し探しましたけど、忘れ物もありましたし」

「よかった、巻き込まれる前で…」

「あれ?竜ヶ峰くん、学校では何も起きてませんでしたよ?私は何も見ていませんから」

そう少女がはにかんで見せると、少年は慌てて己の過去の言動を思い出してバツが悪そうにぎこちなく笑ってしまう。

「……えっ、あ、あはっ、あ、そうか。うん、そう、だったよね」

「明日もいつも通り、学校ありますから……帰りましょうか」

「うん、いつも通り、だね」

そうして笑い合う二人は、それぞれ言えない秘密を抱えていた。帝人は携帯で繋がる組織を、杏里は腕に宿る妖刀の事を。帝人は偶々杏里がここに来ていたと思うだろうが、罪歌の思念が宿る子や孫らが臨也の動向を教えてくれたからだ。まさか学校に逃げこむとは思っていなく、気がつくと見回りの警備員を少し「愛して」、臨也がどうにかここから出て行くにはどうしたらいいかと考えていた。すれば帝人から静雄が逃げ込んだ事を聞かされ、万が一にでも二人の追っ手が来たならば、罪歌に頼ろうとしていた。
あまり気乗りしない罪歌を宥めていれば、セルティが飛び込んできて、賭けにでた。

誰か二人を彼女の日常における牙城から、連れ出してくれないかとーーー

紅い瞳の警備員が、そっと通用門を解錠し、警察からの不審者がいないかどうかと聞いてきた電話にも、一切異常なしと答えてもらい、待っていた。

そうしていれば一台のバンが、黒い霧に覆われた校庭に飛び込んで来たのが見えた。すれば杏里は罪歌を腕に戻すと、教室を出て、鍵を握り締めて潜む警備員の後ろについていた。
しばらく息を潜めていれば、見なれたバイクに連れられて、真っ黒になったバンが走り去ってくれた。もちろんあの二人を乗せて。
そして少女はほっと顔が緩んだ、また明日から変らない日常が来るだろうと。
そして、恐らくはこの街も、彼女と友人の日常を保ってくれるはずだ。

あの二人はどうなるのか、結果的には助けてしまったことになるが、学校というテリトリーから非日常を取りのぞけたことだけで満足だった。

帝人と二人で帰路を辿り、通りを曲がったところで学校に警察が到着したのかサイレンがすぐ近くで止まった。
二人して学校を少し気にするように振り返るが、どうせすぐに立ち去るだろうと言葉なく頷き合う。

その時、杏里の携帯にメールが届き、その着信音に帝人が驚いたのだが、彼女は淡々と操作して画面を見つめる。そのメールを読み終えると杏里は帝人に呟く。

「そういえば、さっき、張間さんからメールがあってこれから鍋のお礼にいくとか、どうとか…」








血圧も体温も、脈も落ちてきた臨也にできる限りの処置を尽くしてしまい、焦燥感に駆られて見守っていた一同に、走って戻ってきた門田が項垂れる静雄の腕を取った。

「急ぐぞ、上は大丈夫だった。静雄、生きてるか?」

「……まだ、どうにか、な」

割と辛そうにする静雄に肩を貸し、車から引き下ろすと渡草と狩沢も飛び降りてトランクを開ける。予想もしていないことに、慌てていたのはここの住人だ。そうたじろぐ新羅を急かして、臨也を動かさないよう慎重に、三人がかりで担ぎ上げる。狩沢は遊馬崎に代わって酸素ボンベを支えてくれた。
静雄を支える門田が待つエレベーターに足早に飛び乗ると、一定の速度で上昇する振動に耐え、遠い最上階に住んでいる事に初めて後悔してしまう。

「本当に、大丈夫なの?隠れていたりとか…」

「いや、行けばわかる」

新羅の不安を狩沢が代弁し、門田が落ち着き払って答えてくれる。やはり警察が近くにいたから見張りはできなかったのだろうか?しかし合鍵も持つ程の相手なのだ、油断は許されない。最悪、手当をしてから引き渡すしかない。門田たちまで巻き込むわけにはいかないのだ。

改めてエレベーター内の明かりで見えた臨也の顔色は、死人に限りなく近く、目の周りが落ちくぼみ、衰弱がありありと見てわかる。恐らく長い逃亡生活で体力も落ちていたのだろう。
そんな痛ましい姿だからか、そこまで余裕がないのか、新羅たちが臨也を手当しようというのに、静雄は黙ったままだ。時折苦しそうに大きく息をしては振動に体がふらついてしまっている。
意識のない人間の重みにそれぞれの腕が痺れてきて、やっと最上階に辿り着く。緊張に包まれたまま開かれたエレベーターの横、新羅宅のその前に。

「……あ、ご無沙汰してましたぁ」

真っ先に目に飛び込んで来たのは、表情が硬い青年に、べったりと少女がくっついて、熱愛ぶりを見せつけているカップル。
青年に引っ付いていた少女は、首にぐるりと手術跡をつけていて、にっこりと笑う顔は愛しい恋人に似せたもので、よく、覚えている。だが、ここに来る謂れはない。

「………え、何で?」

いかつい男らが待っているだろうとばかり思っていた新羅は、驚きのあまり臨也から手を離しかけてしまった。その二人を覚えている狩沢が、酸素ボンベを持っていない手で指差し、呼ぶ。

「美香っちと、えーと、誠二くん?この前ここで…」

「はい、おひさしぶりですね。あ、それと、なんだかお急ぎかなと思って、勝手に鍵を開けちゃいましたぁ」

えへ、っとでも言うようにはにかみながら美香は新羅の玄関ドアを開け放ってみせた。セキュリティには事欠かないはずの扉には、鍵穴がひっかかれた痕が無数にあり、かなり高度なピッキングが施されたようだった。これをそんな高校生の少女がやらかしたなんて、信じ難い。

「……急ぐんじゃないのか?」

相変わらず表情が硬い誠二が固まる面々を見渡して、やっと新羅は担いでいる瀕死の人間を思い出した。美香や誠二らの足元には無数の煙草の吸殻が落ちていたし、どぎつい香水や整髪料の匂いもたちこめていた。それから察すれば、確かに見張りはいたはずだ。それもさっきまで。
だが、今は幸いにも誰もいなく、開け放たれた玄関に入り、一同に奥の部屋を声を上げて案内する。
部屋の一室を手術室さながらに設備を置いた一室に二人を運ばせ、血に汚れた白衣を急ぎ脱ぎ捨てる。無菌処理された手術服を身につけ、手を洗いながらまだべったりと離れないカップルに声を投げる。

「見張りとかたくさんいただろうに、どうしたんだい?」

「見張り?ああ、あの怖いオジサマたちですかぁ?」

すると二人はテーブルにネギが刺さった買物袋を置くと、変わらない調子で続けた。

「この前のお鍋のお礼に、また料理を作ろうと来たんですけどお、知らないオジサマがたくさんいらしてて、怖かったので警察に来ていただいたんですよぉ。そしたら皆様慌てて帰っていかれちゃって、ね、誠二さん」

「……最初は客を待たせているかと思っていたんだけど、余計な真似だったかな」

首に傷がある少女が、強面の男らの前でも臆することなく声をかけ、脅しかけられてきても「誠二に何かあったら嫌だから」という彼女にとっては至極当たり前のことで、警察を呼んでいたのだ。
そうなると、セルティが引き連れた警察は、一部はこの美香による通報で呼ばれていたのかもしれない。

「いや、ほんと、偶然が偶然を呼んだとしか思えないよ…全然余計なことはない、うん…すごいなぁ…」

それなら扉の鍵を壊してまで開けたことは大目に見ようと、二人に言うと、カップルらは変わらず寄り添い、緊迫した室内を見守る。
手早く用意を済ませ、狩沢に酸素ボンベを離させ、医療用の酸素ボンベを臨也の口元に宛てて固定した。手馴れた手付きだが、取り付けたコードで取れる心電図と血圧を表示する液晶を見て、動揺せずにはいられなかった。

「……一人じゃ辛すぎるなぁ。静雄も弾取らないといけないし」

以前、撃たれた静雄の弾を取り出した時の苦労を思い出してしまい、残っているメスやハサミの在庫をまず確認した。そして、強心剤を臨也に打ち込むと、失血による内蔵の機能低下からくる合併症に警戒しつつ処置を施していく。
弱々しい波形の心電図と、少しずつ数値が落ちていく血圧を睨みながら傷跡の縫合、消毒、点滴にそして輸血ーーー

「し、しまったぁぁぁあ!!」

冷蔵庫から飲み物を拝借したり、携帯を眺めていた沈黙を新羅の絶叫が引き裂いた。なんだなんだと部屋を覗き込めば、真っ青になった新羅が愕然と立ち尽くしていた。

「………静雄も臨也もまさかこんな……そうなると、これは……」

「……これは?」

 


「………血が、足りない……」






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