企画物議

□惨
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オセロやチェスの駒が乱雑に転がる将棋盤を眺める彼は、ふと思い出した。今まで失念していた重要な事を。
だが、それを慌ててすることはないし、自ずとこちらから動かなくてもいいかも、なんて楽観的に見ていた。
だが、どうやら上手く立ち回り過ぎたのか向こうがやはり無関心なのか、気付かないだけなのか、そろそろ動いてもらわねば制限時間内に済みそうにない。

『ゲーム』は相手が居ないと成り立たない。基本の基本、大事な事だ。

クイーンの駒を中心から離し、その前に歩兵、横にオセロを数枚ーーー波江や医師、ヘルパーの数と同じ枚数をランダムに並べて、その反対側に、ナイトの駒をかつりと置く。

クイーンの首を狩るのか、それとも、護るかーー逃げるのか。彼はさて、どうするだろう。
静かに将棋盤を眺めては隣で眠る"クイーン"の携帯を開き、アドレス帳の一覧からその名前を見つけると何もせずに待ち受け画面へと切り替える。


少年が掌で弄ぶ携帯には、その名前から電話もメールすら受信してはいない。








傀儡 ーその惨ー




このところ、池袋界隈では本来ならばありきたりな、だが街の人間にしてみたら不自然な、そんな平穏が数日続いていた。
殆ど日常化していた騒動が、はたりと無くなってしまっているのだ。

その当事者の一人、年中バーテン服を纏う平和島静雄も些か不気味さを感じてきた。仕事を共にする上司とすればやおら暴力を奮う事が無いためとても良かれと思うのだが、逆に何かでかい事を企んでいそうだと不安がちらつく。それは静雄も同じで、元々はここ池袋を拠点にしていた男だ、付き合いや馴染みの店も多く、しょっちゅううろついては目についたものだった。
会わないで済むなんて週に二度三度あれば良い方で、連続して何日も姿を見せないことは、新宿に移った際にほとぼりを冷ますための隠遁以来、ない。

風邪か何かかと偶々会った新羅とセルティに聞いてみれば、このところ直接会ってはないが、仕事は回ってくるから寝込んではいないらしい。ただ、忙しいと言って最近の一切の連絡がメールだということ意外は変ってないとか。

『風邪や怪我ではないようだが、ここしばらく…一週間か?それぐらいはずっとメールだ。電話も出ない』

「うん、たまーにそういう時あったし、秘書の人も何も言わないからねぇ……気になる?」

「いや、ただまた変な事考えてんじゃねぇかと思ってよ。あの煩い奴が黙ると碌な事にならねぇ」

そう言って静雄は冤罪に貶められた時の事を思い出す。あの時も数日沈黙してからだった、思い出せばまた腸が煮え滾ってくる。

「まぁまあ、でかい事やらかすなら僕でも何となくわかるけど、普通に新宿でごちゃごちゃしてるんじゃないの?気にしすぎだよ」

腐れ縁の闇医者と、都市伝説の運び屋はのんびりと構えてさも特別な事とは感じないらしい。街でこんなに見かけないのは気色悪いと言えば、恐らくタイミング良くすれ違うか向こうが避けて歩いているかしているんじゃないか、とか。確かにそうかもしれない、だが、なんでこんなに落ち着かなくなるのだろう。

気になるのなら顔を見に行けばいいだろう、という言葉を睨み一つで飛ばし、仕事の中で情報屋と取引するという人間にもそれとなく聞いてしまう。最近あいつと会ったのか、と。

「お仕事は変わらず取引あるけど…最近は見かけないわね。あまり表に出ない人だからかしら?」

誰もが納得してそのまま流してしまう小さな異常が、静雄には酷く大きな濁りで、日常に澱ませている。何故こうも気にかけるのかーーー前例があるからこその警戒か、嵐の前のなんとやらと恐れてしまって、だが。
街に出る度に今日こそは仕留めたいとどこかで考え、その姿を探してしまう。何年と続けている慣習のようなものだ、あんな卑怯な奴を何年も野放しにしていることが許せないし、終わらせたい。
顔も見たくない相手だが、こうも見ないとなれば逆に落ち着かない。心配とかでなく、殺意や殴り飛ばすモチベーションが行き場を無くして不完全燃焼のまま体内に溜まっていくのだ。

あからさまに増えた煙草の本数に、上司が見兼ねてそれとなく指摘してくる、そんなに焦って吸うもんじゃねぇぞ、と。

そう言われたならやはり自分は苛々しているのだろう、ならばその鬱憤を晴らすならばと考えたなら、あの皮肉に笑う顔しか思い出せないためにまた煙草が減ってしまう。





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