戯言短編

□桜のこゝろ 後編
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作戦会議などあっても無いに等しい。戦況を知る上官どもは、これから向かう若い兵士らの戦意を鼓舞させようとあらゆる言葉を並べ立てた。愛国心、国民の栄誉、家族の誇り、そしてーーー華々しく散る事こそ美学だと。

聞いているようで聞いていない静雄は、両脇に座る年下の兵士らが上官の言葉に心酔している目を見て羨ましいとさえ感じていた。そこまでなればこの戦争の意義や残す家族の事、己の命の惜しさなど感じる事はないだろう。静雄は別に死ぬ事は今更怖がっても仕方ないと諦めている。だが、その自分の死で家族が嘆いたり他人が崇めるような事になる事は少しばかり嘆きたい。

そしておそらくは独りで死ぬ事への一抹の寂しさ。


恋人であれ友人であれ、誰かと深く繋がっていたならばまだ死ぬ事への恐怖や守りたいと思う戦意があったかもしれない。流されるまま戦地に赴き、言われるまま闘い、死ぬ。それでいいと諦めてしまっている自分はおかしいだろうか、と。


解散となり一般人よりもいい食事が用意された食堂でも、独りで黙々と飯を食らい、味のない食事を片していく。夜間の外出は出兵前の兵士らの特権で、警報が何時鳴るかわからない街に繰り出していく。だが、誘われても静雄は気乗りせず、独りで煙草を燻らせ物思いに勤しんだ。
日頃笑みを交えて語らう他の奴らは、死ぬ事にどう思い、誰を憂うのだろうか。そして、あいつは。

形だけの消灯時間になっても、薄い布団に横になっても考えは尽きず、一言聞けばすぐ済むだろう事を考えていた。

お前は死ぬ事を恐れているか?何を憂うのか?

だが、それを聞くまでもないと自己完結し、それでも尚、あの沈んだ顔で虚勢を張り続けようとした弱々しい姿を思い浮かべれば、気にかかる。生きていても独りだと新羅が言っていたのなら、山程の書物に埋もれて偉人らが遺した言葉を憂いていくのだろう。
それに比べて、家族を思いはしても憂いたことはない、特別な何かを思う事もない。しかしこのままただ散るだけなど惜しくも感じてきている。

最後、臨也に会ってもどうしていいのだろうか。殴りたいと考えていたはずなのに、拳は上がらず恨むこともできないまま、自棄になるその姿が痛々しくて何かを言いたくなったというのに。

ならばもう、会わない方がいいのではないかーーー考えたまま眠りについてしまい、起き抜けた頭にその言葉が飛び込んだ。
臨也がもうじき死ぬという現実を、直視してしまう事が辛い。離れて失念していたが、変わらず飄々と生き延びていると信じていた。病に臥しているなど考えもしていなくて、少なからず失望めいた気分になったのは事実。そしてその姿から、孤独に死ぬという自分の先が見える気がしてしまう。だからと言ってこのまま会えず終いでいいものか。

考え抜く間も時間は刻々と過ぎて、昼になり、やがて陽が落ちていく。明日共に戦地に行く仲間らは朝からどこにもいない。ずっと独りで黄昏る静雄を見兼ねて上官が声をかけたが、生返事だけで応えはしない。

「……折角だ、花が終わりそうだから桜でも見てきたらどうだ。散り際もいいものだぞ」

桜、そうか、病院の入り口に立派な桜が植っていた。今日は強くはないがそこそこに風がある。花びらが散る姿はまた見頃だろう。

花をまともに愛でたことはなくとも、上官の提案に頷き、外出の旨を短く告げる。すっかり馴染んだ軍服を纏い、何も持たずに駆け出した。

陽が落ちれば街の明かりは一斉に途絶えていく。薄暗い夜道を足早に真っ直ぐ、診療所へと向かった。



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