妄想長編

□フーガ〜臨也の場合 前編
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「待ちやがれこのクソ蟲がぁ!!」

夜の街、華やかな喧騒とは異なる怒号が人気のない広場に響き渡る。

「しっつこいよ!シズちゃん!!今から仕事なんだよ!」

「やかましぃい!!大人しく殺されろ!!」

「それはこっちのセリフだっつの!…と!!」

暗闇の中から飛んで来た鉄柵を、寸でのところでかわしてみせる人影。追われているのに、どこかからかうようにもその身をバーテンの男に翻す。
彼らはさながら陸上競技のように街中を暴れ回っていた。

長距離走、走り幅跳び、障害物走、走り高跳び。

もちろん、趣味でも競技でもなんでもない。ある意味この街の日常の一部となった光景。
軽々と逃げる華奢な男を追うバーテンも、槍投げ、砲丸投げ、重量挙げとこれまた何か競技していた。もちろん、投げるのも上げるのも競技用の大人しいものではなく、普通は手に取れない公共物ばかりだ。
鉄柵を投げ飛ばした前は、どこかの道路に立っていた道路標識を、槍投げの如く逃げる相手を突き刺すために投げ飛ばした。
逃げ回る男は、目前に迫った"お仕事"の時間に気を取られ、いつもなら適度にあしらって逃げ切れるはずが退路を間違ってしまっていた。その為に投げられてくるものを避けながら、どうにかしてこの状況を脱しようと模索する。

規格外の追走劇も、長年慣れてしまって、バーテン男を怒らせてほぼ無事に逃げられるのは、この華奢な男、臨也ぐらいだろう。学生時代から繰り返す命をかけた競技に、ほとほと愛想がついて久しい。
いい加減にしてくれ、と自分を狙って飛んで来た標識を苛立ちをぶつけるようについ蹴り飛ばしてみると、ぐらぐらと危うく揺れる。それを見、迫る人影を見、何かを閃くとあえて人影が迫るのを待つ。

「くたばれ臨也ぁ!!………ぁあ?!」

案の定、地面に刺さっていた標識がぐらりとバーテン男、静雄の死角から倒れていく。咄嗟に払おうとしたが、臨也は地面を蹴り飛んで、重い空気を唸らせながら足を振り上げる。
ゆっくりと倒れるはずだった標識が、その足が振り下ろされたのを受け取り、速度と重量を得てあっと言う間に鮮やかな金髪の頭に到達する。

「……っがっ……!!」

鈍く大きな音と、蹴り下ろした足に残る衝撃に、静雄がよろめいて膝をつく。想像していたよりもうまく静雄の側頭部に当たった事に驚きながらも、間合いを計り、携帯で時間を確認する。
いつも通りの画面は、約束の時間に近いと臨也に伝える。

「ざーんねん、時間切れだよ。絶好のチャンスなのに…また次こそトドメ刺してあげるよシズちゃん。…そのまま死んでもいいけどムリそうだなぁ、また」

普通の人間ならばとっくにその箇所を破壊されてお陀仏だというのに、ぐらぐらと脳震盪程度で済んでいるのだろう。当たりどころがイマイチだったかなぁ、なんて考えてしまう。

「ま、急ぐから命拾いしたね、シズちゃん。バイバイ」

「……ぐっ、てめっ、待ちやがれ!……イザヤぁぁあ!!」

立ち上がろうとしても叶わない静雄を振り切って、駆け足でその場を離れた。さっきまでと変わらず軽い足取りで雑踏の向こうに待つ仕事へと向う。
折角動けないのに、勿体ないチャンスを潰してしまった、と舌打ちながらも、本当にトドメ刺すなら髪の毛一本も残さず処理してくれる奴を集めないといけないしなぁ、時間かかるもんなあ、なんて。
まるで言い訳よろしく考えながら、振り下ろした足の痺れを引き摺っていた。

ものの数分で終わった仕事も、受け取った報酬や情報も上々だったのに、何かスッキリしない。やはり千載一遇のチャンスを棒に振ったのが癪に触る。また池袋の静雄を追い駆けて殴ろうかと思ったが、また明日に改めて殴ろうと決め込んだ。
久し振りにあんなにうまく攻撃が入ったんだ、明日も弱り切っているだろ、多分。

脚が受けた標識と、その頭に当たった衝撃がじわじわと痺れを残していた。だからこんなに気になるんだ、と落ち着かないままその日を終える。







朝、低血圧の彼は今日を日曜日だと意識が覚醒する前に認識した。一応個人事務所を持ち、有能な部下も抱えているが、社員規則なんてものはない。
日曜日でも仕事があるなら二人でどこか殺伐としながらも働くだけだ。
だが、世間一般と同じく、日曜日は休むものという認識の下に、前日の夜までに仕事があると連絡した場合以外は彼女はしっかり休む。仕事があっても呼びつけてしまうのもアレなので、殆ど規則正しく毎週日曜日は一人だ。

今日何しようかな、とぼやける目で携帯を操作して、色々と思いつくが気乗りしない。ベッドでごろごろと二度寝する気分にもなれず、血が巡ってこない体を起こした。ペットボトルの水を一気に半分空けて、シャワーでも浴びようとして足を踏み出すと、その足がまだ痺れているような気がする。
何となく残る違和感が気になって、今日は池袋にでも行こうと思い立つ。決して頭に一撃食らった奴がどうなったのかなんてのはおまけだ、と何だか言い訳みたいな事を考えながら風呂場に足を向けた。




昼前の健全なざわめきを見せる休日の繁華街にのんびりと歩く臨也、その人。気性から周囲の人間らをそれとなく眺めながらも、ある人影を探すように闊歩していた。
臨也が見つける前に何かを投げつけてくるかもしれないが、それはそれでいい。まだ違和感のある脚の落とし前というか、昨日の仕上げにトドメを刺してやりたい。
そう考えているはずなのに、どこかで多分、なんて言葉がくっついてくるのは気のせいか。
そんなわけのわからない事で悩むより、物騒な青写真を描こうと思考は切り替わる。

トドメを刺したなら、どう処理をしようか、死亡届は新羅は書かないだろうからどこの院長がいい、運ぶのはあのオッサンにしてもらって……

そんな空想に思いを馳せている頃、その頭にくっついている耳が聞きなれた肉親の声を拾った。

ああ、まぁ、居るよな…休みだし。

下手に関わりたくない目立つ双子の妹らだ。肉親というのに離れて暮らし、関わらないよう避けている。そんな奴らと街で会うなんてそうそうない。

見つからないうちに逃げようとして、その声の方向を確認するため見渡すと、目立つ金の頭がひょろりと人混みに生えている。

あ、居た。

案外あっさりと見つけてしまって、拍子抜けしながらも怪我が大したものじゃなかったようでガッカリする。
結構ガッツリ入ったのに、脳震盪ぐらいですまされたなんて。

先程まで描いていた青写真はさらさらとかき消され、どうするかな、とその背中を見ていたら、金髪と向かい合って立っていた双子の片割れと目が合う。

すれば、彼女は慌てた顔をしてこちらに手を勢いよく招きみせる。

「い、イザ、イザ兄!!こっち、こっち!!」
「………急……!!」

日頃大人しいほうの片割れすら慌てている。珍しい。そんな言わなくてもシズちゃんだと気付いているけどな、と
思いながらも三人に近づく。
だが、何か、変だ。

臨也がこうして近付いているというのに、静雄が振り向くことなくじっと双子らを見下ろしている。今にも振り向いてくる気配もないし、やはり打ちつけた頭も怪我らしいものは見えない。
双子らが臨也を凝視し、ある程度まで近寄ると揃って静雄を見上げていく。

「………やぁシズちゃん、やっぱり生きてたのか、………残念だよ」

そう昨日のように話しかけても静雄は動かない。ますます違和感が募る。
そして臨也の本能が喚いた。


これ、誰だ?


見た目は静雄だ、間違いない。ゆっくり振り向かれた顔も、背格好もまさに静雄だ。なのに、その雰囲気が、愕然としているその表情が、全くもって知らない人に思えている。

「……い、イザ兄、静雄さんがおかしいんだよ、昨日頭打ったらしいけど、なんか、あの」

「………変…」

その間にまじまじと静雄に見つめられて思わずすごんでしまう。こうして無言で睨む、ではなく見られるなんて初めてで寧ろ恐い。本当に視線で顔に穴が空きそうだ。

「……あの、シズちゃん?」

まるで目の前に立つ臨也が誰かわからない、そんな目をしている。


「静雄さん、さっきからイザ兄は女だたとかどうとか、言い出すんだよ」

「………はぁ?」

双子の片割れから飛び出た言葉が理解できるわけがない。見られる事に耐えかねて、双子らをそれぞれ見やるが、二人とも困った顔をして真剣な目を臨也に向ける。
そして静雄も、かつてない雰囲気でこちらに目を見開いている。

「……いくら俺が眉目秀麗だからって、いくら何でも笑えないよシズちゃん。…やっぱり昨夜の打ち所悪かったのか…?中身をやっちゃったのかな…」

怪我は外部ではなくその中身にさせてしまったのか、と何だか物凄く悪い事をしてしまった気分だ。それでも静雄はまだじっと臨也とその後ろについた双子らを見ている。

「そりゃ、珍しく頭にキマったからって、まさか頭のネジ吹き飛ばすとは思っていなかったよ…何か物凄くいたたまれないというか、何か勝手が違うんだけど………って、聞いてる?シズちゃん?」

兄妹の顔を凝視していた静雄が、やがて無言のままふらりと背を向けてしまう。あ、人違いでしたか?なんて言いたくなるほどその雰囲気が昨夜までと違っていた。

「あ、ちょっ、シズちゃん?!」

気付いたら人ごみの中を駆け出した静雄が見えなくなってしまった。残された双子らも日頃と違う静雄の様子にただ動揺してしまっている。
取り合えず放っていたら大変じゃないか、なんて思えて気付けば静雄の後を探してしまう。


その時、遠くであの馬の嘶きがビルの隙間に響くのが聞こえ、何となくどこに行ったのかわかった気がした。
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