企画物議

□東雲
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矢霧波江と新羅がタッグを組んだ。

いやそれは珍しくも何ともないし面白くも何ともない。セルティの件以外でも仕事の関わりもあった。それが色々あってしばらく無くなっただけで、また久し振りに協力態勢になっていただけのこと。
だが、特定の人間にはーーー最悪なコンビとなり得たのだ。


変に優しい波江は、頼んでもいないのに料理を作り、茶を入れてくれた。
弟に食べさせるための練習だと言い張っていたが確実に違うだろう。
それを喜々と食べていた自分を刺してやりたい。
そしてさらに、三日も連続で波江の手料理が食べれるなんて不思議なものだと首を捻っていたところ、白衣姿の級友と街中でばったり出くわした。
聞けば丁度俺のとこに行くところだったと言い、大げさに心配しながら検査させろと言いだしやがった。

「前に君の怪我をみた時に、胃腸かその辺に病気がありそうだったんだ。気になるからちょっとだけ診察させて?ね?ね?」

体調なぞ悪くもないし、寧ろ手料理生活のおかげですこぶる具合はいい。何を言い出すんだと怪しんだが、結局採血と簡単な検査ならいいとついて行った。別に怖くなったわけじゃなくてだな、決して。

そして落ち着かないセルティが見るなか、注射器が腕に刺さって………気を失ってしまった。そして気付いたら。

「おお、臨也!気分はどう?体は?」

ぼやける視界には満面の笑みを浮かべた新羅が待ち構えていたのだった。そこで自分は気を失ったと気がついたのだ。
何だか意識はぼんやりしているのに、体が変に軽いと思いつつ、霞む目を擦ろうと手を振り上げて、固まる。
いつも見なれた手が、ひと回り以上に……小さく見える。

「……は?」

情けない声はさっきまでの軽い低めの声じゃない、もっと幼いような。
慌てて身体を起こしてみたら、いつの間にか入院服になっているとか気にもならず、その裾から見えた自分の足。
随分と細くて、短くなって、足先も小さくなってて。
寝台の隣に立つ新羅がやけに大きく見えて……どういう事だこれ。

「おめでとう臨也!!君は若返りに大成功した第一人者になったよ!!」

拍手喝采に慌ただしい旧友の横っ面を、とりあえず拳で吹き飛ばしてから話を聞くとした。



どう見ても女性用の入院着をぶっかぶかに纏わされ、元の身長の半分以下にまで目線が下がってしまった。
身長だけじゃなく、体格も。手足は身長に合わせた長さになっているし、声も子供特有の高さだし、顔も随分と見ていないアルバムにいる小さな頃の自分の顔、そのものだ。
申し訳なさそうに手鏡を貸してくれたセルティが、呆然とする自分の代わりに新羅を殴ってくれる。
子供の力では思うように殴れなくて、恋人に殴られても平然としている新羅が、目を輝かせながら解説してくれた。

「ふと昔のアニメや映画を見ていたら思い立ってね!ヒアルロンやコエンザイムを投与して若さを保持するよりも、肉体の細胞核やミトコンドリアの記憶を蘇らせ、体全体を若返させたなら青春なんか何度でも蘇るんじゃないかと!!いやぁこんなにうまく行くなんて!波江嬢の協力もあったからここまでいけたけど、やっぱぼくは天才!」

「…懐かしい映画とアニメのタイトルだな、オイ…しかし思いつきからやってのけるのも凄いがやっぱり波江が絡んでいたのか畜生」

セルティがテレビの横に乱雑と置かれた映画やアニメのタイトルを指差してため息を漏らしたように肩を落とす。
小さくなった自分の手が、そのパッケージを見て怒りよりも呆れてくる。
小説が元になったそのミトコンドリアたる存在の可能性を示唆したSF映画と、眼鏡をかけた小学生名探偵の人気アニメ…なんでこれを見てこうなる。

「いや君はもう一度まっさらな人生を歩き直した方がいいと思って!」

「俺の23年間を穢れない笑顔で否定しないで。意外と傷付く」

「だけど記憶もそのままなんてよかったね、論理上では記憶も肉体に沿って消えるはずなんだけど」

「……おい、元に戻る時に不安になるじゃねぇか」

「なにいってんの?元に戻るとか」

研究と恋人には純粋無垢な旧友は、心の底から自然に答えた。

「若返りはさせたけど、元の年齢に戻るまでは年月が解決してくれるから!あたらしい人生を楽しんでね!!」

そこで俺は、セルティから無言で差し出された影でできたバットを、往年の野球選手を思い浮かべて振りかぶり、白衣姿の旧友の脇を鋭く打ち込んだ。

「……どうしてくれる……」

折原臨也23歳、肉体年齢5歳、精神年齢は永遠の中学二年生。泣きたいと感じた時には泣いていた、脆い涙腺のお年頃。


とりあえず脇腹を押さえ込む新羅が、子供向けの服を買ってきてくれて不貞腐れながら袖を通す。さすがにファー付きじゃないが、黒のフードつきパーカーに、黒のズボン、黒のインナーと日頃とあまり変わらない。靴や靴下の大きさが少し大きすぎたぐらいだ。
お詫びといわれ、似たようなサイズとデザインの服が紙袋に詰められていた。
そこに明かに子供向けと思われるおもちゃが突っ込まれていてますます機嫌が傾く。
やりきれなさに、宅配ディナーのステーキを憎々しく噛み締めて、小さくなった体の感覚の違和感と格闘する。手を伸ばすことから歩く時も、気を失う直前までは23歳の体格での立ち居振舞いだったのだから、その感覚のまま動こうとすると、足がもつれたり、目測を誤ったりしてもどかしい。
そんな臨也を興味深々に眺めてカルテに言葉を連ねている新羅。だが、臨也が幼いながらも鋭い目で睨めば、察したセルティが拳を飛ばす。
ぶすくれたまま豪華な食事をする臨也を見ながら、ふと新羅が何かに気付いた。

「でもそのままじゃあ仕事できないよね。波江さんはどこまでカバーできるだろう?臨也」

その言葉にはっとして顔を上げた臨也が、また怒るだろうなとセルティは肩を落してみたが、臨也は動かない。ぽかんとした顔をして新羅を見ているのだ。

「……仕事……?あれ、俺、仕事って、何をしていたんだ?………波江って、誰?」

それがふざけて言った言葉ではなかった。先程まで騒いでいたはずの名前も、生業にしていた仕事のこともわからない様子で。

「……え、わからない?…じゃあ、えと、どういう…」

そこで新羅は一つの仮説を思いつく。肉体はすぐに子供に戻った。それに合わせて脳細胞も記憶が消えて肉体に合わせた頃までリセットされるなら、その記憶が消えるはこうして少しずつ進むのではないか、ということ。
つまり、少しずつ忘れていくのだ、5歳から23歳までの記憶を。

「……臨也、今覚えていることは何が新しい?」

その問いに、少し考えて臨也は応えた。戸惑うように。

「……高校、入学式…」

そう応えるとゆっくりと目を閉じて臨也は気を失ってしまった。
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