企画物議

□灼熱
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灼き付くような熱さだった。


真夏の照り返しも引いたはずのその日、偶然視界に入り込んだその光景。
一瞬すぎて幻か、見間違いかと信じたかった。
だが、暗闇を一瞬照らした車のライトは確かにあの顔を浮き上がらせた。

苦痛に顔を歪めた弱々しい泣顔。それは、毎日毎日啀み合って憎む相手に間違いないと鮮烈に脳裏に灼き付いた。

その顔を捕らえた瞬間、酷く身も頭も熱くなって、背筋から氷を穿たれたように血が引いていく。

その衝撃が、冷めることなく灼きついて、離れない。




灼熱




その日、日曜という休日に、学生らしく謳歌しようと静雄は、日雇のバイトに勤しんでいた。
我慢が足りなく、すぐに激昂してしまいクビになりやすい彼は、破損した公共物の弁償費用をこうして日雇で細々と賄ってきた。
力仕事であるなら、工事現場や引越しの手伝い、積み荷の上げ下ろしと人とそう関わらず黙々と作業ができる。最初は門田の紹介で始めたが、毎回違う仕事に今までのバイトよりは気分が楽になる。
この忌まわしい力も少なからず役に立つのが、どこかでは嬉しくなるのもあった。
そんな静雄が、他の派遣バイトと共に、派遣先から事務所へと報告に向う中、誰かが近道だと言うので裏通りを歩いていた。
路地裏の暗さは表通りのネオンや外灯の華やかさを受けて、より暗さを際立たせ、他愛もない話題に興じる静雄以外の面々の声がコンクリートに反響する。
うつむいて面々について行く静雄は、やがてその会話がすっと尻切れるように小さくなって消えたことで顔を上げた。すると、自分らが歩く裏道の脇、建物の合間、その隙間に、頭が悪そうな若者がニヤニヤと笑って煙草をふかしていた。
入り口に見た感じ、ひょろひょろとした下っ端らしいのがいる路地裏は、その奥ではよからぬ事が起きているのが条理だ。案の定、歩いている静雄らを睨みながら時折路地裏の奥を見ては笑っていた。
静雄の前を歩く面々がそれとなくその男から離れるように歩き、若干速度を上げていく。皆携帯を広げたり、明後日の方向を見たりとそちらに意識していないとアピールする。因縁をつけられ、巻き込まれるなんて御免だ。それは静雄も同じ。
下っ端の横に仲間が近づき、可笑しそうに笑いながら奥を指して話していたが、その声は聞こえても頭の悪い会話だからかよく理解できなかった。
前に絡まれた連中じゃないことを祈りつつ、バイトで支給された黒のキャップを目深に被り直そうとつばをつかむ。
派遣仲間らはさっさと通り過ぎてしまい、静雄も倣って通り過ぎようとした。だが、一瞬、路地裏付近に車のライトが照らされた。やけに明るい色の光で、無謀者の車だったのかもしれない。横から照らされたその光に目を背けると、同じ様に目を背けた頭の悪い連中が見えてほんの一瞬、その光で奥が見えていた

見るつもりはなく、見えてしまったその光景に静雄は凍り付く。

誰か、体格のいい連中が何かを押さえ込んでいて、細長いものを抱え込んだ男が怪しく動いて笑っていて、その男と向かい合って座る男が何かを地面に押し付けていてーーーそれはじわじわと光景が焼き付いた脳裏が、冷静にその光景を時間をかけて理解していくもので、その場を離れてから見えたものが何だったのかよくわかったのだがーーー
あれはーーー人の体を押さえ込んでいた、喧嘩という恰好じゃない、まさかとは思うが、下衆な行為を強いているように見えた。だとすれば抱え込んでいたのは人の足で、白く見えたのは服を剥がれたからでーーー
それよりも激しい動揺が静雄に襲いくる。その光景よりも、非道さに目眩がするほどキレかけたのに、視界に入り込んだ主たるもの。

押さえ込まれているその人は苦痛に顔を歪め、固く目を、口を閉ざしてまるで泣くことを堪えているにも見えた。
その顔が、あまりにも似ている。いや、同じ人間ではないかという憶測すら怖くて考えられなかった。

毎日のように顔を突き合わせ、何度も追い駆けて、殴りかかり、皮肉の笑みを浮かべていた、顔。

「………折原?」

その呟きを拾うものはない、路地裏を通り過ぎてその名と顔がぶれながらも一致していく。まさか、だけど、そんな。
動悸がおかしくなる、全身が何か衝撃に照らされたように熱いのに、頭の端から背筋は酷く冷たい。何でここに、どうしたんだ、巻き込まれているのか?何でそんなーーー?

足が止まり、振り向きそうになった静雄を、誰か派遣仲間がその腕を取って止めた。関わるな、そう言われながら引っ張られ、呆然とその力に合わせて足が進む。
違ったなら関わるだけ馬鹿を見る、また厄介に巻き込まれて、あの虐げられている奴にも見られた事で酷く傷付くだろう。だが助けなかったらどうなるーーー?

泣き伏した顔が瞼から離れない、他人だ、違うと否定してもどんどん記憶の臨也と合致してしまう。ざまあみろ?何でそう思おうとしてしまう?嫌いだからか?だが、そんな非道な目に遭って指差し笑えとでも?

知らず掴まれた腕を振り払ってしまい、気付いたらコンビニのゴミ箱を掴んでいて、考える事なく路地裏の入り口にむけて投げ飛ばしていた。
その後は、派手な音を背にし、事務所まで逃げるように走った。
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