企画物議

□拾損物
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地面に打ち付けた背中の痛みも放って、慌てて上半身を起こすと、地面に突っ伏している鉄塊を確認する。やはり目測よりも手前に落ちてしまったことに視線を手前にずらすのが怖くなる。ずくずくと緊張が高まり、生唾を飲み込みながらゆっくりと視線を奥から手前にずらしていく。
見成れない自販機の裏側、その周りに飛び散った透明なアクリルの破片、衝撃で飛び出した商品がごろごろと幾つか散らばり、その塊の下。
片脚、膝から下を挟まれて突っ伏す黒い人陰。
片腕をこちらに伸ばしたまま、身動き一つしないで塊に足を敷かれてしまっている。狙ってやった事ではない事態に焦り、慌てて臨也のその肩を揺らそうと身を起こした。

「おい、ノミ蟲!?……」

伏せられた顔の下、伸ばされた腕に乗った頭の影からじわじわと何かが広がっている。何か液体でも零れたのか、ジュース缶でも割れたのか?なんて甘い考えは即座に打ち消される。

赤、ただ赤くどろりとした液体。

音もなく臥した影から染み出るそれは、間違うことなく人の体から流れた、血で。つまり、臨也のものだ。
ざっと血の気が引いていく。こうなるようにと仮想して振り回していた暴力なのに、手応えもなく招いた結果の有様にたじろいでしまう。そして蘇るは幼い頃の悪夢。

ーーー赤い血を流して倒れている友人、他人、全て自分の所為で傷付けてしまった取り返しのつかない過去。

「……っ!!」

忘れていたはずの身体が潰れる痛みが全身を走り抜け、知らず早くなる鼓動に呼吸を乱される。それでも立ち上がりもつれる足を奮い立たせて鉄塊をどかそうと前に動いた。
だが、鉄塊に手をかけようとした瞬間、背後に誰かが立ち、静雄の頭に無機質な何かが押し当てられ、ごり、と皮膚が擦られる。気付けなかった気配に身を硬くして背後を伺うと、渋い色のスーツの足が見えた。だが、手元までは見えないが、がちりと何かを鳴らした音から合法ではない鉄の銃器だと何となく察した。

「そいつを渡してもらおうか。イカしたバーテンのお兄さん。足留めしてくれたお礼に鉛玉は勘弁してやるよ」

中年のあまり好ましくない声が、そこに倒れる臨也を声で指し、押し付けている銃をより強く金の髪に埋もれさせる。普通なら恐怖に震えつつ両手を挙げ、命乞いをし、はいそうですかと立ち去る場面だろう。しかし静雄はこれまでに幾つも切迫した場面に遭遇し、力で切り抜け、修羅場らしい修羅場を見て潜り抜けた。寧ろ生々しい場面を見て蘇ったトラウマに、我を失いそうになった寸前で冷静さを取り戻せたぐらいだ。
静かに呼吸を整え、身じろぎせず前方の通路に誰かいないか確認し、背後の男以外にも潜んでないか気取る。まだ誰かいないだろうが、これから増えてくるだろう。先程まで必死に逃げ走っていた臨也はこいつらから逃げていたのかとやっと理解した。

撃鉄を下ろされたならトリガーを引けば頭が撃ち抜かれる。さてどうしたものか。

少しも動じていない静雄の背中を、苛立ちながら見下すスーツ男は、隣で倒れる臨也の様を見て、その脚が有り得ない物の下敷きになっていると気付いた。

「………おいおい兄ちゃん、どうやってそんなもんをこいつに被せたんだ?これじゃあ連れていけねぇ、引きずり出すのを手伝えや」

どうやら、この男は池袋のバーテンダーが自販機一つ抱え上げれるという都市伝説は頭から失念していたようだ。さっきまで持ち上げてうろついていたはずなんだが、見て居なかったのか、それとも知らないのか。それはそれなら好都合だ。

「……いいっすよ」

そう返事をすると、男はやっと静雄の頭から銃口を離し、まだ静雄を狙ったまま僅かに後ろに下がる。ちらりとその距離を測り、予定通り臨也の脚に被さる自販機に片手をかけた。

そして成り行きを落ち着かなく見ていた男が、静雄の動作にうっかり銃を手から滑り落としかけてしまう。

まるで地面に落とした紙やハンカチを拾い上げるかのように、鉄塊を轟音を立てて握り、軽々と持ち上げて見せた。静雄の手が鉄塊に埋まり、メキメキと音を上げて地面から静雄の頭上に持ち上げられる。

「折角だ、オマケにやるよ」

銃を握り直せない男に、これでもかと言わんばかりに引き攣り笑い、間髪入れずに思い切って振り投げた。
男の視界いっぱいに迫った自販機は、狙い通り男を地面に挟んで倒れ込んだ。
汚い悲鳴を上げ、自販機の下でもがいているようだが大事にはなってないようだ。男が立っていた場所からやや離れて出来上がったサンドイッチの騒がしさを他所に、男が落とした銃を拾い上げ、力任せに銃口をへし曲げた。
意外と曲がる物だな、と発見しつつ、これだけ騒いでもピクリともしていない臨也にやっと近寄る。
赤い水溜りは差程広がっておらず、それが自販機で傷付いたのかと思いきや肩口からの出血らしい。できるだけゆっくりと仰向けにすると、気を失っているらしく目を伏せたままの顔が見えた。そして左肩の上に、コートに不自然な穴ができており、どうやら先程の破裂音はこの肩を撃ち抜いたようだ。日頃鋭い目付きでこちらを睨む顔が、今は力無く眠っているようで別人かとも思える。だが、臨也が倒れ込む直前、まさに自販機を投げつけられるという時に、思いもよらず静雄を庇うかのような動きをしていた。

こいつなら別に俺を見捨てて逃げれば撃たれなかったんじゃないか?何でそんな無駄な事を。


物の弾みだったのか何か考えてだったのかわからないが、借りは人に作りたくはない。それが臨也ならば絶対断固お断りだ。大事にはならなくとも自販機で足に何らかの怪我をさせているだろうし、一応凶弾から庇ってもらった。せめて新羅の所まで送り届けてやろうじゃないか。




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