企画物議

□カゲアソビ
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都会の夜は眩しい。華やかなネオンがもう少し少なくなれば、影に暮らす自分らの居場所がより暗いなんて気付かずにすむかも知れない。
なんて考えながら、表にはネオン看板をベタベタと張り付けている雑居ビルの一角に静雄はいた。裏に回れば看板どころか、今にも建物から離れていきそうなむき出しの鉄の階段が非常口だと示されている。もしもの時は飛び降りた方が賢明かもしれねぇな、なんて思いながらその階段を避けて中にあるまだましな階段を使ってここに来た。
御招き頂いたのではなく、お仕事として鍵もなくお邪魔させてもらっているが、人気もないわ物もない寒々しい部屋だった。それでも布団っぽいものや食事をした跡があるからに、ここに探している輩がいそうな気がする。
トムさんが反対にある出入口が見える所に張り付き、俺が目立たない階段が見える場所でしばし待機している。
手持ち無沙汰に待つ事は多いけれど慣れては居ない。消した煙草が床で燻るうちに、また次の煙草を手にして余し続ける時間を重ねる。

似たようなビルが建ち並ぶお陰であちこちには雑然とした路地裏が存在する。灯りもなく、狭苦しい路地に廃材やらゴミ箱やらが置いてあるが人気はない。
時折、そんなところで喧嘩を仕掛けられたりもする。
命知らずのチンピラから逆恨みする阿呆、高い確率で腐れ縁の仇敵。
喧嘩慣れしすぎて拳の振り方も随分と勝手がわかってきたが、昔から絡んで冷やかしてくる腐れ縁はいつまで経ってもトドメを刺せない。
思い出しては苛々するが、逃げ足だけは早い奴に翻弄されっぱなしでいい加減飽きてきた。
直接ぶつかり合おうとしない卑怯者だと、余計な苛立ちを感じてしまう。

その時、真っ直ぐ見下ろしていた雑踏から左手でけたたましい怒号が聞こえた。待ち人か、と一瞬思って探してみると、ビルとビルの隙間を縫うように人影が複数走っていく。
時折見かける街の情景だ、またどこかのチンピラか不良が喧嘩しているのだろう。暇潰しだ、と遠巻きに目下で騒ぐ影を追うと、建物の間にある袋小路の人影を見て目を張った。
細身の身体に目立つコートを纏った、遠目でもわかるその男。

「あいつ……!またここに…!」

この街から去った奴が、自分の縄張りに踏み込み飄々としていることが許せなくて、一瞬、降りて追い駆けてみようかしたが、袋小路に追い詰められ、壁を背にしているからに劣勢だとわかる。
ならばチンピラどもが片付けてくれそうだと、苛立ちを持て余しつつ小さく見える人影を眺めた。
いつも逃げるだけで、まともにやり合うことも少なくなった最近。複数に囲まれて、劣勢な今は、奴はどうするのか。

じりじりと間合いを詰めていくチンピラに対して、追い詰められているはずの臨也は動じず、落ち着いているようだった。体全体を見れても表情までは遠くてわからない。
物騒に刃物や棒を手にしたチンピラどもが、いきり立って振りかぶった、まさに、その刹那。

臨也だろう影が、その背中にそびえる壁に翔んだ。

ただジャンプするようではなく、まるで勢いよく浮き上がるように飛び跳ねたのだ。
恐らく襲いくる連中の目の高さまで飛び上がっていたかもしれない、そしてその勢いに影になった足が壁を蹴り、チンピラどもの頭上を超えて緩やかに孤を描き、体をふわりと回転させ、体重を感じさせない動きで着地してみせた。

遠目からでやっとどう動いたのか見れたのだ、間近にいるチンピラどもは何が起きたのかわかっていないだろう。
目の前の男が、ほんの一瞬でまるで舞うように背後に移ったのだから。

チンピラどもが背後の臨也に気付けた時には、既に臨也は彼らに飛びかかり、空を切って足を振り回す。その地面を蹴る仕草も、軽やかに跳ね翔ぶ様も、何らかの音の韻を踏んで舞うかの如く、滑らかに見えた。
自分の力任せに押す喧嘩とは違い、竣敏な動きと技術で相手を翻弄し、隙を突く。
これまで意識して動きを見て居なかったが、昔から軽やかに逃げ回れたのはあの技術と身体だからなのかと、気付かされる。

空中で半円を描き、勢いを乗せた臨也の足が、首を捻りかけた男を薙ぎ倒し、その隣にいた男も吹き飛ばす。
そのまま体を反転させて着地し、まるでステップを踏むような足取りで、蹴りを免れた別な男が、破れかぶれに振り回す棒を避けてみせた。
その臨也の動きに比べて男らの必死に振り回す動きが何と雑で、滑稽に見えるのだろう。
あえて体スレスレに避けているのは余裕の現れで、段々と躍起になる男らも、それに気付いて余計に動きが雑になっていく。
無茶苦茶な凶器の軌道にも俊敏に反応し、避けるだけだった臨也がコートをはためかせ、その足で、細い手に握られた刃物で、隙のない動きを見せ男らの体に確かな攻撃を浴びせていく。
凶器を地面に落し、軽くない衝撃を食らった男らはバランスを崩して地面と密着していく。それに引き換え臨也は変わらぬ身軽さで無謀者らの合間を縫って、縫ってーーーー舞う。

そうだ、舞う、という表現こそこの場に相応しい。闇雲に力を振り回す自分やあの男らとは違って、相手や逃げ場を見極め、するすると体を躍らせ、手足を振るい確実に優位に立つ。
立って臨也に向う人影がやがて無くなる。立ち上がった者らは傷付いたどこかを押さえながら、先に退路を見出しているであろう臨也より離れ、躊躇っている。
だが、臨也は止めを刺すことはせずに、とんとんと足を地面に跳ねさせ、後ろ手に間合いを広げていく。
敷地を仕切るための無骨なコンクリートの壁に向かい翔んで、難なくその上に降り立つ。男らに手を振り別れを告げるとまた、その身が闇に翔ぶ。
雑居ビルの横についた非常階段、その2階部分の踊り場、落下防止のための鉄柵に手をかけて、軽やかに渡り翔ぶ。鍛錬なくてはではできない芸当に静雄ですら息を飲んで見ていた。

息つく間もなく遠い場所まで翔び去った臨也を、臥して、あるいは立ち尽くす無謀者らは唖然と見上げてその踊る影を見送る。
軽い足取りがコンクリートや鉄板を蹴ってまた闇に翔ぶ音が反響し、静雄の目前にその影が鮮やかに翔び上がり、華奢な手足を無駄なく動かして街の闇に翔び込んで行く。

ほんの短い時間、火をつけた煙草が口につけることなく全てを灰にしてしまったぐらいの時間。魅入るようにその有様を眺めていた静雄は、やがて痛みを訴える無謀者らの悔しそうな声でやっと我に戻る。いつもは自分と一対一でやり合い、逃げ足の早いだけの奴と忌々しく思っていた。だが、力で物言うわけでもなく、さながら愉しむような素振りで体を翻していた臨也。思いがけない一連の動きに、唖然としながらも、ふつふつと胃の底が熱くなっていく。
鮮やかに影を踏んで舞う姿が、きっと見る者によっては美しいと言うだろう、だが、静雄は。

その時、いつの間にか無謀者らがよろめきながら路地裏より散り散りに去って行った後、何となく視線を泳がせた時に、静雄の前にそびえ立つ雑居ビルの屋上、大きな広告看板の前に、不敵な笑みをした臨也が、コートのポケットに手を入れ真っ直ぐ静雄を見下ろしていた。
いつの間にそんな高くまで翔び上がったのか気づけなかったが、さして不思議に思えずふつふつとした殺意を増幅させつつその視線を睨み返す。
視線と視線がぶつかり合う中、ふっ、と臨也は笑みを強めると、ポケットにあった手を抜いて右腕をゆっくりと振り上げ、左腕を背中に鮮やかに回す。そして高々と上げられた右腕を仰々しく大きく振り下げ、片足を引いて腰を深く折って見せる。
踊り終えた後、喝采に応えるように。

下げられた頭を僅かに持ち上げ、さも問うように静雄に笑みかける。

ーーー楽しんでくれたかな?

そしてこうとも。

ーーーさぁ、アンコールといこうか?

その意が伝わったと、静雄の顔に明らかな敵意が浮いたことで臨也は満足気に笑い、お辞儀の姿勢から体を正す。動かない臨也の、どこまでも挑発的で自信のある風体に、つい笑えてしまう。

鮮やかに舞い、翔び回るならば、その体を叩き伏せてやる。そこらの下衆共にやられるタマじゃあつまらない…完膚無きまでに叩き潰してーーー堕としてやろう。

沸き上がる感情は憎悪と愉悦。自分にしかこの臨也を叩き伏せてやれないという確信が、静雄の感情を膨れ上がらせた。
すでに火が消えた煙草をその場に落とすと、真っ直ぐ臨也を見据えたまま、静雄はその足場を蹴り翔んだ。狭くないビルの合間を勢いよく翔び、臨也が待つそこに。
そして二人の感情の不協和音は、闇に舞う二つの影を雑踏に響かせていく。


その舞いに心奪われていると気づかぬまま、彼らは命を掛けて舞い、踊る、ーーー踊る。



<<終>>






パルクールを駆使して実は強い!という臨也さんを偶々見ちゃった静雄

というリクエストをいただきました!…う、動きのある文章なんて難しくて、少しでも動いている気配がでているでしょうか…?
矛盾やおかしなところは大目に見てくださいませ…
フィギュアを見てて、あの踊り終えたあとのお辞儀をする臨也さんが見たくなりました。まさに仰々しくしてくれそうだし、されたほうの不快指数はハンパなかろう、というお話…にしたかった…(土下座
静雄もなんちゃってパルクールつかえるようになっているし、お似合いな二人だこと…←
色々と勉強させてもらえたリクエストでした、本当にありがとうございます!
本当にガッカリクオリティですが、お読みいただいてくださりありがとうございました!!

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