企画物議

□一日目
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満腹になれば顔も緩むし気持も緩む。会話に詰まっていた往路だったのに、遊園地に近い場所まで移動する間、どうでもいいことや、知らなかったそれぞれの事が少しずつ明るみになっていく。
規則正しく揺れる電車に乗って、彼らは目的とする駅に降り立つ。

「やっぱりちょっと肌寒いね、富士山が近いからかな。おお、富士Q見えるじゃん」

「明日、誰が一番チキンか楽しみだなぁ。ていうか、かなり遊園地とか久し振りだよ俺」

「小学生ぐらいまでなら豊島園に行ったことあるがな」

「そう言えば俺も久し振りだ」

「あはは、ここに居るのって中々遊園地が似合わない面子だもんねぇ」

一番チキンそうな新羅を先頭に、改札口を出ようとすると、門田がふと待合室に目をやった。しばらく眺めていたのに気付いた静雄が、同じ様にそちらを見やる。

閑散とした待合室には、見るからに酔っ払った中年が、整然と並ぶプラスチックの椅子にもたれ掛かって寝ている。その、奥に。
この時間には珍しい母娘の姿。
まだ若そうな母親が、眠そうにしている3、4歳ぐらいの女の子を抱きかかえて座っている。電車待ちだろうか、もしかしたら家族の出迎えか。でもどこか雰囲気が、暗い。

静雄がその光景に気付いたのがわかった門田が、どことなく気にしているそぶりを見せる。しかし、そんな二人の前を、足早に歩くスーツ姿の男が待合室のその母娘に真っ直ぐ近づく。

近付いた男に気付いた母親の顔は見えないが、門田も静雄も、どことなく見えた違和感は勘違いだったのだろうと顔を見合わせた。そんな二人をさて置いて、さっさとタクシー乗り場に向う新羅と臨也が二人を急かしてくれる。

「何してんのー早く行くぞー」
「おいて行くよー二人とも」

その声で待合室が見える位置から離れるが、何となく残る違和感にお互いに目配せし、首を捻りつつも、くたびれた二人の後について駅を出た。
タクシーを使わなくてもよさそうな距離にあったホテルは、観光地らしく大部屋も完備されていた。
しかも穴場だったこの時期だったために、4人では広すぎる部屋に通された。ホテルなりのサービスだ。
部屋はフローリングと畳に分かれていて、6人は楽に寝られるだろう。ベッドが2つ床の間に、座敷に二組の布団が用意されていた。特に異論なくベッドを新羅と臨也が、座敷に門田と静雄が陣取った。荷物を下ろせば疲れは一気にやってくるもので、情けない声を上げて臨也はベッドに倒れこむ。それでも賑やかさは変らない。

「あ〜〜っ、疲れたぁ〜〜!というか、食べ過ぎた…」

「胃薬あるよ臨也、特価であげる」

「……素晴らしい友情だな、新羅」

臨也が無理矢理新羅から胃薬を奪おうとじゃれ合うのを、呆れた口調の門田が楽しそうに見守る。そんな有様を窓際で横見しつつ、煙草を咥える静雄。
勢いに乗せられて旅行なんて、本当に嫌だったのだが、思いの他、楽しい。
喧嘩せずにずっと臨也と同じ場にいれるのは、門田や新羅の気遣いがあってのこと。

「静雄ー、風呂の順番、ジャンケンで決めよー」

「後だしするなよ臨也」

「例えジャンケンであろうと俺は負けるつもりはない。特にシズちゃんには」

「……面倒だからアミダでよくね?いちいち俺を引き合いにだすな」

結局は公平にジャンケン一本勝負にて決められ、新羅、臨也、静雄、門田の順番に風呂が決まった。ただ待つのも退屈だと、門田と静雄は二人してホテル近くのコンビニへと足を向けた。
二人して高校生らしからぬ酒や煙草を買い込むと、先程の駅に居た母娘のことを口に出す。

家庭の事情があったにしろ、他人のいらぬ心配にしろ、何か引っかかるものが漂っていた雰囲気。

「……物騒な事ではなけりゃいいけどな」

門田の言葉に頷いた静雄と、言葉少なくホテルに戻れば新羅は既にベッドに沈み込み、丁度臨也が風呂から上がっていた。買い物袋から酒を取り出して慣れたように飲む傍ら、静雄が黙って風呂に向かえば珍しく臨也の笑い声が聞こえる。門田と臨也は気が合うのかよく話している。
静雄と面向かっていたなら確実に見せない笑顔を、門田には簡単に見せてしまうことに、何だか面白くない、なんて感じてしまう。なんだってそんな事を思えてしまうのか考えてもよくわからず、寧ろ苛々してきて乱暴に頭を洗うと早々に引き上げた。

「もう0時超えたか、お前ら寝てていーぞ」

「飲んだら寝るー」

「……お前、一人でどんだけ飲む気だ」

あまり時間をかけていなかったのだが、臨也の周りには既に空き缶が数本転がっている。顔は赤くないのだが、目の周りが赤い。門田が風呂場に消えて、新羅の寝息が聞こえてきて気付いた。静雄と臨也がこうして二人きりで近くに居るのはかなり気まずいと。

あえて臨也を意識しないようにビールを手にして、窓辺の灰皿に向う。臨也も携帯を眺めて静雄から意識を離しているようだった。沈黙の、気まずさが漂う。
軽快な音を立ててプルタブを開けると、若干足が浮つく臨也が立ち上がり、手にした缶を静雄のビールにぶつけてきた。

「休戦記念に、乾杯。二度は御免だけど、こんな旅行は悪くないねぇ」

へらりと笑った顔はいつもよりもずっと邪気がない。酒に酔っているお陰だろうか、かなりご機嫌らしい。突然の乾杯に驚いた静雄は、何と返せばいいかわからず黙って酒を口にする。煙草とビールを交互に口に運ぶ静雄の横に座り、何を喋るでもなく同じ様に酒を飲む臨也。
成り行きというか勢いで企画した旅行、こうして二人きりになっても喧嘩せずにすむかどうか不安だったが、どうにかなりそうだ。壁にもたれ掛かって座る臨也は、眠たげな目を天井に泳がせてぽつりと言葉を投げる。

「………シズちゃんさぁ、修学旅行の思い出って、ある?中学んときの」

間延びした物言いからかなり酔っ払っていそうだ。疲れているときにハイペースで飲んだなら、いくら強くても酒は回るだろう。

「………なんだいきなり。別に、夜に抜け出すとか、寝る前に色々話したとかそんなんは覚えているけどよ。大して楽しくはなかった」

問題児として始終教師らに囲まれていたからでもある。唯一他の生徒らと一緒に居れた部屋の中での思い出が根強く覚えている。静雄の言葉に言葉少なく頷いた臨也は、両足を投げ出し、壁にずるりと背中を滑らせてふっと笑う。

「どこも似たようなもんだねぇ。俺も、旅行より他の連中と騒いでいたのが楽しかった。…まぁ、お約束のさぁ、好きな子は誰だ?みたいな話とか」

それも話した記憶がある。当時少しも気にかける子がいなかったために、ズルいと言われたのも覚えている。
酒に潤んだ臨也の目が静雄に向けられる。煙草を消そうと灰皿に身を屈めた時に目が合ってしまう。

「……シズちゃん、いま、好きな子とかいんの?」

「……何を言い出すんだテメェ」

「いるのか、いないかでいいからさぁ、どうなのさ」

「……あのなぁ、俺はそういうからかいとかが大っ嫌いでな」

「からかいじゃないよ、普通に、質問」

いつも腹黒さを抱えてコソコソしている臨也が、そんな平均的な話題を持ちかけてきたことにある種の衝撃を受けたというのに、何か企んでいるのかと思わせられる質問。しかし顔をみれば、酒に酔ったのかいつもよりも邪気が見られない。少したじろがされ、朝になれば忘れているかと思い、答えてみる気が沸く。

「……いねぇな。特に」

「……えー?隣のなんとかって女子が告ってきたのに?」

「なんで知って……いや、断った。よく知らないし」

二ヵ月程前だ、いきなり呼び出されて人気のない中庭で絵に書いたように告白された。だが、割りと垢抜けたタイプの彼女は、静雄が好き、というか喧嘩が強い男を彼氏にしたいだけで告白してきたのだ。それを見透かしたのかわからないが、彼女が言う「好き」という言葉にどうも信じられず、ましてやあまり知らない人だと警戒からお断りしたのだ。

「ふぅん、勿体ない。中々シズちゃんに告る女はいないだろうに…」

「別にいいだろ、好きでもないのに付き合うなんざ御免だ」

「君は鋭いのかそうでないのかわからないよ」

「?あ?何が?」

「なんでもー。本当に好きな子とか気になる子はいないんだ?」

「……そうだ」

「へぇ、じゃあ大嫌いな奴は?」

聴かなくてもわかり切って居る事をにこにこと尋ねてくる。酔っ払いとはかくも恐ろしい、理解し難い思考をしている。

「あえて聞きたいのか」

「うん、あえて」

「もちろんテメェだ」

「テメェさんなんていないよー。お名前は?」

今にもふにゃりと倒れそうな口調はからかってくる言葉をずっと軟化してしまう。キれるタイミングを逃してしまって、とりあえず苦い泡を飲み下す。

「……臨也、お前のことだ」

「それはどうも」

嫌いと言われても何だか嬉しそうにしている。静雄の口から臨也の名前が飛び出たなら、殊更機嫌が良くなって。

「……そうそう、俺はねぇ…」

臨也が何か言いかけた時に、風呂場から門田が出てきて臨也の言葉は止められた。そしてすっと立ち上がると手にしていた酒を静雄に押し付ける。

「……飲みきれないや、あげる」

「おい、さっき何を」

「お前らもう寝とけ、寝坊すっぞ」

そう言いながらも門田も酒を開けてしまった。当の臨也は何も言わずに洗面所に消えていく。

両手に酒を持って釈然としない面持ちの静雄を不思議そうに門田は見下ろし、静雄の煙草を一本拝借する。

「……なんだ、またからかわれたか?」

「………いや」

ビールを飲み干して、そんなに飲まれていない臨也が残した酒に手を付ける。桃とパッションフルーツのカクテルはやたら甘く感じる。
門田と何を話したか覚えてないが、やがて黙ったまま横になった臨也が就寝の挨拶を淡々としてお開きになった。

明かりが消えて眠気に飲み込まれるまで、臨也は何を言いかけたのかと考えていた。

ーーー大方、あいつも俺を嫌いだと言いたかったんだろ

それ以外には考えられなかったが、何だか学校とは違う雰囲気だった臨也に、落ち着けない気分のまま眠りに落ちた。
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