企画物議

□次回連載予告?
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ーーープロローグ



最近臨也を見かけない。

それはそれで喜ばしいものなのだが、二日ほど空けばどこそこで目撃証言やら直に発見できていた。
それなのに、一週間もの間、奴が池袋にいないのは異常にも思える。
いよいよくたばったのかと闇医者の旧友に死亡したかどうかを尋ねてみたが

「臨也?見かけはしないけど、仕事の依頼はくるから生きてはいるよ」

「…じゃあ池袋に来て居ないだけなのか?」

「そうだと思うよ、風邪でも引いたんじゃない?依頼は全てメールってセルティが言ってた。なんだい気になるの?」

「……弱っているならトドメ刺しにいくだけだが。それならいい」

気にならないといえば嘘になる、確かに長らく顔を見せない時もあったがそれには前兆もあったし、きっかけもあった。
それから臨也と関わりあいのある輩は一様に応えた。

「ああ、情報屋さん?いつも通り御贔屓よ。最近はメールでしかやり取りないけど、ね」





新宿、殺風景だがシックな事務所に、秘書が落ち着かなく仕事をこなしていた。
何かに怯え、気にするように。

そして入り口のドアが開いたとなると、慌てて立ち上がり、荷物とコートを掴んだ。

「…あれ?もうお帰りですか矢霧さん?」

そう軽やかな挨拶をするのは彼女よりも年下で、学生ブレザーに身を包んだ黒髪の少年。
大人しそうな印象そのままに微笑むと、秘書は凍り付いて軽く頷き、入れ違いに出て行こうとする。

「……ああそうだ、彼は変わらないですか?」

その声は、確かに調子を変えていない、なのに凄みがある声。
彼女は振り向きもせずにその声に短く是訂すると急ぎ足で事務所を出た。

「そんなに怖がらなくても…傷付くなぁ」

ため息を漏らしながら鞄を下ろすと、続き部屋への扉を開けた。入り口には視界を遮るように衝立があり、それの向こうにはセミダブルのベッドがあった。
白いシーツに白いコンフォーター、白い大きな枕。
その枕を背にして項垂れるように人形が座らされている。
だが、人形と見えるのは一瞬だけで、よくみればそれは人間であるとわかるだろう。
病院で着るような白い服から覗くは白い肌、それに映える黒髪、覗き込むと生気はないが整った顔。
その赤い双璧は虚ろに開けられ、その焦点は合わさっていない。ただ目の前の白い寝具に目を落とし、近づく少年にも向こうとしない。

その人形はかつて折原臨也と呼ばれていた、人間だ。


「……戻りましたよ。今日も変わらず行儀よかったみたいですね」

そう言われても、その人は身動きどころか瞬きすら返さない。何も反応がないことを大して気にもせず、脈を取り、点滴を確認する。

静かな呼吸音を聞いた後、そのまま部屋を出て、少年は事務所の中で一番大きな机に向かう。
かつてはその臨也が座っていた椅子に慣れた様で座り、キーボードを叩く。
手馴れた手付きで羅列する文字を追い、メールを数件作成しては送信する。全ての署名には『折原臨也』とあるが、少年の名前は別だ。

その時、珍しく事務所の電話が鳴った。面倒臭そうに受話器を上げると、聞こえた名前に少年は顔を綻ばせた。

「……はい、留守番役の竜ヶ峰帝人です。臨也さんなら今は外出されてますよ、平和島さん」

絶句する相手の反応に満足して、困ったようなフリをして続ける。

「……ぼくだって不本意なんですから、留守番なんて。どこにいくか知りませんが、もしかしたら池袋じゃないですかね……はい」

ぎこちない向こうの反応に、ついつい笑えてきてしまう。心配なんでしょう?と聞きたいが我慢だ。

殊更丁寧に挨拶をして電話は切れた。この後彼は来るはずもない臨也を探して池袋を彷徨くのだろうか。滑稽だがそれを見てみたくもなる。

「静雄さんはいつ、貴方と会えるんでしょうね」

先程までいた部屋の扉を見ながら、机の上で足を組んで座る。膝を抱えて何をしようか考えていると、臨也の携帯が鳴る。
メール受信、あの首無しライダーだ。

内容は仕事が完了したという律儀なメール。それにすぐさま返信で

『ご苦労さん、報酬は新羅のいつもの口座に振り込んどくからそう言っておいて』

メールやネットでの口調など真似ることは簡単だ。こうも疑われずになりすましできるなら早くから実行すべきだった。
送信し、その携帯を放ろうとするとすぐに返事がきた。この人は本当に返事が早い。

『最近は振込ばかりだが、怪我か?風邪か?』

一応社交辞令な心配なのだろうが、臨也もそういう言葉をかけて貰えるのかと小さく驚いた。短く終わらせようと手早くキーに指を滑らせていく。

『忙しくってね、お陰様で』

そこで送信と同時に携帯を放り投げた。

心が壊れた彼になりすまし、この街を掌握する。そんな事はただの余興にすぎない、見てみたいのは空蝉状態の今、臨也をあの人は見つけられるかどうか、という事。
彼の心を壊そうと、彼の一番脆い部分を突いてあげたならあっさりと崩れた。適度に混ぜ混んだ薬の作用もあったからかもしれない。
自我を無くし、人形のような状態の彼をどうしようかと考えた結果、彼の秘書、矢霧波江に『ちょっと強引に』お願いしたところ、口の硬い医者やヘルパーまで手配してくれた。
『まだ』波江には何もしていないのに、彼女は少年を恐れている。

そして彼がこんな状態になった事をバレたくなくてなりすましを考え、その後平和島静雄の事を思いついた。
なんだかんだ言う二人のくせに、お互いがお互いを必要としているのに気付こうとも、認めようともしない。
ならば本当に消す手伝いにもなるし、きっかけにもなるだろう。仲人役なんて聞こえはいいけれど、実際にはそんなグダグダな関係の二人に呆れてどうにかしてやりたくなった。気まぐれにだが。

ただ、なりすましがあまりにも上手くいってるために、誰も臨也の不在を疑わない。
このままでは臨也が自我を取り戻すのが先か、誰か…静雄が見つけるのが先か、衰弱していく臨也が力尽きるのが先か。

「ああ、僕って酷いなぁ…だけど楽しくて仕方ないなんて正臣にも言えないや」

幼さ故の残虐さを思い出したかのように、彼は笑う。

扉の向こう、変わらず座する彼は、平和島静雄の名前を聞くと、細い指を少し震わすーーーー







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