妄想長編
□7(完)
3ページ/3ページ
「……参列者の方ですか?」
つぎの瞬間には横から怪訝そうな声が耳に届いた。情けない返事をしてしまい、慌てて声の方を見ると、若いスタッフがじろじろと静雄を見上げていた。
「…いえ、すみません。知り合いの結婚式を思い出していて」
そう言いながら先程までそこにいた幻の花婿を真似て、できるだけ柔らかく微笑んでみせた。
すると、スタッフは顔を赤くし、目を背けてしまう。
「……け、見学でしたら受付にてお手続きされれば、できますので」
「…ああ、すみません、でももう帰ります」
スタッフの様子が変わったことに気がつかないが、思っていたよりずっと楽に笑えたことが嬉しかった。今まで浮かべた笑顔は、堅苦しくて嫌なもんだったが、これなら笑うのも楽しくなりそうだ。
「…あれ?シズちゃん?」
ゲストハウスから出た矢先に、予想にもしていない人物と鉢合わせてしまった。おおよそ純白とは無縁の男が、ぎこちなく笑って逃げようと足を止めている。
「…まぁ、待て。俺がここに来たのはお前とだいたい同じ理由だ。今日はテメェとやり合う気はなくてな」
そう言われた臨也は、それとなく視線を静雄から外し、逃げようとしていた足を少しだけ静雄に向けた。
「…俺はたまたまここを通りかけているだけなんだけど?花とか持って、誰か知り合いでも結婚した?」
静雄が握っている小さなブーケを指して、いつもと少し調子が違う声が響く。なぜに臨也がここにいるのか、この場所なのかはわかっている。
ただ臨也も来た事が驚いてしまい、ついつい笑った。
「……何なのさシズちゃん」
「いや、別に。今日、ここで知り合いが結婚式やるって聞いたんだか…見れなくてな」
「……へ、へぇ。そーいや、俺もここで、誰か式挙げるとか聞いた気がするけど誰だったかな。まぁ、どうでもいいんだけど」
「そうか」
「……なんだよ、今日もシズちゃん、変」
訝しむ臨也がどこか控え目だ。あまり気にしていない素振りで時折式場を見たり、静雄の手にした小さなブーケを見たりと。
「テメェもどことなく大人しいな、何か思う事あったか」
「え、いや、別に…うーん。だけど今朝からなーんか気分がこう良くて、何だかな…うきうきするっていうか。落ち着かないんだよね」
そこで臨也が笑う顔は、いつしか見たもう一人のイザヤを思わせる程に柔らかい笑顔だった。
それを見た静雄は驚くと、少し照れ臭くなって、先ほどのように力を抜いて笑い返していた。
「……いい天気だからじゃね?」
「……ああ、うん、多分そうかもね。絶好の日本晴れだ」
静雄のかつてない柔らかい雰囲気なんて初めてだ、と急に緊張してきた。いつもならここで追いかけっこでも始めるのに、どうもそんな気分にもなれなくなる。
「今日は特別な日なんだろうねぇ。ああシズちゃん、よければその花を拾った経緯でも聞いてあげるけど?」
「テメェが茶化したりしないんなら話してやるぜ。飯おごれ」
「……仕方ないなー、偶にはおごってやろう、マック?モス?寿司?」
そうか、こいつは、臨也は。
こうして静雄が、彼を柔軟に受け止めてくれるのを待っていたのか。
そして向こうのイザヤも、こんな些細なことから少しずつ歩み寄っていったのだろう。時間をかけて、苦しんで悩んで、時には苛立ちながらも。
もう一人の静雄もイザヤに対して折れるなんて、余程の覚悟や度胸がいったのだろう、少し、わかる気がする。
「……今日は珍しく笑うねシズちゃん、久し振りにそんな顔…や、初めてかも」
「…お前も人の事言えないがな。よし、大トロ食わせろ」
「はあ?シズちゃんには中落ちまでがせいぜいだよ、俺の大トロ取らないでよ」
「お前はもっと別の食え。トロばっかじゃ寿司に申し訳ないだろが」
「……ああもう、どのシズちゃんも同じ事を言う…」
「…ソレを言うならどこのイザヤも同じ事を言っていたが」
ぎこちなく並んで歩いていても、その空気は嫌なものじゃなかった。珍しく喧嘩しない二人に気をよくしたサイモンが、豪華な寿司を用意してくれた。
今日は何だかお祝いしたい気分なんだ、と。
憎まれ口を叩き合いながらも、寿司片手にあの空白の一日について話し合った。少なからず静雄にも臨也にもショックはあったが、最後には同じ事を思えていた。
違う世界で共にいられるなら、俺らもこれから変われるんじゃないか、と。
「いやでもシズちゃんがここで酔って泣いた時はそれはそれは見物で俺人に喋りまくっちゃってさー」
「……ほぉぉ、その話もっと詳しくしてもらおうか……いーざーやくーん?」
時間がとてもかかりそうだが。
そんなじゃれ合いを静かに見守り、カウンターに飾られたブーケが、まるで笑うように揺れていた。
終