妄想長編

□7(完)
2ページ/3ページ




あれから約一ヶ月ーーーー



よく晴れた日曜日、静雄は何となく休みを予定していて、朝から不思議な緊張感を持ちながら新宿にいた。
足が向う先には、今の静雄にはとても縁がないゲストハウス。確かなら違う世界ではここで一組のカップルが永遠の誓いを立てているはずだ。
もしかしたら、なんて変な期待を他所に、入り口には洒落た字体で二つの苗字が書かれたボードが掲げられている。もちろん知る名前ではない。
参列者の影もなく、所々スーツを着たスタッフが掃除や準備に動き回っているのがわかる。式の始まりはまだ先だろうか。

何となく建物を見上げると、白いドレスを着てはにかんでいた彼女が思い出される。向こうではどんな気持でそれを纏い、どんな言葉を言われているのだろう。
彼女が言うには、昔から静雄が気になって仕方なかったと笑っていた。喧嘩をけしかけ、ちょっかいを振り回し、迷惑かけたことは本当に忘れたい程に情けなかったと。
そんな言葉は彼女だけの言葉と受け止めていたが、こちらの男の臨也も少しでもそう考えている節があるんじゃないか、なんて考えるようになった。
臨也から一方的にけしかけられ、それに変わらず暴力で答えてきたが、もしも見方を変えて柔軟に受け入れてやれば臨也の方も変わるんじゃあないだろうか。彼女も、静雄が変わったと繰り返し言っていた。
ならば、今までとは違った考えを持てばこれまでの殺伐とした空気は無くなるのではないだろうか。
彼女に、近付けれるのではーーーー

そこまで考えて石畳の上で立ち尽くす。このしばらく、臨也の顔を見てなくて思い出すのは彼女のことだけた。憎い嫌いな名前と面影であるのに、中身もそう変わらないのに、女である事と自分を好きだと言う事があっただけでこんなにも焦がれてしまっている。
それでも二度と会う事はない。その事実がより喪失感と慕情を募らせる。
せめて、その晴れ姿を一目見たかった。

赤い絨毯が敷かれたチャペルの前を何となく眺めていた時だった。突然突風が吹き荒れ、砂埃に思わず腕で顔を覆った。春先の風にしては珍しい勢いで、周りの木々を揺らして去った。
風を感じなくなった時に手で体の埃を振り払おうと腕を下げれば、目の前の景色が変わっていた。
華やかなパーティドレスや礼服に身を包んだ参列者に、どこか見知った顔が混じっている。見間違えるはずのない上司や身内の顔、旧友、そして街の人間。
皆一同、チャペルの大きな扉が開くのを待ち構えて、どの顔も笑顔を浮かべていた。

そして、屋根の鐘が厳かに高らかとその身を揺らして鳴った。

静かにゆっくり開かれた扉から、純白のドレスを纏い、華やかなベールをつけて笑う女性と、その隣で彼女の細い腕を腕に絡めて笑う、タキシード姿の、自分。
髪はオールバックにされているだけでなく、穏やかなその表情が、同じ顔の別人だと思わされる。

ゆっくりと階段を降りる2人に、祝福の声やフラワーシャワーが降り注ぎ、黒髪の女性と自分が周りに頭を下げては笑い合って幸せそうだった。
やがて階段も途中になると、スタッフが声をかけ、女性が背中を向けた。手にしたブーケを高々と放り投げ、参列者の女性らが楽しそうにはしゃいでそれを追う。誰かが拾い、高々とブーケを掲げると、花嫁は嬉しそうに拍手を送った。

その幸せな笑顔は確かにイザヤで、隣にいるのは過去を乗り越えられた静雄。

ふらりとそこに足が向う。傍に誰かスタッフがいるのに誰も近づくバーテン男には気がつかない。見えていないかのように横を通り過ぎるが、静雄にはどうでもよかった。
イザヤの笑顔を見たかったが、それよりも聞きたい。

なぁ、俺はどうしたら強くなれるんだ?

参列者に囲まれて照れている花婿の静雄に、どうしても聞きたい。力に、過去に、この街に耐えられて笑えるには。

参列者の波に入り込めなくて、呆然と立ち尽くし、幸せそのものの二人を眺めていた。その波に入り込まず、遠目で見守る漆黒のライダー姿の女性が拍手していた手を止め、じっとバーテンの静雄を見据えた。
見えるわけはないはずだが、彼女ならわかったのかもしれない。
そしてゆっくりと腕を伸ばし、その群れを指した。

人の群れを掻き分けて、一歩バーテンの静雄に近付いたのは紛れもなく同じ顔。花婿である静雄だった。
驚き、思わず見返すが同じ目線で鏡のように自分の顔を見ているようで錯覚してしまう。

「……こちらのイザヤは任せてくれないか?あいつは本当に手を焼かせるけれど、向き合えばわかってくれる」

機械越しじゃない自分の声を初めて聞く。未だに目の前の自分が自分だと認識できてないが、こんなに優しい表情もできるのかと自分に驚く。

「…仲良くは無理でもわかってはやってくれ。イザヤは寂しがりなだけなんだ。少々喧嘩早いんだがな」

そういって苦笑いを浮かべ、人に囲まれているイザヤを指差す。化粧され、あの時選んだドレスがよく似合う。その笑顔に曇りも何も無い。

胸が苦しくなるが、そこを堪えて自分に向う、時間はないと何故かわかった。

「……どうしたら、俺は俺を許せるほど強くなる?」

その言葉に、少し驚きながらもまた微笑んで花婿は応えた。

「まだ許せてない。許せてないし、この先も許さないだろう。だけどこんな自分を好きだと言ってくれる馬鹿を守りたいと思った」

そして2人の静雄が見る先にはやはりイザヤがいた。

「素直になりゃあ俺もあいつが好きだったとわかったけど、それまでが長くてな。男のイザヤなら親友になれそうだと思ったんだが…」

「…無理そうだな」

「…そうでもないさ。大丈夫、そっちの俺も幸せになれるよ。それじゃあな」

「……あ、おい?!」

そう言って去り際に、胸に指してあった小さなブーケを静雄に押しつけ、また人混みに紛れていった。
動いてもいないのにそこから体が離れてしまう、まだ聞きたいことはあるのに。

「……いざっ…」

人の顔がわからなくなる手前で、幸せな花嫁の笑顔が、確かにこちらに向いて手を振った。






次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ