煙草のお題

□マイルドセブン
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昨日とか先週とか、そんな最近に始まった因縁なんかじゃない。
青春の始まりは殺意を抱く事で始まった。

その因縁の二人、静雄と臨也が殺意を剥き出しのままぶつかり合い、逃げようと追い駆け、物を投げて刃物をかざす。街中であれ、路地裏であれど。
しかしその日の臨也はいつもと違い、適度に渡り合ったらさっさと逃げるはずが、執拗にそのナイフを静雄に刺す事に執着した。積年の恨みつらみが爆発したかのように、細い足で蹴り上げ、ナイフの切っ先を静雄の心臓めがけて振り下ろしていく。

日頃よりも苛立ちや怒りを露わにした臨也にどこか驚きながらも、身軽に攻撃を避け続けるのが腹立たしい。静雄も日頃以上に苛立たせられてしまっていた。
追い駆けていくうちに、取壊し寸前で放置されていたビル内に迷い込んでいて、今自分らが何階にいるのかもわからない。ここまでどう走ってきたのかも記憶にない、それだけ激しく争って、至る。
窓は打たれた木板が朽ちて、遮らねばならないはずの日光を、広い何も無い部屋に招いている。その中を埃を上げてただ拳を上げ、腕を振り回す二人。

やがて疲れが見えてきた頃に、臨也の足が静雄の足を打ち、僅かにバランスを崩させた。体勢を整えられる前に勢いよく胸倉を掴み、そのまま静雄の背中を床に叩きつける。
背中を打つ衝動に息を呑んだが、痛みはそうない。静雄の体は臨也よりもかなり頑丈なのだ、生半可なことじゃ痛みも傷もつかない。
肩を上下させ呼吸を繰り返す臨也の目には、揺るぎない殺意が確かに静雄に向けられている。それを睨み返す静雄の目にも、明らかな殺意が込められていた。

自分を体で押さえ込もうとする臨也を跳ね除けようとしたが、片腕を足で抑えられ、静雄が動くより早く、臨也はナイフを体重をかけて振り下ろしていた。

どん、という鈍い音とその衝動で窓が揺れた。突き刺したはずのナイフは、まだ刀身は静雄の胸上で光っている。布を切り裂き、その下の皮膚に赤い血を滲ませても、その肉を貫いてはいない。

「……また、かよ……!」

手加減したわけではない。華奢で力のない臨也でも、体重をかけて振り下ろしたなら致命傷は浴びせられたはず。
僅かに皮膚に刺さるナイフに力を込めているが、震えるだけで刃先は静雄の体に沈まない。
痛みは感じないが、押さえ込まれているのと一方的に仕掛けられていることにキれ、臨也がナイフに体重を乗せようと屈んだ瞬間、その細い首を掴んでいた。

「……っ、がっ…!」

このまま首を締めればいい、と思ったのは臨也の細い首の熱と脈を感じた後。少し力を入れただけで悔しそうだった臨也の顔が驚愕し、すぐに苦しそうな表情に変わる。

それでも、静雄の胸に立てたナイフから手を離さず、抗うように角度を変えて押し込もうとしていた。

「……の野郎っ…!」

胸にビリリと痛みが走る。皮膚に赤い筋をつけてナイフが滑るが、深さはない。怒りに強張る筋肉は臨也のナイフを簡単に押し返す。手の中の首はどくどくと血の流れを滞らせ、口から入る酸素を遮断していく。

「……っ、ぁ…」

項垂れた臨也の頭がようやく後ろに逃げ、その顔がより静雄に見える。
苦し気に歪む顔にはまだ殺意の篭った目を浮かべ、締め上げる静雄を睨んでいた。その目を見た瞬間、手に力がまた加わり、みしりと嫌な音がした。

「……っ、ーーーっ!」

殺してやる、それだけしか考えれなくなった静雄の手を、震える臨也の手が掴み、引き剥がそうとする。だが、ただでさえ力では敵わない相手、力を緩めさせる事もできない。
そしてやっと握られていたナイフから手を離し、両手で静雄の腕を掴む。
最早力が入らず、苦しくて怖くなって、静雄を睨む事をやめ、溜らず目を背け、閉ざした。すれば目から溜まっていた涙が目の横を伝うのすら、気付かないで震えて

そして薄らと臨也の口が笑みを象ったのだ。



それを見た瞬間、弾かれたように手を離し、臨也の体を床に投げる。転げた臨也は喉を一間つまらせた後、激しく咳き込み、ぜいぜいと濁った呼吸を繰り返す。

「……テメエ……何……」

締め上げていた手は震え、まだ手の中に臨也の首があるかのように熱かった。横倒しのまま臨也は動けず、涙に濡れた目を静雄に向けて睨み付ける。しかし恐怖や息苦しさに負けてその力はなく、弱々しく見上げるだけになっていた。
腕でそんな弱った顔を隠そうにも、指一本いう事を聞かない程体から力と酸素を奪われている。

そんな弱り果てて、紙一重に死を避けれた臨也の顔、濡れたその目を見た瞬間に静雄に殺意とは別の衝動が走る。それこそ我を忘れるという程の。

「……イザヤよぉ、俺はお前が大っ嫌いだ。その首を折るか絞めるか引きちぎるか、…全部やりたいぐらい大嫌いだ」

まだ肩を震わせ、必死で足りてない酸素を吸い込むが少しも体に取り込めていない。肩どころか体全体が震え、まだ首に残る圧迫感が呼吸をし難くする。頭は目覚めの悪い寝起きのようにぼうっとしてしまい、静雄の声は遠くにも聞こえたり、近くなったりする。
ぼやける視界の向こう、薄暗い室内でも際立つ金色の頭がこちらに近付くのがわかった。すれば喉元に残る痛みと恐怖がぞわりと蘇り、反射的に肩が震える。

「だがよ…お前がそう弱って泣く顔は悪くねぇな」

顔は霞んで見えないのに、静雄が笑っているとよくわかる。
これまでにない劣勢に追い込めて、もう一度この首にその手がかかり、少しでも力を入れたなら、終り。

そんなのを目の当たりにしたなら、嬉しくなるだろう、逆でもきっと自分も笑っていただろう。
遠く浅くなる意識でもそんな事を考えていた。

とうとう、シズちゃんに殺される


手が離れる直前に過った言葉がまた過れば、臨也もまた笑えた。
力無く、穏やかに満ちた笑顔。

そして目を閉ざした瞬間、静雄の手が白い喉に残る指の痕をなぞり、涙と汗に濡れた頬を撫でる。

相成れない存在、叶わない渇望、手に入らない心。
とうの昔に諦めても燻る慕情を、昇華させるにはわかっていた。

最後の瞬間を、最後の顔を、その手を持って見届けようと、いつの間にか交わされた暗黙の約束

死ぬ時は殺される時、他でもないその人に


それなのに温もりを欲しがる体は、その首を捉える事を拒んで動けない






<<不器用な感情を恋と呼べない、二人>>

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