捏造長編

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ブレザーに身を包む個々の集団が、学校という同じ場所に向う中、朝の挨拶をしたきり黙ったまま歩く帝人と杏里。
微妙な空気を重く引き摺ったまま、同じ速度で歩いているうち、杏里が唐突に口を開いた。

「……臨也さんは、もう、……殺されたのでしょうか」

その言葉に、何か明るい話題を探す事をやめて、帝人は昨夜のチャットを思い出す。
表立ってニュースにならない上に情報もなく、学生達は徐々にその名前を口に出さなくなっていた。噂とは飽きられるものだし、元々世界が違う話題だからか。

「……簡単に殺される人ではないと思うけど、さすがに状況から助かるとは思えないし」

「ですよね…」

ダラーズの掲示板でも、噂と嘘が飽和して何も情報が入らない。この前の話なのに、ネットではとうの昔の話題のように語られてしまっている。

「でも、生きてるとして、またこの街に戻ってくるつもりでしょうか…?」

「池袋に?……それは…」

昨夜いきなり書き込まれた池袋での犯罪予告めいた言葉。確かにあの時は臨也本人が何かやらかすと思えたのだが、そう簡単に街に戻れそうに思えない。
もしかしたら、本人が居なくても銃弾が飛ぶような事があると示唆したのではないか、とも考えられる。

「戻ろうとして戻れる状況じゃないけど、臨也さんなら何とか戻ろうとするんじゃないかな」

池袋における、臨也と縁深いといえば彼しかいない。そしてこの状況でも会おうとするも十分納得できる。

「…静雄さんに何か仕掛けずにみすみす殺されるなんてないと僕は思う」

「平和島、静雄さん…ですか」

その名を口にすれば、杏里の右腕に潜むその存在が悦び、慄いた。
幾度と彼を求める内なる声を聞いただろう。
罪歌にとって唯一の、愛したいのに愛し尽くせない静雄。
それと反し、罪歌が愛する事を初めて拒んだただ一人の人、臨也。
その二人の間にある因縁は、誰が見ても根深く、半端な感情ではない。それぞれが、どう相手に仕掛けるのか策を練っていそうだ。

「臨也さんなら色んな所に顔がきくから、人を使って静雄さんを消そうとしているかもしれない。自分が最悪殺されてしまっても、静雄さんも雇われヤクザに殺される…とか」

「でも、今は追われているんですよね?臨也さん…」

「…そうだよなぁ。味方してくれるとこを探せる暇があるなら、そうしてるかもしれないけど…」

「それに…万が一、それができたとしても、そこまで憎み合うなら他人の手に殺させて満足するのでしょうか?」

「え、うーん。殺す事にもう手段を選べないなら、人に任せるだろうけど…静雄さんは少なくとも自分で決着つけたそうだし」

そこで帝人は、あの青筋を立てて自販機を抱える静雄を思い出して、僅かに背中を震わせる。

「臨也さんはどうだろう。真正面から静雄さんに向かっていって勝てるのかなぁ」

「…臨也さんも、それなりに喧嘩慣れしていますが…本気になればどうなるんでしょう」

静雄と臨也のどちらともの闘いを見た事のある杏里。そういえば、それぞれが喧嘩はしても本気でぶつかる事はそうなかった。他人に止められたりうまく逃げたりと、勝負はいつもついてない。帝人にとっては規格外の二人が、どう決着をつけるか想像も難しい。

「今日か、明日か……」

そこで何かが変わる。これまでの何かが終わって、始まるものがある。

「……臨也さんか静雄さん、どちらともがこの街から消えてしまったら…僕たちも何か変わるのかな?」

二人とは直接関わらなくても、何らかの縁で関わっていた。その縁が、ふつりと消えて無くなった時は。

「……変わらない、わけ、ないですよね」

これまでと違う日常が始まる。それは非日常ではない、日常。変化を嫌う繰り返す日々が、歪になって変わるという不安。そして、期待。

「僕達はそれでも、毎日学校に通うだけなんだけどね」

人が死ぬ、殺されるなんて時でも、目の前の校舎は変わらずそこにある。変わらぬ景色に馴染んだ、学生である自分らの日常。
帝人が少し笑うと、杏里も少しだけ笑った。
自分らに何もできないと、変化に抗う事をそこで諦めた。



池袋、某所。寂れた居酒屋ーーー
夜に動く輩のために朝も営む小さな食堂だ。そこで僅かな肴で酒を煽る、見るからに堅気じゃない二人組。

「何で兄貴どもはとっくに街から逃げた奴をここで探せっちゅうのかね」

「そりゃ、アレだろ?逃げた話がデマで、本当は近くにいるって誰か言ったからだろが」

「そんなもん信じてんのかよ、あ、女将さんおかわり」

「でもよぉ、たった一人に東京中のマル暴が足並揃えすぎじゃね?こんなに仲良しだったけか」

「馬鹿かテメェ、知らないのか?新宿で探していたどこそこの組と組が鉢合わせて死人だしてんだよ。ウチの組も若いのが、渋谷の奴らとやり合ってたじゃねぇか」

「なんだいおっかねぇ。そういや最近ここいらでソッチの連中よく見かけるな」

「見つけたもん勝ちだからな、奴を仕留めたもんなら幹部に昇格すっし、組も安泰と」

「イケ好かねぇ奴だったが、こんなまで追われているのはちょっと哀れに思えるよ。だけどよ、どの組も見つけ次第ぶっ殺せなんて穏やかじゃねえな」

「そんだけ奴は危険だっつー事だろ…こんだけ探しても見つからないんじゃあ、東京にいないか殺されたかしてんじゃねぇか?」

「だとしたらいつ引き上げりゃいいんだろうな。…っておい、テレビ…」

「あ?…何だ、横浜?誰だよこんなホテルで撃ち合いとか…?……ありゃ新宿の奴らじゃねえか?おいおい、まさかそこに奴さん居たとかかよ」

「死人出てるぞ、仕留めたんじゃないか?」

「名前…出てこねえな。ん?横浜の組の名前ってどっかで聞いたことねえか?」

「2、3年前ここらへんの組に潰されかけたってとこじゃないか?まだあったのか」

「うん?それなら…おい、叔父貴はこれ知ってると思うか…?」

「何でだ、関係なくないか?」

「馬鹿か、叔父貴らの顔に泥塗った奴らじゃねぇか。散々頭下げて傘下に入りたいとか言って、横浜から来ようとした奴らだよ。ブツのルートを漏らしたか何かで裏切ったんだ。確かそんな奴らだ、間違いねぇ」

「だがよ、そいつら上を殺されて引っ込んだじゃねぇか、もう関係ないだろ?」

「大アリだ。叔父貴の弟夫婦が巻き込まれてムショ送りになった。それをまだ叔父貴は許せてねぇ…俺、ちょっと叔父貴に会ってくる」

「マジか…わかった、行こうか」

折原という獲物の前に出てきた敵。思わぬ事に二人は慌てて残った酒をかっこみ、叔父貴の元に走っていった。

一人の人間に、同じように群れをなしてその一点に足を向ける街。だがその所々で少しずつ、その足並が綻び、ばらつきだしていく。
そして、同じ様な事がまた違う場所でも、連鎖するように起こりだしていた。



混沌は少しずつ静かに形を変えていく




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