捏造長編

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ランドマークタワーの華やかな明かりが朝日に隠されていく頃。
横浜には中々きた事なかったなぁ、何て思いながら臨也は久し振りに馴染みの格好に身を包んだ。
逃走中に着込んだ、体型や顔を隠す服装はホテルのゴミ箱に突っ込み、一度濡らされた鞄はその近くに放置している。
コートのポケットには携帯が電源を切らしたまま突っ込まれ、盗られなかった財布をねじ込んだ。気を失うように数時間眠ってしまったお陰で体は多少マシになってくれた。

よし、朝の運動はいつでも始めれる

肩を回したり首や手足を揺らしてさも準備運動のように体を温めながら静かにその時を待つ。


そろそろか、いやもうちょいか。いやでも本当に来るか?



……来た



突如、自分以外宿泊者がいないはずのホテルの廊下に、怒声が上がった。部屋の前からエレベーターの方に向かって走る足音。
複数の声、殴り合う音、そして叩かれるドア。

折原を殺せ、そう遠くで聞こえた声に、拍手を送りたくなる。驚き、恐れを抱くはずの場面に、臨也は口を押さえて笑った。
本当にあんなのを信じる組が在ったのか、と。

チャットで一時過ごした後、折原に似た男がヤクザに連れられてこのビジネスホテルに居た、なんて話を大衆掲示板に書いただけだったのに。
東京か横浜か、どこの奴でもいい。素直な反応に喜びが沸く。

生き残れる奇跡は偶発させられるものだろうかと、底無し沼に小石を投じた一つの結果。

ここでくたばるのか、東京に戻れるのか。いや、確実に戻ってみせる。
池袋に腸を煮えたぎらせて待つ奴がいるからな。
戻れなかったら、何のために挑発したのかわからないじゃないか。

ただ相手を殺したいだけで、こんな地獄を生き延びれるとは。長年の憎しみは半端なかったみたいだと、臨也は確信する。

ーーーある意味、シズちゃんには感謝したくなるね。

「さて、必然と偶然、どちらが俺の味方かな?」

楽しそうに呟いた言葉は勢いよく開けられたドアにかき消され、臨也は全力でそこへ飛び込むように駆け出すーーー






早朝の事務所には誰もいるわけじゃない、失礼を承知で上司の携帯に電波を飛ばす。長い呼び出し音にやきもきしながらも、くぐもった上司の声が応答する。

「あ、トムさん、すんません、いやでも緊急で」

『いや、どした、臨也のアレか?』

「まだ確証はないんですが、臨也の奴、今日か明日にもこっちに出てくるつもりです」

『……は?いや、……は??』

「ネットで、奴らしいのがこっちに行くことを言ってたらしいんです。多分9割方奴だと思います」

『いや、池袋はおろか、東京付近にすらあいつ近付けられないだろ、何考えてんだ』

「ムカつきますが、大体考えていることはわかります。うまく言えないんですが」

『すまん、寝起きでよく話が見えないんだが』

「奴は俺に殺してみろと、挑発してきやがったんです」

こんなゴタゴタした事態でも、やはり臨也の掌遊戯になるのか。東京という街を弄び、散々掻き回して、その身を簡単に危険に晒してまで。

あの双子らを怖い目に合わせて泣かせてまでして。

「……許せねえな、あのノミ蟲……」

いつの間にか力が入りすぎて、携帯が圧縮されたゴミと化す。
これまでと違う、静かに沸き上がる怒りにむしろ冷静だった。携帯だったものをゴミ箱に叩き込み、事務所のテーブルにあったメモ帳に上司あての伝言を書く。


しばらく休ませて貰います、とだけ書くとそのまま事務所を後にした。






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