戯言短編

□反作用エゴイズム
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目が覚めた、よりは深い眠りから急に覚醒させられた。目を開ける瞬間、息を飲んだのは叫び出すのを止めた所為だと思う。
そのまま息もせず暗闇を目で追って、ここが自分の家だと確認してから大きく息を吸い込んだ。
額の汗を手の甲で拭おうと持ち上げた腕はギシギシと痛み、額に張り付いた前髪を払う指は震えている。
上半身を起こす時に痛みを感じるのは、間違いなく眠りを妨げた夢の所為で。
夢は現実に起きた事を忠実に再現していただけ、それが夢の中じゃない今の彼を震わせ、戦慄かせてしまう。
静まり返る暗い部屋の中、ベッドの上で頭を抱え、震える彼は頭にちらつく夢の余韻をどうにか意識から追い出そうと痛む体を無理に起こす。

「いっ…!!」

ベッドから飛び降りようとした瞬間、体の中心から刺すような痛みに危うく転げ落ちるとこだった。
細い体に刻まれた擦り傷や打ち身の痛みもあれど、それより酷く痛む箇所の原因。
あえて考えないように、ふらつきながらも一日半何も口にしていない事を思い出してキッチンに足を向けた。
明かりがないと何か思い出しそうで、手当り次第にリビングやキッチンの照明を付けて冷蔵庫を開ける。
殺風景な中身にあるは水や酒、調味料に僅かな食料。
確かに一日強何も食べてないが何か食べる気にもなれず、余計に吐き気が増していく。
ミネラルウォーターを手に取り、栓を開けて乾いた唇を湿らせるが、手が止まる。
味のある飲み物なら気が紛れそうだとコーヒーメーカーに近付き、のろのろとセットし始める。
ミネラルウォーターをひっくり返してメーカーの電源をいれれば、ふわりとコーヒーの臭いが殺風景な部屋に満ちていく。
ゴボゴボと音を立てる機械を前に、ぼんやりとただ、見つめていた。

リビングにある日付と時刻のデジタル時計を見て、もうすぐあれから二日もたつ、と計る。
その途端、脳裏にその時起こった事が意識とは逆に張り巡らされ、胃液が逆流してくる。
溜らずシンクに俯き、苦し気な声を排水口に向ける。だが弱り切った胃は吐き出させる事もできず、苦しい嘔吐感だけが残った。

ゴボボ、という音を大きく立てた機械は、それきり黙り、コーヒーが出来上がった事を知らせる。
綺麗にされているシンク横からマグカップを一つ取り上げ、手が震えつつ注いだ。
カップの中で揺らぐ黒い液体に映るは、情けないほど憔悴した自分の顔。
あの、折原臨也ともあろうことが、なんて自分で自分を蔑みたくもなる。



事の発端は、二日前の夜。

珍しく池袋で何も起きず、このまま楽に帰宅できそうだと足取り軽く裏路地から帰ろうとした時だった。
数人のチンピラどもが臨也の前に現れ、臨也にとってはどうでもいい何かに恨みを持っていたようだ。
思い出しもできなかったし、心当たりも数多い。逃げるのと真っ向から潰すのとどちらがよりリスクがないかを考えたら、そいつらに何があっても他の事に作用しない、と算出された。
そこで、池袋でいつも会う男にしかひけらかさないナイフを握って、殴りかかる男どもをかわして翻弄した。
死なない程度に痛みつけて、二度と歯向かわないよう恐怖を持たせる、それがいつものパターン。

だったのに。

絡んできた男どもに気を取られすぎて、自分の背後から忍び寄ってきた別の奴らに全く気付けなかった。

気がついた時には、後ろに居た男が、手の中で青白い光を放つ小型の機械が自分に向けられていた。
慌てて体を翻そうにも体勢が整わず、直撃は免れたが強い電流に体は痺れ、その場に倒れこんでしまった。
油断した、と今思い出しても悔しくて腹立たしい。朦朧とする意識に、手元の機械を弄ぶ男が楽しそうに何か言っていた。
最初に絡んできたチンピラどもは怪我人の搬出にあっという間に消えてしまう。最初から足留めて気を引くだけとして、こいつらに利用されたのだろう。借金のカタとして無理矢理やらされた、とかかな。多分それだ。
こんな状況でも分析しては嘲笑いたくなる自分はつくづく凄いと思える。

とにかく自分を見下ろす男は、自分が握っている情報をタダで教えろ、また男らが不利になる話を全て破棄しろとこれまで何度か過去あった話をしてきた。こいつらもか、と。
ちゃんとお決まりの返し文句があったはずなのに、痺れと衝撃に口が動かず、拒絶の意思を首振ってみせるだけで精一杯だった。
ちょっとかすっただけでこれなのに、さらに強い電流を食らっても平然としていたあいつは何者だろうとまで考えた。
それからは動けない自分に殴る蹴るの暴力沙汰。ただ今までと違うのは、手下は人目につかないよう壁になっていること。暴力を加える男は、いちいちこちらの反応を見ていること。
とんだサド野郎に捕まっちまった、血の気が引いた頭はそれを理解する。
弱るフリして隙を見て逃げないと、とことん暴力はエスカレートする。
腕の一本は覚悟するか、と腹は括っていた。
確かに男は予想通りサド野郎で最悪だったが、腕一本のほうがまだよかったと、その後思い知らされる。

それから始まる長い悪い夢。




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